第103話 普段とは違うらしい

 「マナっ!」


 ベッドから力強く起き上がる。


 服は汗によって身体にベッタリと張り付いており、肌が透けて見える。


 「⋯⋯あれは、なんだ?」


 今でも思い返せば鮮明に思い出せる。


 首を無くして吊るされたマナ、そして後ろの壁には鳥のような何かを象徴するような模様を血で描かれていた。


 吐き気が襲って来そうなモノだが、そのようなモノは無かった。


 「えっと、確か」


 昨日の出来事を思い出す。いや、その前に日付の確認か?


 ダメだ。頭が混乱して何からして良いのか分からない。


 「兄さん、呼んだ?」


 マナがドアをゆっくりと開けて顔をチラリと見せる。


 異常とも呼べるくらいに汗をかいている俺を見て、マナは心配の言葉を⋯⋯。


 出す前に写真を一枚撮っていた。


 「どうしたの兄さん。悪い夢でも見た?」


 「⋯⋯変な行動してくれたおかげで冷静になれたよ。夢、だと良いな」


 なんだこの不穏な違和感は。


 リアリティのあるアレが夢⋯⋯まずは日付の確認で今日が日曜日なのを確認する。


 博物館の入場者特典で貰ったパンフレットを見て、イガラシさんと観賞したのは現実だろう。


 昨日の事をそこから思い出す。


 「昨日は確か、いつものに過ごして、疲れてすぐに寝たんだよな?」


 「そうだね。ベッドに潜り込んでも起きなかったからかなりぐっすりだったよ」


 「何してんだよ」


 そこでようやく、マナとちゃんと目を合わせる事ができた。


 「ん? 兄さんカラコンなんて入れ始めたの?」


 「いや、怖いからそんなの入れる気はないが⋯⋯」


 「じゃあその赤い目は?」


 それを聞いてスマホを開き内側のカメラを用意する。


 自分の目がしっかりと映るようにして、確認する。


 マナの言っている通り目は赤く輝いていた。だが、俺がその事を自覚するのと同時に黒に戻る。


 ⋯⋯もしかして今のは、運命の魔眼か?


 運命の魔眼が見せた夢⋯⋯だったらあれは予知夢って奴に当てはまるのか?


 すごく現実的な夢だった。


 見た時の恐怖、絶望感が今でも心に深く刻まれている。


 「一旦シャワー浴びるか」


 「付き合うよ?」


 「⋯⋯ライム、よろしく頼む」


 影から現れたライムは俺を包み込み、パジャマを脱がして私服に変身する。


 「えぇ。シャワー浴びなくても良いの?」


 「一応は浴びるけど、ライムと一緒に行く」


 「えぇ〜」


 そんな悔しそうな顔するなよ。


 ユリ達に会いに月の都へ向かい、翌日へと時は進む。


 ◆


 いつものように起床したキリヤはマナに顔を合わせる事無く登校しようとする。


 アリスを叩き起して、準備をして駅に向かう。


 「⋯⋯キリヤ」


 「どうした?」


 いきなりの名前呼びに戸惑いの様子を見せるキリヤ。


 対してアリスは不思議そうな目をずっと向けて、ただ一言口を動かす。


 「授業は大丈夫?」


 「ああ、もちろん」


 「テスト近いからね。集中して聞いておかないと、先生の言うポイントを聞き逃す」


 「俺がそんな奴に見えるか?」


 「少なくとも、中学まではやってたね」


 中学の話を出されたキリヤは黙って、少しだけ早足で動いた。


 今日は部活があるので、キリヤはアリスと共に部室へと足を運ぶ。


 「二人とも一緒に行こ」


 最近ではナナミが二人を誘うようになっていた。


 断る理由なんて無く、三人で部室に向かう。


 その際、ナナミがキリヤに対して不思議な事を述べる。


 「今日は何か変だね。土曜日に何かあった?」


 「どうして土曜日に限定したのかを聞きたいところだけど、特に変化は無い。至って普通だよ」


 キリヤはありのままの気持ちを返事として返した。


 だけど満足した様子をナナミはしなかった。


 何か不満そうな、何かが違う確信を持ってキリヤを見つめる。


 ナナミの指定した土曜日、それはイガラシとキリヤが二人で遊んだ日である。


 「やっぱり何かが」


 ナナミの心配を察したアリスは肩にポンっと手を置く。


 キリヤの方ばかり向いていた意識がアリスに向かう。


 「心配しないで。ナナミンの考えている事は何も無いよ」


 「ほ、本当?」


 誤魔化す事はしない。そもそもそれをするキャラでは無い。


 自分の気持ちに鈍感であり、だから素直に分からない。


 しかし、信頼している親友はちゃんと察している。


 「うん。あのキリヤだよ。何も無いって」


 「そっか。帰り際に模擬戦してキリヤが負けたのかと考えてた」


 「うーん?」


 察したと思っていた親友の顔に苦悶の表情が浮かぶ。


 察したと思ったが、やはり違った。


 己の宿している気持ちに気づかない限り、この流れは続くのだろう。


 模擬戦で最初にキリヤを倒すのは自分だと、ナナミは常々思っているし考えている。


 誰にもその立場を渡したくない、そう考えている。


 部室へと入り、少し経過すると続々と部員はやって来る。


 「ヤジマ氏、一昨日は楽しかったっすね!」


 「ああ。本当に誘ってくれてありがとう」


 「お礼はもう十分言われたっすよ。⋯⋯なんか今日は違和感あるっすね?」


 「そうか?」


 皆が皆、不思議そうに変わった反応をするのでキリヤが困惑の表情を作り出す。


 確かにその顔は困惑していると一目で分かる、だけどどこか違う何かがあると数人は気づいていた。


 そこでイガラシは違和感を消すためにとある手段を強行した。


 「えいっ」


 背後から密着するくらいに抱きつくのである。


 大抵の男なら頭がパニック状態になる状況下、だけどキリヤは別である。


 「急に密着するなよ。びっくりするだろ」


 至って冷静に、イガラシを自分から引き剥がす。


 普通の男なら赤面の一つでもするだろうが、興奮や緊張の様子は一切見受けられない。


 「うん。ヤジマ氏っすね」


 「何してるの? いきなりしがみつくなんて、良くないと思うよ」


 イガラシの態度にナナミが苦言を呈す。


 「え? ナグモ氏は?」


 「アリスは⋯⋯アリスは⋯⋯」


 チラリと親友の方に目を向けるナナミ。


 「ナグモ氏は?」


 「アリスは⋯⋯幼馴染だから。うん。それに私にもするしっ」


 「ならわてもするっす!」


 ギュッーとナナミに抱き着くイガラシ。


 嫌がる様子は無い。


 そんな仲良し空間を遠目で眺めているヤマモトとサトウの二人。


 いつもならキリヤに対して睨みを利かせる二人だが、今日はヤケに大人しい。


 「なぜだ。あの空間を見ても殺意が芽生えないのは」


 「俺達も慣れて来ている⋯⋯いや、日に日に増した殺意がここで収まるとは思えないが⋯⋯」


 自分達の訳の分からぬ内心に驚きを隠せないでいる。


 部長と副部長もキリヤに対して僅かに違和感を感じていた。


 部活でしか関わらず、特に親しい訳でも無い。


 だけど根本的に何かが違うのだと、直感的に気づいている。


 視点は変わりキリヤの妹のマナと言えば。


 今日はのんびり一人帰りを楽しんでいた。


 一人だから自分のペースで帰れて、周囲に気を配れるから新たな発見をしやすい。


 その発見を楽しみにしているのもマナの良いところ。


 何よりも、アイドルサキュ兄が歌った曲をループして聴きながら帰りたかった。


 視聴者達の間ではオリジナルソングをサキュ兄のためにプロに依頼しようという流れになっている。


 ただ、ファンの中にそのようなプロ達がいるので料金などはかからないかもしれない。


 そんな流れをマナは鳥瞰して把握していた。


 兄を見守り楽しむファンの一人として、ただ黙って全てを見守っている。


 帰り中のマナが通る道先にフードを深く被った人がのんびりと歩いていた。


 ポッケに手を入れている。


 「⋯⋯」


 マナはその人を警戒しながら、イヤホンの音量を消す。


 六月中旬、昼間は暑くてとても長袖を着れる気温じゃない。


 しかし、目の前の人は長袖長ズボンと暑そうな格好をしている。


 もちろん、それは偏見の塊であり、一般的に暑いと言われても寒いと感じる人もいるだろう。


 だけどマナの警戒は限界値に達していた。


 怖い目にあったからこそ、鋭くなった警戒心。


 その警戒心が正しかったと証明するかのように、目の前の人から銀色に光る物が動いた。


 想定していた。回避、あるいは防御、二つのどちらかを選択する。


 だけど違った。


 マナの想定していた以上に敵は強く、光り物のスピードはマナが対応できる速度ではない。


 「くっ!」


 ダメージ覚悟で急所は外そうと動き、痛みを堪えるべく目を瞑った。


 無防備なマナへと無慈悲にも刃は進む。




◆あとがき◆

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