第119話 かけ離れた実力

 運命の魔眼を合わせる事で完璧に相手の動きを予測し、全てを弾く事に成功している。


 ただ、魔法攻撃だけは予測が難しい。


 確率で示されていてもだ。


 魔法には魔法陣を展開する予備動作が存在するが、ヤガミにはそれが当てはまらない。


 「せっかちでありんすね」


 「ちぃ」


 ライムとユリのペアスライムのユラに剣になってもらって二刀流、俺の出せる最速の連撃が捌かれる。


 空に浮かぶ月明かりを浴びてもそうなのだ。


 「燃えよ」


 ヤガミを中心に周囲を炎が包み込む。広範囲攻撃魔法だ。


 「アリスっ!」


 「大丈夫や。うちが守っとる」


 トウジョウさんがアリスを安全な場所で守っているらしい。


 ありがたい限りだ。


 俺達人間三人が同時に相手してもダメージを与えられない。


 「ここまでの差があるか」


 強い⋯⋯けど、それで負けを認める程俺もバカじゃない。


 俺も魔法を使って攻撃すれば良い。


 「万全だな。⋯⋯なら俺は血を飲むぞ」


 今回の月は平等に力を上げているため、血暴走を起こせばカンザキさんの身体能力は前より高くなる。


 スピードも互角以上になるだろう。


 「あらあら。そんな隙ありんせん」


 銃口が向けられるが、トウジョウさんの根が盾となる。


 それだけじゃない。空に舞い上げた苗木が巨木へと成長する。


 「邪魔でありんすね」


 手から放射される大量の火炎が巨木を灰燼にする。


 片方は銃を持って、片方は魔法を使ったタイミングで背後に回る。


 ナナミの連撃は捻りを利用して繰り出している。


 その捻りを突きにではなく、斬撃へと応用する。


 九条家と空条家との戦いで見れた薙刀の扱い方⋯⋯アレを横薙ぎで模倣。


 反動の消し方は剣を一度放す事だ。


 剣と手が同じベクトルを向いているため、まずは手を離してベクトルをリセット。


 当たる瞬間に持ち直し、当たった時の反作用で返って来るベクトルをリセットした手で相殺する。


 剣のベクトルを逃がさないのがコツであり、九条家のお二人はソレを柄を放さずに行っている。


 両家の特徴を剣に応用して繰り出す高速の一閃。


 破壊力だった折り紙付きだ。


 「女には手加減するでありんす」


 しかし、その高速の斬撃さえも屈んで回避されてしまう。


 上を向いた状態のヤガミは口の中に火を溜め、俺に噴射する。


 「クソがっ」


 髪の毛先に火が着いたので払う。


 だけど時間稼ぎは十分、血暴走で強化されたカンザキさんが動く。


 「オラッ!」


 音を置き去りにするスピードで振るわれた斧を優雅に回避し銃弾と投げナイフを同時に飛ばす。


 間に割って入り、その全てを俺が弾く。


 俺とカンザキさんが同時に飛び出し、ヤガミの後ろには液体窒素が凝縮されたポーションがゆっくりと落ちている。


 前に行けば二人の餌食、後ろに下がれば凍らせる液体だ。


 ならばどう動くか。


 横か上か、はたまた下へと向かうか。


 イガラシさんのように俺は全体を見渡すために視野を広げる。まぁ、彼女ほど精密では無いが。


 ヤガミが見たのは後ろだった。


 「瓶にしたのが阿呆でありんしたね」


 魔法用に空けている手でポーションを手に取った。


 次の瞬間、ポーションが銀閃によりパリンと音を立てて砕ける。


 手に持った事でそこから冷えて凍って行く。


 「指弾とは古風なことで」


 「お前の格好で言われたくないな」


 冷えて行く箇所に炎を宿して、俺に向かって突き出す。


 炎の竜巻、そう形容するのが正しい炎の暴風が襲い来る。


 「はっ!」


 それとは逆回転で回転し霧散させる。


 追撃の手をカンザキさんが阻止して、間合いを詰める。


 合わせて俺も進む。


 「オラッ!」


 「残念」


 カンザキさんの攻撃を受け流したヤガミに二本の剣が空気を切り裂き向かう。


 俺の刃はジャンプで回避される。


 「俺を足蹴にするとは」


 「正面に立ったんだ。仕方ないだろ」


 カンザキさんの肩幅は広いので立ちやすいな。


 敢えて高くジャンプして降りて、身体を前に倒す。


 「ほら吹き飛べ!」


 狙いが分かったカンザキさんは俺を野球ボールのように、斧をバットのようにして飛ばす。


 跳躍の力も加えて加速しヤガミに接近する。


 「バカ正直でありんすね!」


 マグマのように燃えたぎる火炎が正面から現れる。


 「【月光線ムーンレイ】」


 俺の繰り出した魔法と火炎が衝突する。


 炎と光、衝突した中心は目を開けれなくなるほどの眩い輝きを放っていた。


 そんな中、ヤガミの背後に霧状で移動したカンザキさんが斧を薙ぐ。


 「ぬっ?」


 流石に霧状となれば簡単には気配感知できなかったのか、回避が遅れたヤガミの服を斬った。


 皮には届かなかったが大きな一歩であろう。


 「流石に魔王候補者が三人いると面倒でありんすね」


 「うちはあんま動いてあらへんし、実質二対一やけどな」


 「一対一で相手してくれてよろし?」


 「よろしくねぇな」


 カンザキさんが斧を構え、俺が剣を構える。


 「面倒でありんすねぇ」


 ボワっ、ヤガミの尻尾と髪の毛先に炎が灯る。


 顔には何かの紋様が赤色で浮かび上がる。


 「本当に、面倒でありんすえ!」


 虚空に無数の炎のナイフが顕現される。


 「逃げ惑うでありんす」


 その全てが俺達に襲いかかる。


 高速で飛行して逃げても簡単には逃げきれない。


 先回りするナイフもあれば、追尾して来るナイフもある。


 この全てをヤガミが一体の脳で操っていると見て間違いないだろう。


 それだけ情報処理能力に優れているのだ。


 俺達のスピードも全て見て対応していた。つまり、動体視力も異様に高い。


 動体視力に追いつけるスピードもヤツ自身が持っているのも厄介な点だ。


 サキュバスと妖狐、力ではほぼ互角の種族だ。


 妖狐は魔法を基本戦闘の道具として扱うため、身体能力の面で筋力は高くない。言ってしまえば速度もそこまで高くない。


 それはサキュバスにも言える事だが、こっちは翼と言う人間では無い部分をフル活用している。


 対してあっちは足だ。


 一体、どのようにしてあの次元に至ったのか分からない。


 この中で戦闘で一番強いのはヴァンパイアであるカンザキさんだ。


 パワーはもちろんの事、スピードや魔法、能力の観点から見ても一流だ。


 しかし、中身は三十代の大人と考えれば全盛期と比べて衰えはあるだろう。


 月の下での身体能力の底上げ、血暴走やトウジョウさんの強化ポーションで盛ってもなお、ヤガミを圧倒できてない。


 ヤツの動体視力を上回るのは簡単じゃないか。


 ⋯⋯俺とカンザキさんの連携はナナミの時と比べて良いモノとは言えない。


 世代が違えば考え方が変わる。当然、戦い方が異なる訳だ。


 長年のパーティでもなければ沢山一緒に探索して来た訳じゃない。


 真の実力を理解し、事前に示し合わせる事もできない。


 連携は拙いがユリとカンザキさんの時よりかは、探索者としての訓練をしていたためかある程度形になっていた。


 それでもなお、決定打を与えられてないのだ。


 「はぁ、はぁ!」


 魔法が終わり、俺達は集合する。カンザキさんは肩を上下に揺らしながら荒々しい呼吸を繰り返す。


 カンザキさんが血暴走を使ってからの戦闘時間から考えるに、既に血暴走は切れている。


 反動もあって身体を動かすのも辛いだろう。


 「一人は戦線離脱、後は消化試合でありんすえ」


 「悪い。回復まで、ちと時間がかかる」


 「うちのポーションを飲ませる⋯⋯五分あれば完治するやろ」


 「分かった」


 五分か。長いな。


 俺はヤガミへと一人で近づく。


 二人で戦ったおかげで体力の消耗はそこまでじゃない。相手も疲れは見せてないが俺以上には溜まっているはずだ。


 ユリ達も頑張ってくれていたんだからな。


 そのユリは俺達の戦いをただ静かに見守っていた。


 「まずは月の魔王候補者を殺せるんでありんすか。この中で一番強そうな子を殺れるのはありがたいんすえ。この次は吸血鬼、ドリアード、モンスター⋯⋯の、前に目撃者の人間かえ?」


 「なぁ、来た時から思ってるんだから、何か勘違いしてないか」


 俺は自分の間合いにヤガミを入れないギリギリまで歩よる。


 入れてしまったら奴が逃げるからだ。


 ⋯⋯さて、奴の勘違いを正す前に下準備だ。


 今、この時間、この場所を照らす月は最高の輝きを放つ事だろう。


 「【月光線】」


 俺は天井を完全に破壊する。


 夜闇を照らす神々しい満月が姿を表し、俺らを照らす。


 「俺は魔王後継者だ」




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡、とても励みなります。ありがとうございます


レイがよろ⋯⋯興奮しそうな事を言いましたね

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