第124話 目覚めの時

 「話す⋯⋯どころから話したら良いかしら?」


 レイはどの部分からどのくらい話せば良いのか分からないので、素直に質問した。


 「あの男を中心にした話にしてくれ」


 「そう。ならまずは、ワタクシと彼の子を地球に産み落とした話からね」


 「おい待てなんだそれは⋯⋯」


 「だって言ったら追い返されそうだったし、人族が育つ地球に入れるのが一番だと⋯⋯」


 「いや、そこじゃない。ぶっちゃけそこはどうでも良い⋯⋯お前、いつ身ごもったんだ?」


 地球の魔王、ラッドは混乱してしまう。


 自分の記憶にあるレイは一度も妊娠した雰囲気が無かったからだ。


 いや、それはまだ許容範囲だと言って良い。サキュバスだから、と言う理由で脳内処理は可能だ。


 ラッドにとって重要なのはその『彼』なのだ。


 「この世界に来る前にね気づいたの。あー子供いるって⋯⋯でも不思議よね。サキュバスの腹にいるのに、人間の魂だったもの」


 「そうか⋯⋯それで続きは?」


 「君ならもう分かったと思うけど、彼とワタクシの血を引き継いだ子は繁栄して数を増やした。ただその分血は薄れて言ったけどね」


 今の地球にレイの血を引き継いだ人間が何万人といる事実。


 種族を得た時サキュバスやインキュバスになった人間の過半数はレイを祖先に持っていると言っても過言じゃない。


 「魔王になるための条件は圧倒的な強さか質と量を兼ね備えた部下がいるか」


 急に話を切り替えた事でラッドは一旦頭を真っ白にしてから再び考え直す。


 話の流れを掴みたいのかなんなのか、昔からの友人だからこそ性格が分かっているつもりでいる。


 なのでラッドは乗った。黙って聞いている。


 「個としての力は魔眼を得た状態で満たしている、皆は既に魔王に覚醒する切符を手に入れている状態⋯⋯であってるわよね?」


 「そうだな。そのようなシステムだ」


 地球の魔王が地球を支配してから劇的な繁栄を果たしている。


 その中でラッドが直接組み込んだシステムはいくつかある。代表的なのがダンジョンと種族だろう。


 「でも覚醒者は長年、原始人が居た時から誰一人と現れなかった」


 「最初は寿命が短くすぐに死に種族になれる人間はいなかった。反対に賢くなった今、寿命が伸び種族になっても望む結果は得られなかった」


 「賢くなれば無意識に人間だと自分を確固たる意思で認識するからね」


 美味しくない紅茶に砂糖を数個入れて、唇を潤わせるために飲む。


 凄く甘くて眉を潜めたレイにラッドは警戒心を数段階上げる。


 「魔王になる最後の関門、それは人間を真に捨てる事」


 人間を捨て種族として生きる事。


 人間はどんなに狂っても人間と言う認識を捨てる事ができない。


 故に、魔王への進化ができない。


 「種族は肉体ではなく魂に宿る、本質を覆さない限りワタクシ達の目的は果たせない」


 「⋯⋯そろそろ話を戻してくれ、それがどう繋がる」


 「アナタにも直接見せたはずよ彼を。それで視たでしょ。彼の魂が二つある事を」


 「それは⋯⋯そうだ」


 本来肉体一つに宿る魂は一つだ。


 それは魔王であるこの二人も例外では無い。


 「彼は元々双子として産まれる予定だったのよ。だけど母体の中で完全に合体してしまい、その状態で成長して出産された」


 「そんな事がありえるのか?」


 「知らないわよ。天文学的な確率の奇跡なんじゃないかしら? ただ、何はともあれコレはまたとないチャンスって事よ」


 「ふむ」


 「片方の魂は今のキリヤ、もう片方は女の子だったのでしょうね。だからサキュバスとなった」


 それが意味する事。


 「そうか、彼もお前の子孫って訳だな」


 「そうよ。そして種族を得た方の魂は自我も何も無いの。真正なサキュバスの魂にだって成れる」


 「なるほどな」


 「彼は人間のままでも人間を捨てられる唯一の逸材なのよ」


 キリヤの肉体と魂は人間だ。もう一つ宿っている魂がサキュバスとなる。


 人間とサキュバス、一つの体に二つの種族があるだけの話。


 「それだけじゃない。彼は強くなる事に憧れがある。これ程好条件なのは初めてでしょ。だから少し、肩入れしてしまったのかもね」


 人の成長は魂の器によって大きく変わる。才能と言っても変わりない。


 平凡な魂の努力を受け止める器、それは天才の器の大きさには勝てないだろう。


 しかし、もしも器が二つあるとしたら?


 しかも、同じ努力で二つの器に入る努力の量が同等だとしたら?


 それは人の本来の成長速度を二倍にする。


 天才の大きく溜まる速度も速い器に平凡だが数で勝つのだ。


 キリヤが凡才かと言われたら、議論の余地ありだろうが。


 「行為を楽しむだけだったお前が誠の恋に落ち、愛し合った奴にも似ていたな。懐かしい見た目だ。それも理由の一つだな」


 「⋯⋯否定はしないわ」


 「だが、お前の血も奴の血もだいぶ薄いだろ。不純物が混ざりすぎている」


 「そうね。だから呼び覚ますの。覚醒させるのよ」


 「どうやって?」


 レイはニヤリと笑った。


 悪魔のような、いたずらっ子のような、おもちゃを得た子供のような微笑み。


 ようやく、レイが本性を表したとラッドは深く腰を下ろす。


 立ち上がり、レイは一部が闇に染まった日本を見下ろす。


 「既にピースは与えているわ。後は彼が自分の意思で力を求め制御するだけ。そしてできるとワタクシは確信しているわ。必ず起こす」


 「そのピースとは」


 「⋯⋯聞きたい?」


 「はぁ。聞きたい聞きたい」


 「ワタクシと彼の受精卵。濃い遺伝子を取り込めば目覚めるはずよ」


 そんなモノを飲まされるキリヤに同情を密かにしたラッドだった。


 でも、それと同時に侵略者に対しての切り札になると確信した。


 ようやく、始めるのだ。ここから、始まるのだ。


 新たな魔王、地球で生まれる魔王。


 ライムがレイにだけ渡した未来のキリヤからの遺言、『失敗した』。


 ライムに継承された未来の記憶で唯一残っている一言。


 そこからレイは予測した。


 何かしらの原因でキリヤは自力で魔王の力に覚醒した。人間を捨てたと。


 結果的に本来引き出せただろう力を出せなくなった。一途の望みにかけてレイの全てを捧げたのだろうと。


 その結果が失敗。他の魔王を殺した理由はまだ予測が立ってない。


 力を欲したか、それとも戦う理由があったか。或いは魔王達がレイ同様託したか。


 ただ今の状況は違う。とても望ましい展開だろう。


 身内は死なず、人を殺す覚悟を決め、強敵を倒すため力を得る覚悟をした。


 「なぁレイよ」


 「なーに?」


 「お前はあの子を⋯⋯己の復讐の道具だと思っているのか?」


 「まさか。ちゃんと愛しているわよ。その上で託しているだけよ」


 「そうか」


 そろそろだろうと言うタイミング。


 この世に、ありとあらゆる世界を探してもこの奇跡はお目にかかれないだろう展開が起こる。


 性別の違う二つの魂を宿した人間。


 もう片方の魂は今、目覚めようしていた。


 「あぁ、背中の傷が疼くわね」


 「大丈夫か?」


 「例えよ」


 レイは腕を全力で一杯に広げ、同時に六翼も大きく広げる。


 「さぁ、彼の力、『初代勇者』の力を宿したサキュバスが誕生するわよ!」


 ◆


 「ん〜」


 その子は起きた。清々しい朝を迎えるかのようにゆったりと起きた。


 景色は闇に染っているし、下校時間だが。


 「初めて起きるならお天道様くらい見たいものね」


 ゆっくりと立ち上がり、身体の具合を確かめる。


 「ユリちゃん、だいぶ痛々しい姿になって」


 骨が露出した状態でも動いているユリに⋯⋯一瞬で肉薄した。


 近くで守っていたアイリスが驚愕し、飛んでいるドラゴンは警戒心を上げた。


 今までとは違う『何か』だと判断したのだ。


 「はいストップ」


 ユリの肩に手を置いて静止させる。


 「皆お疲れ様。ゆっくり休んでねぇ」


 「ごしゅ」


 ユリが喋ろうとしたが、ソイツが人差し指を口に当てて黙らせた。


 「今は休む。お疲れ様」


 頬に一度キスをすると、緊張の糸が切れたのかユリは気絶するように倒れた。


 ローズがすぐさま影の世界へと運ぶ。


 「何者だ。まるで⋯⋯奴のような⋯⋯」


 「にゃはは。レイにゃの事知ってる⋯⋯いや、戦った事あるのかなぁ? 背中の火傷はお前がやったのかもねぇ」


 ゆっくりと見上げて、睨む。


 その姿はサキュ兄そのもの。だが、中身が全くの別人のようになっている。


 ゆっくりと左拳を上げて、中指をピンピンに立てる。


 「とりまぁ、仲間とレイちゃんを傷つけた罪で絶てぇ殺す⋯⋯ね?」


 刹那、大量の魔力がソイツから放出される。


 同時に、我慢の限界に達した赤ん坊が飛び出すように背中から翼が生える。


 合計四枚の翼、身長も少しだけ伸びており、出る所はより出て、締まるところはより引き締まり、妖艶な姿に拍車がかかった。


 「何者か知らんが、結果は変わらぬ」




◆あとがき◆

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