第110話 九条と空条、パワーとスピード

 ぐぬぬ。武器が破壊されて負けるとか悔しいんだが?


 俺が落ち込んでアリスとナナミに慰められていると、息を切らした男の人が入って来る。


 その人はクウジョウ父さんに近寄って何かを喋っている。


 「なんて言ってるの?」


 普通の人間ならば聞き取る事のできない小さな声だったが、鍛えた俺の耳なら聞く事は可能だ。


 盗み聞きみたいであんまり好きじゃないけど。


 「えっと。三番の薙刀がもうすぐ壊れそうだったけど、持って行ったから急いで交換しに来た、らしい」


 「三番の薙刀?」


 俺達が疑問に思っているとクウジョウ父さんが俺の方を一瞥して、視線を男の人に戻していた。


 「アイツと模擬試合をしてぶっ壊したぞ。今掃除させているのが、三番のやつだな」


 「あちゃ。遅かったですか」


 「そうだな⋯⋯壊れる寸前のやつで闘ってたか。なるほどなるほど」


 どこか気に入ったらしく、嬉しそうな笑みを俺に向けた。


 うん。あの笑顔は面倒なやつだ。


 昔に経験している。ああ言う目の人はたいてい同じ言葉を発するのだ。


 「ヤジマと言ったな。どうだ? 我が流派を学ぶ気は無いか?」


 「ありがたいお話ですか。俺は剣の方が得意なので」


 「それは残念だな。それでも気になったら門を叩きに来い。いつでも待ってるからな。ガハハ!」


 あはは、と乾いた笑いを返しておこう。


 時間が少し流れると、大慌てと言った様子で本命の彼女が入って来る。


 「ご、ごめんなさい。かなり遅れました」


 学校の用事があったらしい。学業優先なのは当たり前だと思うので、誰も責める事はしなかった。


 「ついにどちらが上か決める日が来たな」


 「そのようだな!」


 盛り上がっている父二人を見る事もしないでナナミとクウジョウさんは会話を始めた。


 「いや〜幼い頃から喧嘩っぽくなってるけど、正式に闘う事になるとは」


 「やるからには全力でやりたい。手加減無用」


 「それは同じだよ⋯⋯んで、どうしてお二人が?」


 「証人が欲しいから友達を連れて来いって言われたから。私の友達はこの二人とイガラシさんって人だけだから」


 「そっかそっか。ナナミに友達ができてお姉ちゃん嬉しいよ」


 頭を撫でるクウジョウさん。二人の関係はまさに姉妹だ。


 試合の審判は公平を保つために俺になった。


 間近で見れるのはありがたいが、落ち着いた状態で観戦したいってのも本音である。


 だけど頼まれたからには受け入れよう。


 二人は対面に立ち並ぶ。


 クウジョウさんは髪の毛を一本にまとめているが、ナナミは結んでない。


 「頑張れ姉さん!」

 「九条家に負けるな!」


 クウジョウさんの方は同じ門下生に応援されているが、ナナミには応援の声が一切なかった。


 それが日頃の生活を物語っているように思えた。


 「大丈夫だ。ナナミ」


 ただ、やはり父親は娘を応援しているらしい。


 「頑張れナナミン!」


 俺は審判の立場なので二人を応援しておく。


 「それでは正々堂々、初めっ!」


 俺の合図と共に加速したのはナナミだった。


 ナナミの持つのは木刀であり、対するクウジョウさんは木の薙刀だ。


 スピードとパワー、二人のタイプは全くの別物である。


 「はっ!」


 先制攻撃はやはりナナミ。


 しかも最初から全力かと思われる七連撃を繰り出した。


 人間の状態でどんどんと突きの数が増えている事に俺はワクワクしながら見ている。


 クウジョウさんは高速の突きを冷静に捌き、強烈な横薙ぎを見せる。


 空気を切り裂くその一撃はまともに当たれば骨を砕く。防いでもタダではすまないだろう。


 防御力が高くないナナミは当然躱す。


 「それもういっちょ!」


 横薙ぎの勢いを殺す事無く利用し、一回転した。


 回転による遠心力を乗せた破壊力抜群の一撃が回避した直後のナナミに襲いかかる。


 「ふっ」


 焦る事は無く、冷静に木刀で受け流し、着地と同時に距離を取った。


 数回その場で跳ねて力を溜めた後、一気に加速する。


 一撃に賭けた高速の突きを冷や汗を流しながらも耐える。


 「速いね君は」


 「やはり対応されちゃう」


 足のスナップを利用して切り返し、木刀を動かす。


 それはまるで精霊がダンスしているかのように、舞う斬撃。


 クウジョウさんのその斬撃の雨に対して防戦一方だった。


 「良いぞナナミ!」


 ナナミ父さんが満足そうである。クウジョウ父さんは冷静に闘いを見ている。


 焦りなどが一切感じない。つまり、まだ何かある訳だ。


 「ここっ!」


 声と共にクウジョウさんが振り払いナナミから距離を離した。


 刹那、間合いを詰めるのはクウジョウさんである。


 「はっ!」


 上段から振り下ろされた一撃がナナミを襲う。


 空気を揺らしてブォンと音を響かせる一撃をナナミは冷静に受け流す。


 「ぐっ」


 分かる。


 受け流したけど完全に勢いが殺し切れなかったんだ。だから反動が腕に来た。


 どこまで行ってもナナミは女の子だ。その事実は変わらない。


 俺と比べたら絶対的な筋力の差がある。


 俺なら耐えられるモノでもナナミには少なからずダメージがある。


 ⋯⋯ま、鍛えているナナミが怯む一撃を出しているのも同じ女の子なんだが。


 クウジョウさんも強い人だ。ナナミが作った一瞬の隙を逃しはしない。


 畳み掛けるように薙刀を振り上げる。


 「危ないっ」


 ナナミだって対応できない訳では無い。


 自慢の足を使って攻撃圏内から脱出し、動かない腕が回復するまで反対の手を使うらしい。


 利き手じゃないと当然威力は下がるだろう。スピードだって落ちる。


 誰もがそう思うだろう。


 だが、ナナミ父さんと俺、それに周囲の空気感的にナナミを知っいる人は感じているらしい。


 利き手じゃないから弱くなるのは間違いないだろう。


 だが、そんな弱体化が分かる程にナナミは弱くない。


 「はっ!」


 ナナミはダッシュした加速と一瞬の捻りも乗せた突きを繰り出した。


 速度に衰えは見えたか? 否。


 走った加速と捻りを巧みに扱う彼女のスピードは落ちてない。


 連撃の数こそ減ってしまうが、刺突のスピードに衰えは無い。


 故に、クウジョウさんは反応が遅れる⋯⋯事もなかった。


 クウジョウさんとナナミは仲が良いようで、ナナミがあの程度で衰えないと分かっていた人物の一人。


 対応してみせた。


 白熱した攻防が続く中、二人とも決め手に欠けている事に気づいた。


 ナナミのスピードは十分だが、クウジョウさんの防御を打ち破るパワーが足りない。


 逆にクウジョウさんはナナミを捉えるに至るスピードが足りない。


 互いの得意としている部分が互いに足りてないのだ。


 それが分かっているのはこの場にいる全員だろう。


 先に変化が見られたのはナナミだった。


 「へぇ」


 ナナミは既に回復した利き手を使っている。


 普段の彼女はスピードを意識しているために片手持ちが基本だ。捻りも利用するし。


 だが、パワーが足りないと判断した彼女は木刀を両手で握ったのだ。


 変化が見られたとほぼ同時、変わらぬ速さで踏み込んだナナミは木刀が折れてしまうのでは無いかと思う程の速度で斬撃を落とした。


 クウジョウさんは冷静に防ぐが、顔に歪みが見えた。防御はできた。だけど想定以上に重かったのだろう。


 捻りを利用した高速の突きを繰り出すには下半身の力、重心の移動が必要不可欠だ。


 それはナナミが重心移動を得意としている事に他ならない。


 両手持ちに切り替えて攻撃力を上げたナナミは体重を乗せた一撃を繰り出したのだ。


 「ならこっちもだね」


 クウジョウさんは一旦距離を離し、つま先立ちをする。


 一歩、そうたった一歩だけ動いてみせた。


 刹那、三歩以上はあったであろうナナミとの距離をゼロにした。


 ここに来てクウジョウさんは加速したのだ。


 「そいっ!」


 斜め下から加速した力を利用した振り上げが飛ぶ。


 当然ナナミはそれは回避し、反撃の一撃を繰り出す。


 二人は自分の足りなかった部分を補って闘いに興じた。


 楽しそうである。ただ単に二人は二人の闘いを楽しんでいる。


 九条家、空条家、お家問題なんてのは二人には関係ない。


 昔からの親友、産まれてからの姉妹のように仲慎ましく剣技を披露している。


 その関係を羨ましいと思う俺がいる。


 決着がついたのは二人が戦闘スタイルを変化させてから五分後だった。





◆あとがき◆

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