第122話 最初の侵略者

 イガラシさんとの一件からそこそこの時間が経過し、期末を乗り切り夏休みが近づいている日。


 ヤマモト達が夏休みで計画していたビーチナンパ計画の失敗率がどう考えても百だと思いながら、下校するタイミング。


 俺達の学校前方の上空に亀裂が入った。


 「キリヤ、あれなんだろうね」


 「さぁ。でも、良くないのは確かだよね」


 絶対に何か出て来る前兆だろう。


 日本にだって世界規模で見て強力な探索者は複数人いる。


 多少の問題程度ならすぐに解決してくれるだろう。


 そう、安心していたのだが。


 少しだけ様子を伺っていると、亀裂はどんどんと広がり始めた。


 周りも騒ぎ始め、写真を撮る音が聞こえる。


 中心からここまではかなりの距離があるはずなのに、俺達の真上にまで亀裂は広がっている。


 巨大な亀裂から出て来るだろう怪物はこの亀裂と同じくらいの大きさなのだろうか?


 そうなると、かなり危険だろう。


 「うっ」


 「キリヤ!」


 アリスとは反対側に立っていたナナミが倒れかけた俺を支えてくれる。


 「どうしたの?」


 異変を察知したアリスに返事ができない。


 心臓を潰されたかと錯覚してしまう程の強烈な殺気が俺を包み込んだのだ。


 その正体がなんなのか、考えるまでもないだろう。


 亀裂の一部が剥がれ落ちる。空間がポロリと崩れる光景なんて二度と見たくないね。


 ギロリ、と黄金の瞳が穴から覗く。


 縦筋の瞳孔はまるで猫⋯⋯いや、龍である。


 『戦って、貰えるか』


 そんな声が聞こえた。地球の魔王から直接俺に話しかけて来たのだ。


 あの怪物も俺だけに殺気を飛ばして意識させている。


 「アリス、ナナミ、悪いな。少し行って来る」


 「行くって⋯⋯」


 「どこに⋯⋯」


 この制服もライムだ。だから大丈夫。


 俺は種族になった瞬間に亀裂の中心へと向かって飛行する。


 本気で意識してないと強い探索者でも目指不可能の速度だ。


 「まずは隠さないとな。【常闇の月夜フォースディメンション】」


 俺を中心に広がる常闇が砕けた空間から現れた真っ赤なドラゴンを包み込む。巨大だが、許容範囲の大きさで安堵する。


 常闇の空間だろうと、しっかりと敵を目視できる。


 「レイが称した化け物はドラゴンの事だったのか?」


 それだったら普通にドラゴンって言えばイメージしやすかったのに。


 あるいは、強力なモンスターだとしっかり認識させるためか?


 今潜れている階層でドラゴンはイレギュラーで一回だけ発見されている。


 まぁつまり、俺はドラゴンに対しての情報がとことん少ない。


 どんな攻撃をするのか、どんな立ち回りをしてくるのか、どこが弱点なのか。


 その全てが分からない状態での戦いだ。


 「後継者と言う奴だな貴様は」


 「お前は⋯⋯誰だ」


 「エンリ、偉大なる龍の一族であり、炎を司る者。吸血鬼の奴が出るまで、この星の人間を殺すためにやって来た」


 踏ん張ってないと吹き飛ばされそうになるくらいの魔力が放出される。


 ⋯⋯勝てるかな、コイツに。


 コイツの魔力は俺の数倍はある。⋯⋯そうだな、金星や火星の魔王よりも多い魔力だろうか。


 翼を広げたら軽く十メートルは広がりそうだ。


 身長だって二十メートルは行くだろう。


 それだけの巨大なドラゴン相手に俺はライムの剣で戦う。


 この戦いにユリ達は力不足すぎる。俺でさえ、力不足を感じる。


 刃を交えなくても分かる。奴は正真正銘の化け物だ。


 「行くか」


 手加減なんてしている余裕は俺には無い。


 祈る事で俺の中に眠る服を呼び起こす。


 「その格好で剣を扱うか」


 「そんなのはどーでも良いだろ!」


 俺の出せる最速で奴に接近し、剣を振るった。


 高速で輝きの無い刃は鱗に弾かれて火花を散らす。


 「なんも感じんな」


 硬い。想像していた以上に硬い。


 速度を乗せた斬撃でさえ傷一つ付けれないのは想定外すぎるだろ。


 鱗と鱗の隙間を狙って攻撃するが、それでも硬い。


 攻撃が全く通らない。


 「次はこちらだな」


 「あっぶ」


 奴の巨体から繰り出される大振りの尻尾攻撃をギリギリで回避する。


 大きい分攻撃範囲が広く、しかも動きが速いので回避がしにくい。


 俺と同じように常に飛び続ける事で地を捨てた戦いをしているようだ。


 翼を動かさないでホバリングを継続している。


 一体どのようにしてあの巨体を支えているのか知りたいレベルである。


 「⋯⋯魔法を極めろってコレが一番の理由かもしれないな」


 剣が通じない相手が出た時、一撃の破壊力は魔法が勝る。


 レイの協力で鍛えてはいるが、それでもコイツに通用するレベルかは怪しいところだ。


 「でも、試さないのもおかしいよな!」


 俺はなるべく距離を無くして打ち込もうと接近する。


 奴の強靭な爪に炎が宿る。


 最近の強敵は炎がブームなのかもしれない。


 炎がある分、余裕を持って回避しないとならない。


 「さらばだ」


 「くっそ」


 爪での攻撃直後に口からのブレスは卑怯だろうが。


 素早く直角飛行で回避する。


 「そんな飛行ができるのか」


 「飛行速度や技術が俺の武器だ」


 「それが我に通じぬのは、なんとも愉快だな」


 「ムカつくなぁ!」


 奴の繰り出す攻撃を受け流す事は不可能。できる領域の質量じゃない。


 剣で攻撃しても通じない。


 ドラゴンには弱点があるのか分からんな。


 「ほれ、近距離で魔法を使うのだろう。近づかなくて良いのか?」


 馬鹿言え。


 そんなのしたら俺は丸焼きだ。


 『火柱100%』『火柱100%』


 数々の火柱確定運命テロップが奴の足元から出ている。


 こちとら全力のスピードで戦ってるいのに、アイツはずっと手加減している。


 次元が違いすぎるだろ。


 「【月光弾ムーンバレット】」


 月光の弾丸がエンリの眼球目掛けて飛来する。


 奴は冷静にそれを目を閉じて防ぎ、同時に追撃を許さないため火柱を出現させる。


 「これならどうだ?」


 「はは。馬鹿げてるだろほんと」


 巨大な火球が視界一面を埋め尽くす。それだけなら良い。


 色んなところから同じ質量を持った火球の気配を感じる。


 「ちくしょうめ」


 火球の嵐を神経を研ぎ澄まして回避して行く。


 数が多いし一つ一つのサイズが尋常じゃないレベルで大きい。


 しかも動きが速いのだ。


 ヤガミとの戦いがおままごとのように思えてしまう次元に奴は強い。


 ギリギリで回避できてはいるが、いつまで持つか分からない。


 「反撃の隙を伺っていたな」


 「くっそ速いな。ムカつく」


 もしも奴が床に足を乗せていたのなら、羽ばたく必要があったのだが、常に飛んでいる状況ではそれもいらない。


 だから素早く自由自在に動けてしまうのだ。


 火球で回避される場所を誘導され、そこに繰り出される爪。


 一撃でも受けたら死にそうな迫力を感じる。


 「ああああ!」


 身を翻し、爪と爪の隙間を通って回避する。


 即座に距離を離し魔法を展開するが、既に奴は俺の視界から姿を消していた。


 代わりに背中から強烈な灼熱感を感じる。


 「受けるが良い」


 数は一つだけだが、空間を包み込む程に巨大な火球が形成されている。


 「まずいっ!」


 あんなのを受けたら俺の用意した空間が砕ける。


 そんなのは絶対にさせない。


 「ライム!」


 悪いが盾になってもらう。魔力でコーティングして防御力を高めるがどうなるか⋯⋯。


 「私達も手伝います!」


 「ユリ⋯⋯それに皆⋯⋯危険だぞ」


 「百も承知です。死にそうならすぐに影に避難します。幸いにも、主様の用意する空間は闇ですからね」


 ユリ達の助け無しに奴の巨大な炎球を防ぐ事は確実に不可能。


 ここは素直に感謝を伝えて、来る衝撃と熱に耐える事に集中しよう。


 「堪えろ、皆!」


 俺が叫ぶとほぼ同時に皆のペアスライムも使った巨大なスライムウォールに衝撃が走る。


 重い、巨大な岩なんかよりももっと大きく重い性質の鉱石の塊だ。


 合わせるように感じる灼熱感は体内の水分を大量に奪い、汗を滝の如く流させる。


 「耐えろおおおおお!」


 重さが無くなると、ライム達は分散する。


 何とか、耐える事に成功した。


 「ユリ達は一時避難」


 俺の指示に素直に従ってくれる。俺を見下ろすドラゴンを睨みつける。


 「行くぞ!」


 「悪いが我はもう来ている」


 「へ? ぐがっ」


 蹴りだった。


 炎で形成されたドラゴンの蹴りが俺に命中したのだ。


 僅かにだがテロップが出現して前に出れたが、それでも完全に衝撃は殺せなかった。


 防御もしたさ。だけど嘲り笑うかのように防御を貫通された。腕の骨が折れた。


 いや、折れたなんて生易しいモンじゃない。


 砕けたのだ。肋も数本砕けただろう。


 「ヒューヒュー」


 油断したつもりはなかったが、炎の分身なんていつ創ったよ。


 強い。あまりにも強い。


 息が、できない。苦しい。


 「後継者がこの程度とは、拍子抜けだな。終わらせてやろう。せめて、安らかに眠るが良い」


 奴は全身の熱を一点に集中させたブレスを放つ気らしい。


 くっそ。動けない。動きたくても、動けねぇよ。




◆あとがき◆

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