第99話 敗者からの贈り物
湯に反射する己を見ながら、最近の探索を振り返る。
鎧を着て、剣を持ち、その全てを捨ててコスプレをしてモンスターを魅了。
俺の憧れた探索者はそこにあるのだろうか。
疑問が残り、頭の中を駆け巡る。
「俺の人生はこんなので良かったのだろうか」
愚痴を零しつつ、部屋へと戻る。
ドアを開くと、いきなり魔力を感じる。
持ち上げる事も不可能な鉄の塊が目の前にあるような圧迫感に包まれる。
魔力が目の前の椅子に集中して行き、クルリと回って俺の方に向く。
魔力は輝き人型⋯⋯サキュバスのような形を形成する。
「成功、か」
「お前は⋯⋯誰だ」
目の前に現れたのはサキュバスだ。それは本能的に分かる。
両目は縦に斬撃痕を残しており、目を隠すように布を巻いている。
服装はセーターのような感じた。詳しく言うのならば、正面はV字型でへその少し上辺りから広がっている。
窓に反射して見えた背中は腰の下の部分まで広く露出しており、布面積はとても少ないと言える。
ガーター付きのソックスを脚に履いているが、太ももの上辺りは露出している。
上半身は下着をしてないように見えるが、下は履いている。
だがそれだけだ。
スタイルに自信があっても中々着ないであろう服。
ラノベや漫画のサキュバスのように男を刺激するような服装に血の気が引いた。
目の前にいきなり現れた警戒心よりも、格好に引いてしまった。
「⋯⋯誰だ」
質問しても返事はない。
いや、なんとなく分かる。
最大限小さくしているだろう胸、ロングヘアーの銀髪。
種族になった俺だ。翼は四枚と違うけど。
ずっと喋らないで俺の方を見つめている⋯⋯のかもしれない。
「負けた」
ようやく口を開いたと思ったら、その一言だけだった。
刹那、目の前の俺から強烈な殺意が漏れ出る。
(吐き気が、する)
溢れ出る魔力と殺気は俺の腸をグルグルと混ぜて来る。
喉奥から熱い物体を嫌悪感と共に出しそうになるが、必死に堪える。
「家族が死んだ。仲間が死んだ。友が死んだ」
絶望、それを魂の奥底で感じる程に重苦しい言葉が続く。
「魔王を殺し力を得た。レイも殺した。だが負けた」
後悔の念、無意識に俺は目の前のソイツが後悔しているように感じた。
言葉を出せる余裕はなく、ただ一方的に聞く。
「奴らは全て敵だ。敵は殺せ。迷うな。躊躇うな。刃を突き立てろ」
テレビがバグったかのように、彼の姿がブレる。
同時に吐血する。
血を吐きながらも、それを一切感じさせない気迫と共に言葉を紡ぐ。
「レイを頼れ、もっと強くなれ、魔法を極めろ」
ゆっくりと、彼は指を伸ばして来る。
そこでようやく気づいた。ソイツの身体が徐々に崩れている事に。
「俺の残せる、全てだ。俺の全てを過去に託す。奴らを殺せ、皆を守れ」
指の上に乗せてある小さな水滴。
一体それがなんなのか、俺が理解するよりも早く頭に巻いていたタオルのライムが伸びて行く。
水滴をライムが吸収し、身体が一瞬だけ光った。
苦しさから解放された俺は叫ぶ。
「まさかそれはライム⋯⋯おい!」
「託したぞ」
それを言い残すと、顔に亀裂が入り崩れて行く。
目を隠していた布がふわりと落ちて瞳を見る事ができた。
その瞳に生気は無く、先程まで喋っていたとは思えない程に冷えてどこも見ていない。
薄い赤色の瞳を見ていると、そこにも亀裂が入り灰となって消えて行く。
「一体、なんだったんだ?」
と言うか、ライムだけを残して行くのかと思ったらあの服まで残して行きやがった。
どうしたもんかね、これ。
マナに見つかるとどうなるのか火を見るよりも明らかなので、どこかに隠しておきたい。
ライムは食べるの拒否するし。
となるとあそこか。
俺はレイに会いに来た。
「短いスパンで会いに来てくれて嬉しいわ。それで、なんの用かしら。もちろん、用が無くても来て良いわよ。あ、それともワタクシの身体に興味が?」
鼻息を荒くしながらそんな発言しないでくれ。
俺は未来から現れたであろう俺の話をした。
「変ね」
「やっぱり?」
「ええ。だってワタクシがその気になれば後継者の命とか簡単に消せるもの」
「怖っ!」
「安心して絶対にしないわ。あ、強制的に命令も可能よ。しないけど。ワタクシは求められた時にしてあげるのを信条としてるもの」
どうでも良い。
そうなると、俺がレイを殺したって話は嘘になるのか。
「でも嘘とは限らない。例えばワタクシが君に殺す事を認めたのかもしれないわ。その場合、そうするしか無かった状況って事よ。⋯⋯魔王を殺して力を得た、ね」
それが何を意味するのか、本質を分かっている訳では無い。
ただ、俺よりも圧倒的に強いレイが冷や汗を流しながらセーターをガン見している事からかなりヤバいのは分かる。
今の状況、未来の状況、これから先何があるのか。
ただこのままでは皆を失ってしまう。それは正しいのかもしれない。
「これ、ワタクシが着ている服よりもエロくない?」
「こっち向けながら言わないでくれます?」
だいたい、今のレイは服を着てない裸体だ。
普段のレイの格好は軍服とドレスを合わせたような服装であり、露出部分は少ない。
ただ、出す物が強調さているため、視聴者は喜びそうだ。
ベクトルが違うので、俺から言う事は無い。
「これ、ここに置いて良いですかね?」
「ここは貴方の部屋よ。好きに使って構わないわ。⋯⋯ただこの服、再生速度向上や魔力への順応など、サキュバスにとっては凄い服よ?」
「魔法の効果も上がる訳ですか」
魔法を極めろ、剣でも技でもなく魔法。
限られた時間の中で伝えるべき事を伝えただろうアイツの最期の顔を思い出す。
地獄から解放されたくらい安堵した笑顔を浮かべた彼の顔を。
「⋯⋯魔法を鍛える」
「着るの?」
「着ません」
「でも未来の貴方はこれを着てたのよね。一度だけでも着てみたら。かなりの恩恵を得られるわよ絶対に。専用の装備はあるに越した事無いわ」
だとしてもこれを着て戦う勇気は無いね。
たとえその上に防具を装備していようが、絶対に嫌だ。
俺が自分の部屋に戻ろうと思ったタイミングでセーターがいきなり飛行して、俺に突っ込んで来た。
ぶつかる事無く中に吸われる。
「⋯⋯へぇ。本当に凄い装備ね。自我があるのね。それに時間を逆行してもなお形を保つ。素晴らしい専用装備ね」
「これ、どうしたら⋯⋯」
これどうやって着ているのか分からなかったが、首後ろと腰周りに感触があるので、これでも一応は着ているのだろう。
首後ろ、落ちないように止める為の部分は紐一本だけだ。
正面のV字型に広がるコレ、下の部分はへその少し上。
胸の真ん中辺りもしっかりと出ている。てか、下着が消えたんだが?
背中はスースーするし。救いは横の腹は露出してない事か。
下の方は下着があるとは言えかなり際どい。てか、めっちゃ恥ずかしい。
もしも少しでもズレたら⋯⋯み、見えてしまう。
「なんかムラムラして来るわね」
「絶対に止めてください! コレ着てると元の装備消えるんですけどぉ!」
「泣いても無駄ね。諦めなさい。別に悪い事ばかりでもないでしょ」
確かに、内に流れる魔力を自覚しやすい。それに翼の感覚も上がった気がする。
だけど恥ずかしい。元に戻して!
念じると戻った。
「はぁはぁ。絶対に出すモノか。ライムの進化も調べないとな」
ドアの向こう側からユリの気配がしたと思うが⋯⋯気のせいだよな。ちょっとドアの隙間が空いている気がするけど、気のせいだよな!
「あ、そうだキリヤ」
「何?」
「これ」
レイが胸の谷間から取り出したのは白いカプセル型の薬だった。
「なんですかこれは?」
「ピンチの時、力を本気で望んだ時に飲みなさい」
「ドーピング剤ですか?」
「覚醒剤よ」
それダメな奴!
「ああ、あくまで呼称だから犯罪になる薬じゃないから安心して」
「し、信じますよ?」
「未来の君はワタクシを頼れと言ったのよね。きっとそれよ。今の貴方なら、大丈夫でしょうし。あ、平常時に使ってはダメよ。副作用に耐えられないと思うわ」
急に怖いんだが。
「それと今日はここで寝てく?」
「ベッドから変な臭いがするので遠慮します」
「あら残念。その臭いに君を染めてあげるわよ?」
「二度と来ませんよ」
「冗談よ。一割ね」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
昨日は投稿できずに申し訳ありません。熱があり辛くて出来ませんでした。
皆さんも気をつけてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます