第104話 例え悪い事でも

 俺の妹へと伸びる凶刃を掴み取る。


 「なっ!」


 「お、にいちゃん?」


 「くっそ痛てぇ」


 手の平が少しだけ斬られたんだけど。結構痛てぇよ。


 マナの影に隠れて早々に敵が現れるとは思って無かった。


 運命の魔眼が夢を見せなければ、普段から影に潜んでいる護衛が動いただろう。


 だけど、刃を生身で受けてホブゴブリン達じゃ勝てないと分かった。


 情報を伝達して、俺が来るまでにマナは無事だったのだろうか。


 ⋯⋯正直不安だ。


 だからこそ、俺がマナの護衛に入った。


 「俺の妹に何の用だ。お前ら」


 建物の影に隠れているおよそ三人くらいの人物に向かって叫ぶ。


 ドスの効いた低い声だった。


 「任務は失敗。退散する」


 「逃がすと思うな」


 マナは動けずに止まっている。


 意識の混濁と恐怖がその足を止めているのだ。


 物陰に潜んでいた一人が素早く回り込み、マナの背後からクナイを飛ばす。


 「クソっ!」


 反応できるタイミングだったので、ナイフを持っていた男を蹴り飛ばし、クナイを手刀で弾く。


 マナの手を取って、路地裏に逃げる。


 「お、お兄ちゃん?」


 「今は黙って走れ」


 「うんっ!」


 追って来る気配はしない。


 ライムの服からパチンコ玉のような球体を取り出す。


 「チャンスだからな。ここで仕留める」


 服装的にさっきの男か。


 マナを引っ張っているのでスピードが遅かった。


 追って来る気配が無かったのは回り込まれているから。でもその気配はしていた。


 気になる点は先程から人間状態で戦って来る事だろうか。


 なぜ種族を使わない。


 考えている暇なんて与えてくれず、二本の忍刀が銀色の煌めきを持つ。


 「ふんっ!」


 「そんなもので、止められるかっ!」


 両手に鉄球を持って、それで刃を止めた。


 一旦距離を取るのか、相手がバックステップしたタイミングで指弾を放つ。


 狙いは違わずに相手の目の上辺りに当たった。


 「はんっ。お前は人を殺せない。人の身体を欠損させる事を恐れる。そんなお前に我々は負けない」


 「まるで確定事項のように言うね」


 なるほどな。


 種族になった相手には俺も種族で対抗する。


 それだと勝ち目が無いと分かっているから、人間状態で俺の全力を引き出さないようにしている。


 随分と過大評価されているようだが、何か勘違いしてないだろうか?


 「人間状態だからって負けるのは嫌なんだよ」


 もう相手の癖は分かった。


 アイツは俺を殺す気で来ているが実はそうではない。


 狙いが基本的に足、つまりは動きを奪うための攻撃をして来る。


 生かして捉えるつもりだったのだろうが、その狙いが分かれば対処は可能だ。


 今の靴もライムなので、鉄製に切り替えが可能だ。


 簡単に言えば、靴で攻撃すれば相手の忍刀を砕ける。


 「なにっ!」


 「どんだけ驚くんだよ」


 キックで一本の忍刀を破壊。


 流れるように相手の腕を掴む事に成功した。


 このまま拘束する。


 「合気道か?」


 グルンっと、俺が流す力を利用して回転し拘束から脱した。


 「お前だけじゃないのか」


 「当然だろう?」


 先程の三名も配置に着いたのか、マナを狙っている。


 「一つ応えろ。前の鬼人とお前らは仲間か?」


 「答える義理などない」


 表情が一切変わってないし声のトーンも変わってない。


 だけど見たぞ俺は。


 一瞬だけ僅かに眉を動かしたのを。


 それだけで答えにはなる。


 「つまり、お前らは知っている訳だけだ」


 ならば隠す必要は無いだろう。


 ライムは既に俺の意図を理解して【念話】を使っている。


 呼んだ相手は当然、鬼っ子達だ。


 「ちょうど三対三だな」


 「あの者らで勝てると?」


 「ああ。お前らは真に強くなりたいと言う欲求を持ってない。だけどアイツらは持ってる。その欲求がモチベに繋がり大きく成長を促す」


 「何が言いたい?」


 「お前ら下っ端には負けないくらい、今のアイツらは強い」


 相手が砕けた忍刀を捨て、数本のクナイを取り出す。


 地面を蹴って加速し、壁を使って移動してマナへと狙いを定める。


 ⋯⋯もう隠す必要はないんだ。


 だった当然、俺は仲間を頼る。


 「足だけなら許す。喰らえ、ダイヤ」


 影から大きな狼であるダイヤが飛び出て、ソイツの足に牙を食い込ませた。


 「うがっ」


 食らった状態のまま、俺の方向へと投げ飛ばす。


 それだけじゃ意識は飛ばないのか、冷静に種族を解放して欠損した足の再生をした。


 再生が速い種族だったようで、すぐに再生して元の人間状態に戻る。


 「死ねっ!」


 今度は確実に命を刈り取れる箇所に向かってクナイを投擲し、忍刀を構える。


 ⋯⋯なんか既視感のある戦い方だな。


 「ま、こっちの方が幾分か弱いか」


 「クソっ!」


 クナイを最低限の動きで躱して、ライムをグローブにして忍刀を掴む。


 「まさか本当にモンスターを呼び出すとわな」


 「なんだ。見ていた奴らでは無いのか」


 手加減はしなくても問題ないだろう。


 むしろ、全力で相手をしなければ俺が負ける可能性もある。


 「さすがに分が悪いか。さらばだ」


 忍刀を放し、煙玉を地面に投げて姿を眩ませる。


 「俺から、逃げれると思うなよ」


 煙に紛れて霞む気配。


 だけど、それだけでは当然隠せない。臭いは。


 あいつから感じた独特な臭いは煙の中でも識別できる。


 逃げる速度は速いが、追いつけない速度では無い。


 先生と比べたら⋯⋯遅いな。


 「マナに手を出そうとしたんだ。善意なんて期待するなよ」


 俺は人間の状態で追いかけず、種族になって一瞬で接近する。


 気配を消すのは俺の方が上手く、相手には悟られなかった。


 これだと、ヤマモト達の方が気配感知は上手いな。


 「返すよ」


 「何っ!」


 刀を逆向きにして相手の頭に叩き込む。


 頭蓋骨を壊さない程度に手加減した、脳を揺らして意識を刈り取る。


 「ぐっ⋯⋯」


 建物の屋上で気を失ったコイツを影の中に沈めて行く。


 俺の後ろにユリ、アイリス、ローズが姿を表す。


 全員が怪我を負いながらも他の面々を制圧したようだ。


 ローズに関しては敵を無傷で無力化している。


 「良くやったな」


 「もちろんです」


 「豚よりかは強かったぜ」


 「主人の命を遂行したまでです」


 各々の返事が返って来る。まずは影の中に入れて、夜運ぶか。


 「姫様、なんでローズはこんな風にかっこつ⋯⋯」


 余計な事を言おうとしたアイリスはローズの手によって黙った。


 無駄口はやめた方が良いと、身をもって知っただろう。


 人間の姿に戻りながらマナの前に戻る。


 「怖かったな。もう大丈夫だ」


 「あ、あの人達は?」


 「気絶させて警察を呼んだ。もう大丈夫だよ」


 そう言うと、マナは心底安心したのか胸を撫で下ろす。


 激しかった心臓の音も落ち着きを取り戻し、簡単には聞こえなくなった。


 「ありがとう兄さん」


 「俺は兄だからな。妹は守るさ」


 「うん。ありがとっ」


 マナがまだ怖いとか、絶対に思ってない声音で言うので仕方なく、サキュバスの状態で飛んで帰った。


 アリスにはこの事を話すつもりは無い。


 少し時間が経てば、俺に化けたライムが家に帰って来る。


 「えっ! ライムって兄さんになれるの? 今夜部屋に来て!」


 「何する気?」


 さすがに怖いぞ?


 「⋯⋯ただ話したいなって⋯⋯ダメかな?」


 上目遣いで可愛らしく懇願して来る。


 親指を上げた。


 ちなみにその後アリスも来て、ライムの存在がバレた。


 なんて言うか、鋭いよね彼女。


 俺じゃないと気づいており、先生からモンスターの話は聞いていたらしい。


 前のお礼を電話で述べた時に音がして説明されたってさ。


 んで、俺に黙っていたらしい。


 「それ先言ってよ⋯⋯」


 「言ったら約束破りだし⋯⋯」


 夜、俺は暗殺者達と共に『月の都』にやって来た。


 「お前らはここで監禁させて貰う。情報を吐け」


 「誰が言うか。その前に自分で死ぬっ!」


 それができないから、今こうやって言葉で抵抗しているのだろう。


 「ワタクシにソレちょうだい?」


 「いや、物じゃないですよ」


 なんか怖いんだけど。


 「安心して。情報は吐かせるから」


 「殺さないでくださいね。目覚めが悪いので」


 「そんな効率の悪い事しないわよ。ワタクシはサキュバスよ」


 なんと言う説得力。


 サキュバスの魅了に屈しないと、強い意志の炎を瞳に宿したあの人達の今後に興味は無い。


 さて、先生に会いに行くか。




◆あとがき◆

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