第111話 同じ日の出来事

 ナナミの首に突き立てられる薙刀の切っ先。悔しがるクウジョウ父さん。


 クウジョウさんの首に突き立てられる木刀の切っ先。悔しがるナナミ父さん。


 タイミングはほぼ同時だった。


 最終判断は俺である。俺が見て、自信を持って言おう。


 「引き分けです」


 両者は刃を下ろして、頭を下げて勝負を感謝した。


 強さはほぼ互角だったと見て良いだろう。


 スピードでは終始ナナミが圧倒していた。


 だが、攻撃に対する防御が正確かつ素早く、反撃の一撃はとても速く重かった。


 空気を揺るがす攻撃を簡易的な動きでできるのは常人には不可能である。


 これまで積み重ねた研鑽を模倣できる訳は無いが、似たような事はできると思う。


 それは俺だけじゃなくナナミも同じだ。


 だけどしない。


 慣れない事をすると身が持たないからだ。


 「良いバトルでした」


 俺は労いの言葉をかける。


 正直、どっちが勝ってもおかしくなかった。


 あと少しナナミが速ければ、あと少しクウジョウさんの攻撃力が高ければ、天秤は傾いていた。


 両家の当主は不服そうだったが、俺の決定に対しては文句は言われなかった。


 空条家の面々は複雑そうな顔をしているが、師範であるクウジョウ父さんが結果を認めた事で何も言われない。


 ま、ナナミに泥を塗るのは俺の役目って事で。


 俯瞰してナナミの闘いを見れたのはありがたい事である。


 離れて見ないと分からない事だってあるからな。


 「今日はありがとうねキリヤ」


 ナナミに礼を言われる。


 「こっちこそ良きバトルをありがとう。ワクワクしたよ」


 「そう? それなら良かったかな」


 少しだけ嬉しそうである。


 どこぞの野郎二人とはまた違う嫉妬の籠った視線を感じたが、俺からは向けなかった。


 合わせたら面倒な事になる。それだけは俺にも分かる。


 そうですよね、ナナミ父さん?


 アリスと共に家に帰る。また来る事を約束して。


 「ナナミン凄かったね! あの先輩も凄かった。キリヤは最初どっちが勝つと思った?」


 「情報が少なかったからぶっちゃけ分からんかった。闘っているうちにどっちが勝ってもおかしくないとは思い始めたかな」


 むしろ想像以上にクウジョウさんの技術力が高かった。


 あの技に耐えうる肉体や骨格を持っているのでなく、反動を打ち消す技術を持っていたのだ。


 ナナミが打ち合い、平然としていたのが筋力は同程度だったと物語っている。


 もしもクウジョウさんが男以上の怪力の持ち主だったならナナミは負けていたかもしれない。


 「いや、その場合は打ち合わずに回避に専念しているか」


 「なーに一人で妄想してんのよ!」


 「あてっ」


 肩をコツンとぶつけられた。


 妄想ではなく考察だと言って欲しいね。


 俺だったらどう立ち回ってクウジョウさんを攻略しようかね。


 「キリヤだったらどう立ち回った?」


 「ナナミもそうだったけど、やっぱり距離を潰すかな。本気を出せる間合いをキープされると勝てる可能性は限りなく下がる」


 「そうなの?」


 「ああ。あの流派の特徴だと思うけど、振り下ろしから繰り出される破壊力は木製でも岩を砕くよ」


 「キリヤが言うなら間違いないんだろうね。エグいなぁ」


 家に帰り、ライムの【念話】を使って知り合いの東條トウジョウさんに連絡する。


 理由は単純。ただ気になったから。


 理由と質問をして返答を待つ。


 『あーそんな話された気がせーへんでもない。せやけどあんまし記憶無いな。興味あらへんし。でもうちはあんまし戦いは好まんな。他に聞きたい事はあらへんの?』


 「無いですね。これもちょっとした興味本位なので。ありがとうございます」


 漢字が違うのは色々な理由が考えらるけど、憶測だけで確定させる訳にはいかない。


 この情報は誰にも話さない。話しても意味が無い。


 ただ本当に気になっただけである。


 「でもまさか、知り合いで全てが繋がっているとは⋯⋯ちょっと面白いな」


 本心を呟いて、俺は眠りに入った。


 ◆


 オオクニヌシの支部をモンスターが襲撃したのはキリヤ達がナナミの家へと訪れた日と同じだった。


 「どうしてモンスターが普通に外にいる!」

 「魔王の加護だろ! 戦闘準備!」


 慌ただしく動くオオクニヌシのメンバー。だけど、徐々に息苦しさを感じる。


 まるで毒にでも犯されているかのように苦しくなる。


 心臓が締め付けられたように苦しみ、血の巡りが悪くなり始める。


 血の巡りが悪くなり肺の活動が抑制され、空気の巡りも悪くなる。


 脳に酸素が運ばれなくなると、今度は意識が薄らいで行く。


 意識が保てず倒れていくメンバーは禍々しく捻れた角を持った、悪魔のようなモンスターを瞳に収めた。


 「あく、ま」


 だからだろう。そう呟いてしまった。


 「容姿を見て判断したら殺すぞっ」


 容姿を一番気にしている。無駄に気にしている。


 誰もが毒に犯されたように苦しみ倒れた。


 血を自由自在に操れるようになり、空気感染だけでも凶悪なウイルスをばらまく。


 犯人はキリヤの右腕ユリの腹心であるローズだ。


 「月の魔王のところのモンスターだな」


 「月の魔王では無い。月の魔王の後継者だ。レイ様と一緒にするなクズ共が。主人の意向がなければ貴様らなぞ発見次第皆殺しにしているんだからな。感謝しろ」


 怒りを顕にしながら饒舌に話す。


 ローズの毒を耐えられただけでも強いのは確定している。


 あくまで空気感染を耐えられる程度の耐性を持った人間だが。


 「ろ、ローズ落ち着け⋯⋯」


 アイリスがローズを宥めると言う本来とは逆の展開が起こる。


 当然、耐えた男はその事を知らないし興味もないだろう。


 ローズ達は敵、敵は処分するのみ。


 光り物を取り出して動き出したがすぐに意識を失う事になる。


 なぜなら、ローズ班のホブゴブリンとコボルトにリンチにあったからだ。


 仲間の中で種族的最弱はホブゴブリンである。不死でもなければ特殊な能力がある訳でもない。


 だが、主の師匠との訓練、月の都での訓練により一般のホブゴブリンよりも、普通の探索者よりも強い。


 一般的じゃない相手だろうと二人もいれば苦戦する事無く制圧は可能だった。


 新入りのオークもポテンシャルは高く、基本はアイリス班に。グール達はジャクズレの配下として動いている。


 そろそろコボルトとゾンビのリーダー達も独立して新たな班を作り出す強さは持っているかもしれない。


 それをしないのは、魅了班の順番待ちが長くなってしまうからである。


 班を増やせば役割を増やす事はできるだろう。


 全てのメリットを考えた上で魅了班まで長くなると言う唯一のデメリットが天秤を大きく傾けた。


 「俺も少しは暴れたいぜ」


 「アイリスはめちゃくちゃにするからしかたない」


 「姉御は?」


 「ユリ様はユリ様だから」


 「ローズって姉御擁護が酷いよな」


 支部の中でも一番強かっただろうメンバー相手に暴れ回るユリをアイリスは羨ましく眺める。


 心の底で薄らローズも暴れたいと考えているが、それを見抜ける者はいなかった。


 「ボスの場所を言ええええ!」


 ユリの叫びは闇に呑まれる。


 ◆


 「最近、月の魔王の配下と思われるモンスターに支部が次々と襲われている。そろそろ終わらせて欲しいのだが?」


 「申し訳ありません。プライベートでも全く隙が無く⋯⋯高校生とは思えない程です」


 「傑作の一つであるお前がそこまで評価するか。ヤジマキリヤ、経歴は至って普通。気がかりなのは幼馴染の一人以外とはあまり関わりが無く、ぼっちだった事か」


 「彼の異常性については報告書にまとめた通りです」


 「奴は我々の邪魔だ。必ず始末しろ。未来の世界のために」


 「もちろんです」


 どこかの場所。知られざる場所。


 そこで二人は会話をしていた。


 片方は高そうな高級な椅子に深く腰をかけて報告書を眺め、片方は離れたところで立って報告をする。


 立場の上下関係なんてのはそれで分かる。


 段々と芽生え始めてしまっている感情に目を背け、殺してミッションを遂行する。


 歴史を辿っても普通の高校生としか分からないキリヤの存在をどう相手するか、その思考を加速させる。





◆あとがき◆

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