第97話 月の都

 それは唐突だった。


 「先生から電話がかかって来た」


 着信音を響かせてブーブーっと震えているスマホを眺めながら、出るべきか考える。


 内容はきっとユリ達だろう。


 『アイドルサキュ兄』とか変な魅了を試した結果、一気にオークの数が増えた。


 当然、そのしわ寄せは先生の方に向くわけだ。訓練してもらっているらしいし。


 「ま、出るか」


 出ないと直接乗り込まれる可能性があるので、俺は渋々スマホを手に取る。


 「もちもち?」


 「ふざけているのか? キリヤ、知っているか? お前の仲間達が外に出ている事を」


 「ヘーシリマセンデシター」


 「なんだ知ってたのか」


 知らないって言ったのに、信じてくれなかった。


 「数が増えて手狭なんだ。どうにかしてくれ」


 「全員に訓練してやってくれませんか?」


 「なんやかんや楽しいからそれは構わんが⋯⋯さすがに数が多い。どうにかしろ」


 チェ。


 「分かりました。少しだけ待ってください」


 ぶっちゃけどうしたら良いのか分からない。


 『影移動』の能力を使って皆を影に沈める手も考えたがさすがに可哀想だ。


 夜になるのを待ち、月が昇ったタイミングで俺は種族になる。


 月を眺めてぼーっとしていると、視界は暗転する⋯⋯とかは無かった。


 「これでどうやってムーンレイさんのところに行けるの?」


 本当に今更だが、月を眺めるだけで会いに行けるのだろうか。


 どうしたものかと考えていると、全身が浮遊感に包まれる。


 そのまま月に向かって身体が引っ張られ、一瞬で月面に移動した。


 あれが転送ってやつだろうか。


 「遅いっ!」


 開口一番に言われたのはソレだった。


 「もう! どれだけワタクシが寂しい想いをしたか分かるかしら?」


 プンブン怒りながら迫って来る。


 「近いですっ」


 近すぎるので手で押し退ける。


 「そう邪険にされると興奮してしまうわ」


 真顔で言わないで。


 さて、興奮気味のムーンレイさんが平常に戻ったところで本題を切り出す。


 「皆の居場所に困っているんだけど、どうすれば良いかな?」


 「そうね。一番は自分の世界領域を持つ事だけど、君の実力じゃ無理ね」


 なんか凄そうな単語が飛び出したが、深く聞くと時間が無くなりそうだ。なので聞かない。


 「一番の解決策があるわ」


 自信満々の様子で彼女は言う。


 それは何かと、無言で次の展開を待っているとチラチラと俺の方を見ている事に気づいた。


 「一体それはなんですか?」


 「ふふ。良くぞ聞いた。見て驚きなさい。ワタクシの出す解決策はコレよ!」


 手を掲げると、月だと言うのに地震が起こったかのように激しく揺れる。


 少し飛んでいるので揺れを直接感じる事はできない。ただ、見ているだけでも揺れていると分かる程には揺れている。


 土煙がモクモクと広まって行き、地中から何かが伸びて来る。


 「なんじゃこりゃ」


 一番視線を奪ったのは大きな城である。


 回りを見れば家のような建造物も多く見られる。


 「これは一体⋯⋯」


 「元々ワタクシの仲間達で使っていた国よ。あのお城にワタクシが住んでたの。ここを使いなさい」


 「良いんですか?」


 「ええ。後継者に継承するのも魔王の務め⋯⋯そもそもワタクシにはもう必要ないモノよ。そうね⋯⋯これからは気安く『レイ』と呼んでちょうだい。それだけで十分だわ」


 「分かったよ」


 ならばこれから俺は月の魔王をレイと呼ぼう。


 何はともあれ、これでユリ達の住処問題は解決となる。


 「仮名として『月の都』とでもしておきましょうか」


 「分かった」


 訓練のサイクルも先生と相談してやるしかないな。その辺は当事者のユリに任せようかな。


 まずは住まいを分けるか。


 「ユリ達を呼びたいんだけど、どうしたら良いの?」


 「カードがあるでしょ? それで普通に呼べるわよ。魔力を込めればね」


 あ、そんな機能があるのか。


 試してみると、しっかりと成功してユリを呼び出す事ができた。説明する。


 「⋯⋯なるほど。分かりました。ムーンレイ様。拠点の提供、感謝します」


 「堅くならないで。ワタクシ⋯⋯かわい子好きだし」


 レイがユリへと抱きついて、スリスリと頬を合わせる。


 嫌そうな顔をしているが、相手が魔王だからか抵抗してない。


 別に抵抗して良いんだぞ⋯⋯。


 仲間達全員を召喚して、拠点分けを行う事にした。


 大きな城は俺とレイが一応居る前提で分けるらしい。気にする必要ないのに。


 城には他にも色々な部屋があるので、ユリ達のようなリーダー格と秘書的な立場の仲間が住む事になった。


 「鍛冶場とか、色んな施設があるんだな」


 「元は国よ。あたりまえじゃない」


 レイがどこから来たのか知らないけど、月にこんなの用意してたら人工衛星に見つかるのでは?


 「危惧している事は心配要らないわ。ここはワタクシの領域よ。不可視結界を張る事は容易いわ」


 「魔力を常に消費しない?」


 「月のエネルギーを使うから問題ないわ」


 「なら良いけど」


 心配するような言葉を言うと、レイは抱きついて来る。


 「心配してくれてありがとう。お姉さん興奮しちゃった」


 「そろそろイラッと来ますね」


 「あらごめん。ワタクシの身体で発散しても良いわよ?」


 ウインクしながら可愛らしくそう言うと、ユリが間に入る。


 「それは私の仕事ですぅ!」


 誰の仕事でもないがっ!


 ユリが抵抗している姿が可愛いのか、ニマニマとした笑顔を浮かべてやがる⋯⋯。


 「主様ぬしさま


 「なんだアララト」


 「訓練施設がありましたので、そちらを利用してきてもよろしいでしょうか?」


 俺はレイを見る。ユリに抱きついているレイはその状態で言葉を出す。


 「ここの主は君よ。ワタクシが君に譲渡したのだから。だから好きに使いなさい」


 「だそうだ。ここの施設は皆で自由にマナー良く使ってくれ」


 そう言葉を出すと、ユリ、ローズ、ダイヤ以外の皆は訓練施設や街の探索に出向いた。


 アイリスも行った事で少しだけローズが眉を歪めたが、すぐに戻っていた。


 「それじゃ、ワタクシ達は温泉にでも入りましょうか」


 「え、あるの!?」


 「もちろん。月だもの」


 「月だから無いのでは⋯⋯」


 「人間の常識を魔王に当てはめてはダメよ」


 ⋯⋯え、温泉って俺も一緒に入らないとダメなの?


 俺だけ中身の性別男だよ? ダイヤ⋯⋯犬だから大丈夫か。


 男湯もしっかりと用意されていたが、何故かレイに連行されて女湯に。


 嫌なんじゃが。普通にレイと一緒に入るのに恐怖を感じるのじゃが!


 「主様の前で素肌を晒すなど⋯⋯」


 「恥ずかしい⋯⋯」


 「日本人だったらそんなのあんまり気にしないわよ。早く行くわよ」


 いや、気にするだろ。


 日本人の普通をモンスターに適用するなよ。


 裸を見られるのは恥ずかしい、その思考は至極当然。


 レイみたいに素早く脱いで浴室に向かうのは、不思議な感覚と言える。サキュバスだから気にしないんだろうな。


 俺?


 バスタオル巻けば問題なしっ!


 ユリに止められたが。


 結局皆で風呂に向かった。


 「身体洗いっこしましょうよ」


 「嫌だ」


 「良いじゃない。減るもんでは無いわ」


 「主様の身体を洗うのは配下として、私の役目だと思うんです!」


 「自分にも言える事」


 いや、ライムに任せるので大丈夫だ。


 ライムなら隈無く身体を洗ってくれる。翼の付け根とか難しいし重宝する。


 皆でお湯に身体を漬ける。


 「良い湯だなぁ」


 「なんやかんや言いながら順応しているわね」


 「これは順応じゃない。諦めだ」


 諦めて開き直ったのさ。どうせユリ達の身体を見ても特に思う事は無いし。


 強いて言えば、鏡越しに見た俺とレイって結構見た目が似ている事か。親子と言われても信じるレベル。


 もちろん、サキュバスなので身体の調整をすれば似てなくする事はできる。


 する理由が特に無いので、このままで行くけど。


 翼の枚数はレイは六枚、俺は二枚と大きく違うし。


 チラリ、とレイの背中を見る。


 綺麗な身体に似つかわしくない大きな火傷の痕。気になるが質問する気にはなれない。


 「背中の傷が気になる? 再生は可能だけど、忘れない為に治してないだけ。痛みとかは無いから気にしなくて良いわ」


 「そうか」


 「心配してくれたの?」


 「いーや、別に」


 「素直じゃないわね。ま、アイドルだからしかたないわね」


 ザバーン、俺が勢い良く立ち上がった事で起こった強い波。


 湯船のお湯がローズとユリの顔に襲いかかっていた。


 マナー的によろしくない行為だが、それに気を配る余裕が無かった。


 「な、なん、なんで⋯⋯」


 「魔王ですもの。信者も増えているようで安心したわ。この調子でね。目指せ、世界一のサキュバスアイドル!」


 「嫌だ!」


 「あ、でも現状君だけだから世界一かもね」




◆あとがき◆

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