第102話 迷宮博物館に誘われて
「ヤジマ氏、チケットが二枚あるんっすけど、一緒に探索者博物館行かないっすか?」
部活で挨拶するなり、そんな事を言って来たのはイガラシさんである。
特に仲の良い記憶はなかったが、どうしてか誘ってくれた。
「なんで俺を誘うの?」
「一番一緒に楽しめそうだからっす」
質問に対して用意していたかのように高速の返答。
「で、どうっすか?」
誘われた事は素直に嬉しい。
その場所は最近できたところなので興味も普通にある。
「だけど、俺なんかで本当に良いのか? ご家族とかお友達とかさ」
「家族は大丈夫っす。ヤジマ氏も友達っすよ」
そう言われたら断る理由は俺にないだろう。
ありがたく誘いを受ける。
その旨を伝えたら、後ろから禍々しいオーラを感じた。
嫉妬を含んだ殺気のような、禍々しい気配である。
振り返ると、いつものように無表情のナナミが俺の方を凝視していた。
無表情だけど普段とは違う、絶対零度の冷たさを感じる。
「⋯⋯二人きりで行くの?」
「え?」
「チケットは二枚しか無いんっす。すまんっす」
「そう。ふーん」
何を言いたいのか分からないが、ただじっと俺の方を見つめて来るナナミ。
近頃のナナミは少しだけ変じゃないだろうか?
女の子に休日に誘われたってだけで、反応を示すヤマモトとサトウはいつも通りなので気にしないけど。
下校中、ナナミは俺に目を合わせようとしなかった。
「俺、何かしちゃったかな?」
アリスに小さな声で聞いてみた。
「ん〜何もしなかった、からかな? まぁ大丈夫でしょ」
「そうかな?」
ナナミと険悪なままは嫌なんだけど。
友人が一人減るだけでライフが削られる。
「こんど二人きりの探索にでも誘ってあげたら? そしたら機嫌直るよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
二人きり⋯⋯ユリ達が合意してくれるか怪しいところだ。
色々と考える事はあったけども、翌日となり俺はイガラシさんと待ち合わせをした。
「おまたせっす」
「待ってないよ。それじゃ行こっか」
昨日のウチにネットで調べてざっと展示内容を調べてみた。
今のところ一回しか起こらなかったイレギュラーの元凶が持っていた魔石が気になるところである。
「⋯⋯え、わての服装について何か言う事ないんっすか?」
「⋯⋯えっと」
今は六月の中旬、徐々に気温は上がり始めて暖かい時期となっている。
迫り来る期末テストも当然浮き彫りになって来る頃合だ。
話を戻そう。
イガラシさんの服装は半袖にショートパンツとボブカットも合わせて涼しそうな雰囲気を出している。
後はそうだな。日差しよけの麦わら帽子を被っている。
「⋯⋯あの、もしかしてただ服装の分析をしてないっすか?」
考えている事を読み取れるエスパーとは恐れ入った。
「ごめん。気の利いた事言えなくて」
「素直っすね。まぁ雑に褒められてもウザイっすけど」
これは正解を引いたのでは?
「でも、女の子を褒める技術は必要じゃないっすか?」
「闘いの技術ならいくらでも褒めらるんだけどね」
「そうっすね、わても経験済みっすから」
ある程度の会話が終わったら、俺達は博物館の方へと足を運ぶ。
背中をチラリと一瞥すると、その視線を感じ取ったのかキョロリと振り向く。
目と目が合ってしまった。
「何お尻見てるんっすか変態」
「背中全体だから誤解しないで」
「こんな事言われているのに動揺しないって、慣れてるんっすか?」
俺は己の配信に流れるコメントを思い出す。
変態と直接な発言は無いが⋯⋯まぁ色々と言われている。
「べ、別に慣れてないしっ!」
「なんでそこで動揺!」
博物館に入り一緒に回り、気になったところで足を止めてもう片方も満足するまで付き合う流れになった。
「過去の偉大な功績を上げた探索者が愛用していた魔剣っすか⋯⋯すごく高そうっすね」
「だな」
同じ感想である。
探索者博物館、過去の有名な探索者が遺した武具やアイテムなどが展示されている。
イレギュラーの際に回収された物や元々はそのエリアで取れた特別な物なども。
中には未知の階層を開拓するべく進んだ先駆者の遺品までもある。
探索者博物館は迷宮博物館とも呼ばれる。
「未知のダンジョン開拓⋯⋯最前線に俺も行きたいな」
そのための実力があるのか、分からない。
先生よりも俺は強くない。その先生も一時期最前線を走っていたが今は現役じゃない。
何よりも、最前線を走るには個人的な実力だけじゃ難しい。
行けなくも無くもないが一人だとやはり危険が伴う。
「一人⋯⋯」
「どうしたっすか?」
「あ、いや。ちょっと考え事をね」
俺は一人じゃないな。
ユリや他の皆、沢山の仲間がいるんだ。
一人一人が訓練された人間よりも力が劣るのは重々承知している。
だけど、越えれない壁では無いはずだ。
俺も仲間も皆強くなって、さらに奥の階層へと進む。
そう考えると、ワクワクして来るな。
「楽しいっすか?」
「ああ。誘ってくれてありがとうな」
「たまたまチケットが二枚手に入っただけっすから。ただ、恩返しはしてくださいっすね」
「要望があれば」
俺の気になっていた魔石もしっかりと観賞する事ができた。
⋯⋯やばかった。
何がやばいのか具体的に言うのならば、大きさがやばかった。
縦におよそ一メートル、横におよそ二メートルの巨大な魔石なのだ。
しかも、今も動いているかのように内部で魔力が満ちている。
心臓が鼓動するかのように魔力の光は大きくなったり小さくなったりしている。
幻想的な魔石に目を奪われるのは俺だけじゃない。
この世界に興味を示した大人子供、俺の隣で黙って見ているイガラシさんもそうだ。
帰り、ベンチに座って改めてお礼を述べた。
茜が差し込める公園のベンチは休日だけど静かなモノである。
ここまで子供がいないのも珍しいと思う。いつも来てないので知らんけど。
「本当に色々と見れて楽しかったよ。ありがとう」
「良いっすよ。やっぱ全力で探索者好きな人と来るのが楽しいっすね」
ニカッと笑うイガラシさんに気になった事を質問した。
「それだったらナナミでも良かったんじゃないの?」
「先に声をかけたっすよ。そしたら断られたっす。わてだって先に同性に声かけるっすよ」
「他の友達は?」
「最近ヤジマ氏達とつるむのが楽しいっす。部活でも一緒にいるっすよね。そしたら⋯⋯他の部活友達から避けられたんすよ」
「⋯⋯ごめんなさい」
謝罪すると慌てた様子で「謝るなっす」と言ってくれる。
でも申し訳ないよね。
「ナグモ氏やクジョウ氏とお喋りするのは好きっす。ヤマモト氏とサトウ氏は面白いっす。だからヤジマ氏達とつるむのは好きっす」
「そっか」
「ちょっとヤジマ氏が感動したところでわての身の上話でも聞いて欲しいっす」
「良いよ」
感動したと直接声で言われると覚めるけどね。
「わての両親は探索者っす。だけど、ある日ダンジョンに行ってから帰って来なかったっす。それが一ヶ月」
一ヶ月の遠征って話はちょくちょく聞いた事がある。
いつの話か分からないが、子供を置いてそんな長い間探索するとは思えない。
「ギルドの調査が入り、結局見当たらない。遺品も無い、両親は死亡した事になったっす」
俺はなんて言えば良いんだろう。
大丈夫だよ、なんて言えるのだろうか。
辛そうなイガラシさんの横顔を見て。
「兄と妹もいたんっす。だけどアパートの隣部屋の人がタバコの火の始末を適当にした結果⋯⋯火は燃え広がり大火事になり、二人は焼死体で発見されたっす。熱かった、苦しかったと思うっす」
一筋の光が頬を伝う。
「わてはただ、消火されるのを見る事しかできなかったっす。紅蓮に燃える炎をただ、眺める事しかできなかった。だから探索者を目指したっす」
「そっか」
「誰かを助けるため、守るため、力が欲しかったっす。傷つける事は怖いっす。だから、模擬戦の時も全力で戦えないんす。でも、相手に気を悪くして欲しくない、だから演じるんす」
「なるほど。教えてくれてありがとうね」
ぴょんっとベンチから跳び上がり、俺に手を振りながら駅の方に向かって行く。
「少しだけ肩の荷が軽くなりましたっす。また学校で」
「駅まで送ろうか?」
「大丈夫っすよ。その気持ちだけで十分っす。さようならっす」
「ああ、さようなら」
結局聞けなかったな。
服の内側に隠し持っている武器について。
◆
月が夜闇に輝く時間に俺は家に帰って来れた。
「なんか帰りの道が長く感じたな」
そう呟きながら、ドアに手を伸ばした。
軽く力を込めて開けて一歩中に入ると、ペチャっと言う水を踏む音が聞こえた。
「え?」
その闇に彩られた液体を目で追って行くと、中に続いていた。
足が見えた。液体が流れてポツポツと床に落としている足が。
上の方に目線を上げる。心臓の鼓動が速くなり、鼓膜を揺らす。
「はぁ、はぁ」
認めたくない、確認したくない現実。
雲がズレて月がドアの隙間から照らす。
「ぁ」
首を斬られて顔が無くなった状態で宙に浮かぶ、
「あああああああああああああ!」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
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