第117話 笑顔って素敵
俺は自分の方に動かしていた手を止めていた。
アリスがイガラシさんへの説得をしていたからだ。
俺はイガラシさんをオオクニヌシの組織の人間として見ていた。だけどアリスはイガラシさん本人を見ていた。
その違いは大きく、説得の重みが違う。
友達と演技でも言われて浮かれて、自分もそう思い始めてた。だけど全然違った。
嘘だと言われても、認めざるを得なかった。
でもアリスは嘘だと言われてもなお、それを受け入れた上で友達だった。
凄いよ。本当に。
ただ友達二人の会話を遠巻きに見守る事しか俺にはできなかった。
「サナエちゃんだって本心では分かってるんでしょ。でもそれを認めたくないんじゃないの」
「うるさい⋯⋯」
「現実から目を背けて、ただ身を流れに任せているんだ」
「黙れ⋯⋯」
弱々しくなって行くイガラシさんの言葉。
刃の角度も緩くなり始める。
刹那、天井が砕けて赤き光が伸びる。
「きゃっ」
「悪いね手荒で!」
血を使ってアリスを救出したのはカンザキさんだった。
「アイリスから援護要請が来たから最速で来たぜ」
「うちもいるからなぁ」
イガラシさんの想定よりも早くアリスが目覚めたのは体質ってのもあるけど、トウジョウさんがこっそりポーションを投与した可能性があるな。
アリスの首にとても小さい注射のような跡がある。
呂律の周りも早かったし。
「形成逆転ってやつだろ」
カンザキさんがニカッと笑う。
「あーあ。仕方ないっすね」
イガラシさんは二本目のダガーを抜いて、どっちとも逆手持ちに切り替え構える。
「とりあえず、全員殺す」
「良いね。そう来なくっちゃ」
カンザキさんが血で戦斧を作り出して構える。その肩に手を置いて止めるアリス。
「待ってください。まだ話は終わってないんです」
「あぁん? アイツは君を人質に使ったんだぞ?」
「分かってます。でも関係ない。アタシはサナエちゃんと友達だから。だからまだ、話し合いは終わってない。サナエちゃんの本音が聞けてない!」
アリスの瞳に宿る炎を見たカンザキさんが構えを解いた。
「すぐに⋯⋯」
イガラシさんが種族になろうと瞬間、彼女の近くを血の刃が囲む。
下手な動きをしたら刺されるレベル。掠っただけでも吸血鬼の血は致命傷になりうる。
それに⋯⋯一部はローズの血だ。トウジョウさんも特効薬を開発できてないので回復は難しいだろう。
その状況では動けない。俺は種族へと迷いを捨ててなる。
「形勢逆転って言ったろ?」
「強い助っ人っすね」
アリスが行動を封じられたイガラシさんのところに向かった。
口の中に何かを仕込んでいた場合、躱す事の難し距離だ。
⋯⋯それだけじゃない。一足の間合いにまで侵入している。
極めて危険な場所である。しかし、アリスはその位置から動こうとしない。
俺達になにかしらのサインを送る事もせず、ただ真っ直ぐとイガラシさんの瞳の奥を覗き込む。
「君は殺しに躊躇いが無いと言っていた。でも違う。それはただ、サナエちゃん自身が己の心を騙しているんだ」
「その根拠がどこにある!」
「アタシやキリヤが今も君の前に立っているのが根拠だ! 君ならいくらでも方法を思い付いたはずだ。なのに、無駄に真正面から相手をしている」
「それは⋯⋯」
叫びに叫びを重ねて上回るアリス。
イガラシさんは図星なのか、口ごもる。
アリスの勇気と覚悟は常人では到底真似できないだろう。
自分に刃を立てて脅迫していた人の間合いに入る人間はいないだろう。
基本は怯えて言いなりになるか、解放されたら逃げる。
外に助けを求めて、生きる事を渇望する。
アリスはそのどれでも無かったのだ。俺の為に命を捨てにかかり。
友達だから、怯える事もせずに言いなりにならずに自分の想いを突き通す。
眩しいよ、ほんと。
「同じ事言うようで悪いけど、アタシはサナエちゃんが暗殺者だとは見てない。ましてや殺人鬼なんてのはありえない」
「わては⋯⋯」
「遊んだ時の君を演技だとは嘘だとは思えないんだ。これは根拠の無い勘だ。でも良いでしょそれで」
「何が」
アリスは手を伸ばす。暖かい、優しい笑みを浮かべて。
「ミッションを遂行するのが君の目的ならさ、アタシらの
「うっ」
「どれだけ闇深い過去があろうと、どれだけ手が赤に染まっていようと、どれだけ怨恨を背負っていようと、君の心がサナエちゃんである限り友達である事をやめないし、否定されるなら無視して押し付ける」
すると、一度手のひらを握る。同時に考え込むように目を瞑る。
数秒閉じた後、全てを開く。
「サナッチ⋯⋯いや、シンプルにサナって方が言いやすいかな?」
「へ?」
「ニックネーム。親友はニックネームで呼ぶようにしてるんだ。ちょー仲良しってね」
太陽のように眩しい笑顔でイガラシさんを照らす。力が入らないのか、イガラシさんは両手からダガーをスっと落とし、膝を折る。
俺ではできない、説得での解決策。
「ね。また遊ぼ。親友だからさ、苦痛は背負うよ。望むなら罪だって背負ってあげる」
「なんで、殺そうとした相手にそこまで、そこまで言えるんだ。おかしいだろ。おかしいっすよ」
イガラシさんの頬がキラリと輝く。その光は目尻から顎へと下がって行く。
「アタシの周りにはおかしい人が多いんだよ。類は友を呼ぶ。つまりはアタシもおかしい。そう言う事。皆それぞれの人生があったんだ。だからさ、重く考えないで」
「アタシは善悪関係なく、沢山の人を殺したっす。今更、友達と遊んだりする資格ないっすよ」
イガラシさんが自ら凍らせていた心の氷が溶けるように、溢れ出す水。
「資格なんてのは要らない。人間皆自己中だからね」
「何百人も殺したっす。遺族に恨まれている。殺した相手にだって恨まれている。呪われているかもしれない。暗殺組織に依頼を出されているかもしれない。そんな地雷のわてでも、良いんっすか」
「サナじゃないとダメなんだ。アタシの親友でキリヤやナナミンの友人は目の前のサナしかいないんだよ。世界中、例え違う世界があったとしても君だけなんだ」
「⋯⋯アリスっ」
◆
ああ、わてがこんなにもあっさりと説得されるとは⋯⋯やはり相手を知るのは良くない。
関わると辛いのはいっつも自分である。
情が湧きやすいこの性格は暗殺者には全く向いてないっすね。
どれだけの償いをしても罪が軽く事はありえない。あってはならない。
でも、持ち上げられるかな。まだ、真っ当に前に進めるかな。
親友と言ってくれた目の前の女の子や友達と、また遊べるかな。
こんな生きる資格のないわてでも、そんな感情待って良いかな?
あーだめだなほんと。最低だ。
もしも地獄と言うのが存在するならそこに直行するだろう。
でも、それまでの間だけでも笑っていても良いだろうか。
許して欲しいなんてのは思わない。むしろずっと恨んでくれ。
そうじゃないと辛いから。罪からは逃げてはダメだ。
それを噛み締めた上で笑おう。図太く生きよう。
アリスが伸ばしてくれた手に向かってわても手を伸ばす。
「ぁ」
視界が真っ赤に染まる。頬を伝う涙が変わる。
⋯⋯思い出した。とても小さい時の記憶。
何よりも最初に刻まれるモノを。
それは⋯⋯裏切った時に死ぬ呪いだ。
大量殺人者には相応しい最後なのかもしれない。因果応報的な?
「⋯⋯」
ダメだ声が出ないや。
「サナ!」
悲痛な叫びが聞こえた。そんな辛い顔しないでアリス。それにヤジマ氏。
もしもまた会えるような神展開があるならば、謝りたいな。
脅しに使ってごめんって。刃突き立てごめんって。
彼にも謝りたい。
そして皆に感謝を伝えたいな。
赤く染まった視界は次第に光を失って行く。
目から、耳から、口から血を大量に流し意識を失った。
脳や臓物も潰れている事だろう。
既にその事を自覚する事はわてには不可能である。
でも最後はさ、笑えたと思うんだ。笑顔でお別れ、素敵だと思わない?
◆あとがき◆
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