第98話 誘う勇気と魅了する勇気

 心の整理はできた。


 平和なうちに俺も一緒に探索したい。


 だから今日、俺はナナミを探索に誘う。


 『アイドルサキュ兄』と言う単語が沈静化するまで待ったのだ。


 嬉しくないが、ソレについてしっかりとナナミから感想文を貰っている。


 「ナナミ」


 「なに?」


 アリスを含めた三人でギルドに向かっている時に俺はナナミに声をかける。


 「その。良かったら今日一緒に探索しないか?」


 「⋯⋯ッ!」


 ゆっくりと目を丸く見開くナナミ。それだけでかなり驚いていると分かる。


 二秒ほどの間を開けた後、ナナミは口を開く。


 「うん。喜んで」


 「なんか愛の告白みたいな場面ね」


 「〜〜〜ッ!」


 アリスの変な発言にナナミがキッと睨みを利かせていた。ポコポコ叩いている。


 感情を表に出しやすい日なのかもしれない。


 ギルドで一時的なパーティ申請をする。そうすれば同じゲートで同じ番号で呼ばれる。


 「行って来るよ」


 「行ってくるね」


 「いってら〜気をつけてね」


 ダンジョンに入ると、当然のようにユリ達が現れる。


 「⋯⋯皆も一緒なんだ」


 どことなく凹んだ雰囲気を醸し出すナナミにかける言葉が見当たらない。


 ユリが少し警戒しているが、もちろん合意の上である。


 「ダイヤ、人型になってよ! このままじゃキャラで負けるっ!」


 「何を言ってるんだお主は! だいたい猫じゃないか。我が人型になっても⋯⋯」


 「獣人って言う枠が増える!」


 俺には理解できない会話をされてらっしゃる。


 今日はリア友と一緒に探索するので配信は休むとSNSにきちんと投稿している。


 友達がいる事に驚く返事ばっかだった。


 いつものように班分けを行って、六層へと向かう。


 今回の俺に同行する班はユリだった。


 「キリヤも六層解禁後すぐにここに来てたんだ⋯⋯自分で解決してたし当たり前か」


 「まぁそうだね」


 「助っ人って誰なの? 両親とか?」


 「えーと。知り合いの大人の人だよ」


 「そっか」


 短い会話である。


 ユリが俺らの間に入っているのもあるけど、だとしても会話が続かない。


 猫耳をピコピコ動かしながら、尻尾を左右に動かしている。楽しんでいる⋯⋯のか?


 ナナミも今のメインは六層らしい。


 「キリヤ達の実力ならもっと下の階層に行くと思った」


 「⋯⋯魅了を要求されて」


 「あぁ。それもそうか」


 納得されてしまったんだけど。友達に納得されたんだけど。


 チラリと彼女はユリの方を見た。


 「ユリさんは常に腕に巻きついてないと思うんだけど⋯⋯なんで?」


 「警戒しているんですよ!」


 「どうして?」


 「だって⋯⋯」


 ぎゅっと、俺の腕に抱きついている手に力が入る。


 「クジョウさんばっかり、気を配られるのは、嫌なので」


 顔をピンクに染めながら、ボソボソと呟くユリに対してナナミは頭を撫でる。


 「可愛い⋯⋯この子私にくれない?」


 「絶対ダメ」


 「子供扱いしないでください!」


 一段階目の進化ユリを思い出すな。


 早速、オーク三体を同時に発見した。


 一緒に探索するのだから、共に戦うのがセオリーだろう。


 ユリを引っ着けたままでは戦えないので、さすがに離れて貰う。


 「行くよナナミ」


 「いつでも」


 俺がオークの背後に飛来して袈裟斬りを叩き落とす。


 深く斬り裂いた事により、止めていた水がホースから一気に出るように、勢い良く血が噴射される。


 一撃では命脈を断つ事はできなかったのか、反撃の一撃をくらわせようと身を翻す。


 だが、オークの攻撃は俺に当たる事は無かった。


 なぜなら、その前に肉薄したナナミがトドメの一撃を与えていたからだ。


 「⋯⋯ん」


 ナナミと目線で合図を送りあい、俺は右側を相手する。


 俺はオークの身体を三連撃で正面から斬り裂いた。


 反対のナナミは八連撃の刺突を一瞬で決めていた。


 ギリギリ互いに命を残しているようなので、ナナミと背中合わせで戦う相手を切り替える。


 半回転分の遠心力を乗せた斬撃でオークにトドメを刺す。


 「初めてにしては上出来じゃない?」


 「うん。三体のオーク相手は一人だと少し手こずる」


 「本当かよ」


 「本当だよ」


 ハイタッチで勝利を祝う。


 初めての連携だったがスムーズにできた。


 戦う時の思考パターンが似ていなければなし得ない事だろう。


 「それにしても、サキュバスなのにあのスピードは驚いた。生で見ると迫力が違うね」


 「ありがと。でも俺の目指す速さはまだまだ上にある」


 「そっか。でも陸地じゃ負けないから。私もスピードアタッカーだからね」


 「ああ。俺は負けず嫌いだから、その方が速くなる」


 まずは先生を越える。その後はレイを越える。


 まだその先にあるだろう力に向かって進むのみよ。


 皆のところに戻ると、ユリを筆頭に皆が唖然としていた。


 「⋯⋯強い。知っていたけど、この目で見るとその強さが分かる」


 悔しそうな顔を浮かべるユリにナナミはゆっくりと近づき、手を取った。


 突然の行動に思考を巡らせていただろうユリの視線がナナミに向かう。


 「確かに私は君よりも強い。だけどそれは努力の歳月が違うからだ」


 「でも、それを言い訳にしたくないです。主様を守るためにも、強くならなくてはならない。どれだけ相手の方が努力していようと、負けたくないんです」


 俺には見せなかったユリの弱音。


 「努力を欠かさない、良い手をしてる。その想いがあればもっと強くなれる。私が保証しよう」


 「⋯⋯ありがとう、ございます」


 「手始めに私のさっきの連撃でも試してみる?」


 「えっと、肩が外れそうなので遠慮しておきます」


 「肩だけで済むと良いね」


 え、怖い。


 良い話だったのにその言葉が全てを台無しにしたよ。


 「⋯⋯冗談だよ?」


 なるほど。今のは笑うポイントらしい。冗談に聞こえん。


 種族の身体能力が成せる八連撃を間近で見れたのは正直ありがたいな。


 試そうと思ったけど、反動が怖いので今は止めようと思う。


 咄嗟なマネは反動がきつい。合宿の時にそれは身に染みた。


 「それじゃ、もう少し奥に進もっか」


 「うん。あ、魔石の回収⋯⋯」


 そんなのはすぐに皆でやってくれる。


 解体スピードはかなり速い。


 肉はウルフ達が食べて、骨はライムが食べる。魔石は影へ。


 「死体は放置していたらいずれダンジョンに還る。なんで全部食べるの?」


 「残すとお化けが出るんですよ。主様でも肉体の無い相手は斬れません!」


 そんなの信じてるんだ。


 上の階層に出たモンスターも出る可能性はある。だけどお化けは出ないね。


 てか、ゾンビもその類じゃないか?


 「⋯⋯確かに。ゴースト系とは私も相性が悪い。これからの死体処理はどうしよう」


 「え、信じちゃうんですか?」


 さすがにそれは驚くぞ。


 それから数時間オークを見つけては一緒に倒したり、ユリ達の戦闘を見てもらった。


 連携について何かを言える立場ではないと、遠い目をしながら言っていた。ごめんなさい。


 「そうだ私。見たいんだよね。生で」


 「何を?」


 「魅了」


 「嫌だ」


 「そこをなんとか」


 顔の前で手の平を合わせながら懇願される。


 うん。だけど嫌だね!


 何が悲しくて友達の前であんな事しなきゃならんのだ! 殺す気かっ!


 「これ」


 ナナミが自分のバックパックから一冊のノートを取り出した。


 中身を見て欲しいとの事で、確認するとびっしりと文字が書かれていた。その全ては詳細な説明だ。


 そんな文字よりもページ毎に描かれた中心の絵に目線は釘付けだ。


 「こ、これは⋯⋯」


 「私も魅了色々と考えてみたんだよね。だからその中から一つ、試して欲しいなって」


 表情は変わらないが、猫耳がへにゃりと倒れている。尻尾も元気が無い。


 明らかにしょんぼりしている。


 断られて不安なのだろう。


 「主様、友の努力を労うのも人道ですよ!」


 「ユリ⋯⋯」


 ああ、もう!


 ◆


 ダンジョン六層、一体のオークが居た。


 そんなオークの目の前にダンジョンの中にあってはならない物がある。


 それは襖だった。


 襖には影ができており、輪郭は女性を表している。


 その奥には何があるのか、誰もが気になってしかたないだろう。


 掻き立てられる好奇心。それはオークも例外では無い。


 自分で開けるよりも早く、襖はゆっくりと開けられる。


 影を出していた本人はもちろん、モンスターを魅了する事で有名なキリヤだ。


 浴衣を着ているが帯を緩めて、肩から胸上までを露出させている。


 髪で顔を少し隠す事でミステリアスな雰囲気を醸し出している。


 欲情を誘う見た目と理性を吹き飛ばしそうな薄暗い空間。


 オークの目を見つめながら、滑らかな声音で小さく、だけど耳にはっきりと聞こえる不思議な声で呟く。


 「おいで」


 短い言葉の誘惑。


 オークは敵を倒すと言う生物本能を粉砕し、誘いに乗った。


 その後は当然ユリによって軽めの粛清を受けて、仲間へと加わった。


 尻尾を強く振って感激の意を表すナナミに苦笑いを浮かべるキリヤ。


 その後密かに撮影されていた魅了写真はナナミからアリス、アリスからマナへと拡散された。


 家に帰ったキリヤはマナからナナミを紹介して欲しいと、強く懇願されるのは遠くない話だ。




◆あとがき◆

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