第120話 終わらせるための手段
私は⋯⋯いつも通り見ている事しかできなくなった。
主様の助けになる事ができない。隣に立って戦う事ができない。
それを許されるだけの実力が無いのだ。
カンザキと言うヴァンパイアと比べても実力はかなり劣る。
本当にいつの日か隣に並べる日が来るのだろうか、今現在続いている戦いを見て考えてしまう。
このまま努力して訓練を続けたところで、追いつける日は来ないんじゃないかと。
どれだけ強くなろうと、主様はその数倍の速度でさらなる高みへと向かって行く。
私の到達できる段階は常に主様の足元に過ぎないのだ。
歳を重ねて衰えてからでは遅いのだ。
今の主様と対等に戦うためには、訓練だけでは到底間に合わない。
何かしらの現象が起きなければ、並ぶ事ができない。
進化するにしても今の状態では難しい。
ただでさえ、私はアイリスやローズと違い鬼の力を覚醒させられて無いのだ。
弱い。とことん弱い。
もう守られるだけの人生はうんざりだ。見る事しかできない戦いはうんざりだ。
肩を並べて剣を振るいたい、強敵を一緒に倒したい。
共に歩みたい。強くなりたい。成長したい。
でもダメだ。
主様との差は月とすっぽん以上にある。
「主様⋯⋯」
一人で戦う主様のスピードは先程とは数倍も違う。もう、私の目では追えない。
何かに例える事すらおこがましい、そんな次元のスピードなんだ。
「強く、なりたいよ」
◆
「【
五つの月光がヤガミに向かい、その全てを魔法で相殺される。
「魔法は難しいか」
魔法を使って来た年月が違いすぎる。練度の差があるな。
だったら。俺は飛んで加速する。
もっと速く。加速しろ。加速し続けろ。
止まる事も減速する事も許されない。ただ前に向かって加速を続ける。
ヤガミの動体視力を上回るスピードを出せるのか怪しいところだが、やるしかない。
今はナイフで攻撃を受け流される⋯⋯受け流せれたのなら、その力を殺さず活かす。
回転を加えて飛行する。
翼は足だ。空気は足場だ。
ありとあらゆる場所が足場となる。
直角に曲がったりなどの飛行を繰り返し、ひたすらに加速する。
攻撃する際は受け流された後も勢いを殺さないために回転斬りを利用する。
「変わった飛行でありんすえ」
火炎がヤガミと俺を包み込む。
しかし、魔法陣の無い魔法でも手を使っている事には変わりない。
動きさえ見ていれば距離を取る事は差程難しい事ではない。
加速しながら離れ、再び加速しながら距離を潰す。
「これでも受けるでありんす」
発砲音は一発、しかし同時に三発放たれていた。
早撃ちの銃弾を切り裂き、真っ二つになった弾丸は六つの閃光を出して後ろで爆ぜる。
魔法でも込められていたのかもしれない。
「これならどうでありんすか」
投げナイフが炎を吹きながら突き進む。
投擲だけで生み出されるスピードを越えて来たナイフを冷静に切り裂く。
ナイフだろうと銃弾だろうと、加わる力の向きと武器としての弱点を把握していれば斬る事はできる。
もっとだ。もっと加速しろ。
「すばっしっこいでありんすね」
再び虚空から炎のナイフが生まれ、放たれる。
遠くから見たら淡く光るロウソクのように美しいのだろうが、近くから見たら恐怖映像である。
運命の魔眼を使ったらテロップで視界が埋め尽くされるため、使用する事は不可能だ。
今の蓄えたスピードをリセットする訳にはいかない。
「加速し続けても無意味でありんすえ」
「それを決めるのはお前じゃない」
俺は逃げながら追って来るナイフを一瞥し、数と場所を把握する。
先読みして迫って来るナイフもだ。
魔法であっても燃えると焦げ付くような臭いが鼻腔をくすぐる。
パチッと火が弾ける音が鼓膜を揺らす。焦げた苦味のある空気が舌を撫でる。
ヤガミが隠そうとする僅かに漏れ出る殺気が心臓を掴みにかかる。
俺の鍛えた全てを持って、奴の総てのナイフを把握する。
先生の教えを思い出す。
俺は今、ここで一つの壁を超えなくてはならない。
既に限界を超えたスピードを出している。これでようやくヤガミと互角。
「限界は⋯⋯誰にも決められない」
空気と一つになる。
高速で飛べば当然風圧も凄い事になる。
それを重心移動と翼の動き方で最小限に抑え、スピードを上げて行く。
高く飛び、追って来るナイフを一直線に見据える。
ナイフの奥に見えるのはヤガミだ。
「八咫烏、疾風迅雷」
最大限出せるスピードで加速しヤガミに向かって進む。
ナイフが俺の肌を掠めるが気にせず突き進む。
高ぶる感情に反応したのか、俺の服装が変わる。
サキュバスらしい格好になってしまったが、結果的にさらに加速する。
「変身でありんすか? はしたない格好で」
加速したスピード⋯⋯さらに、空気を蹴る。
「⋯⋯ッ!」
ここで初めて、奴の狼狽が顔に浮かぶ。
奴の予想を超えたスピードを叩き出す事に成功した。
与えられたダメージは皮一枚を斬る程度のかすり傷。炎のナイフ群に突っ込んだ俺の方がダメージは受けている。
しかし、こっちはすぐに回復する。それにトウジョウさんも無償ですぐさまポーションを使ってくれる。
「綺麗な顔に、何してくれますん?」
殺意、それも強烈な殺意がのしかかる。
「安心しろ、もっと汚してやる」
「死ね」
短く言葉が放たれると、炎の精霊すら燃やさんとする青い爆炎が俺を包み込む。
横、前、回転の順番に直角に曲がりつつ相手の背後に移動する。
最後の回転を利用して斬撃を放つ。
「⋯⋯ッ!」
一度掴んだスピードは加速を利用せずとも出す事を可能にしている。
それはかなり恥ずかしいこの服のお陰でもある。
自分の動きをサポートしてくれる。
「ぐっ」
取り出したナイフでライム剣を受け流されたがユラ剣は腹を撫でた。
相手の和服も上物なのは間違いないだろうが、この戦いにおいてはただの服だ。
ユラの切っ先に付着した液体を払い、肩の力を抜く。
脱力した状態、今の俺はゼロだ。
「⋯⋯」
油断しないように睨んでいるヤガミ⋯⋯俺は動く。
ゼロから百へと加速した俺の斬撃をバックステップで回避して見せた。
ぺちゃ、ライムから滴り落ちる血はヤガミのである。
その光景を視界に収めたヤガミが自覚するためか、ゆっくりと自分の脇腹へと手をやった。
「残念、遅かったみたいだ」
「うっ!」
自覚したのか、痛みが襲って来たようだ。
深く抉られた脇腹からはかなりの血が出ている。
⋯⋯でもさ、イガラシさんの方が出血量は酷かったよな?
「服が変わってから、随分とお強く⋯⋯今までは手加減してたでありんすか?」
「手加減か⋯⋯いや、十分本気で戦ってたさ。本気で戦って、今ここでようやく俺がお前を上回った。それだけの話だ」
「戦いの中で成長している、と?」
「人は足を止めなければ成長できるんだよ」
未来の俺が託してくれた力は異常だな。
おかげで助かった。すごく、助かった。
「さぁ。この戦いを終わらせよう。これからある戦いの前哨戦に過ぎないのだから」
真っ赤な両目で冷たく、言い放つ。
「ふふ。良きかな」
ヤガミは息を大きく吸い、炎として吐き出した。
⋯⋯この格好になって一番凄いところ。それは何か。
魔力の流れが全身で掴めて、操れるところだ。
「魔法を使うまでもない」
ライムに魔力を流し、コーティングする。
後はその剣を振るえば、奴の魔法を消し去る事ができる。
俺は敢えて飛行ではなく、ゆっくりと歩いて近づく。
まだ抵抗できるのでは無いかと言う余裕を残しておく。
無駄に吐き出す魔力。探索者としては一流だろう強力な魔法達。
それをモンスターではなく、罪もない一般人に向けているのだ。
「くだらんな」
スピードで勝った今、力が互角な種族ならば、奴は俺に勝てない。
魔法は全て、魔力を流した剣で消す。
銃弾も遅い、投げナイフも遅い、非力な種族だからこそ工夫を凝らしたのだろう。
テクニックは凄かった。ヒットマンとしてなら優秀な奴だったのだろう。
しかし、自己の持つ能力を過信した。
俺達ならば真正面からでも勝てるのだと、慢心していたのだ。
その結果が高校生に敗れると言う形で現れる。
「脇腹の傷はかなり深い⋯⋯ご自慢の動体視力や魔眼は今や関係ない。お前の思考能力を持ってしても打開策は浮かばないだろ。スピードだってもう出せない」
ずっと脇腹を抑えている。
血を止めているのだろう。焼ける臭いがする。
「だけど無駄だ」
「どないしたら、見逃して貰えますん」
「話を、聞くなよ?」
カンザキさんが離脱してからの戦闘時間は二分。
まだ回復してないカンザキさんの乾いた叫びが聞こえる。
分かってる。聞く気は無い。
ヤガミの目からは殺意が消えてない。諦めが消えてない。
コイツを生かしておけば、戦力を上げてまた攻めて来る。
今度は守れないかもしれない。
「嫌な話だ。これしか選択肢が無いんだから」
俺の間合いにヤガミが収まる。その顔は絶望してない。
「お前は人が⋯⋯」
俺はヤガミの傷を抑えていた手に銀閃を走らせた⋯⋯斬り飛ばしたのだ。
鮮血と綺麗な片手が宙で踊る。
「へ? ああああああああ!」
最初は何が起こったのか分からないだろうが、自覚すると痛みが襲って来る。
苦しみに悶え、止血しようと炎を出す。
「キリヤ!」
「⋯⋯アリス?」
アリスは遠くから俺を見て叫んだ。
「アタシは、何があっても、アンタの味方だ!」
俺はヤガミを見据える。
「何か言いたい事はあるか」
止血を止め、壁にもたれてかかり俺を見上げる。
そして、何を思ったのか笑みを浮かべたのだ。
「ようこそ、
確実にトドメを刺せるように、俺は奴の首と胴体を分離させた。
正しい決断だったのか、分からない。
月の都で監禁すれば情報などが手に入ったかもしれない。
いや、その場合はイガラシさんと同じ結果が起こるだけか。
「⋯⋯胸糞悪い遺言だったよ」
血を払い除け、俺は自分の手を見る。
最低な事をしたにも関わらず、俺の心に罪悪感は一切なかった。
あるのはただ、さらなる敵を倒すと言う事だけだ。
魔族系の種族だからか、それとも俺の心が人間を辞めてしまったのか。
「ただまぁ、覚悟は決まった。確実に終わらせるからな」
◆あとがき◆
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