第96話 べ、別に二度としたくないんだからね!

 ローズが血のナイフでオークを刺激し、複数のオークを集めている。


 進化したローズは飛ぶ能力を持っており、機動力は上がったと言えよう。


 キリヤとは違って、翼を肉体に収納する事も可能なので邪魔にならない。


 ウイルスで相手を麻痺させて連行する事は可能だが、それだと脳が正常に活動しない事を危惧して、自分を囮にして運んでいる。


 「こっちは順調⋯⋯」


 ペアスライムのピアスに触れて【念話】による味方への通信を行う。


 「そっちの状況は?」


 同じように囮となってオークを運んでいるローズ班のメンバーに状況確認。


 「分かった。あと少しだ。頑張れ」


 短く質問と応答を繰り返し終わらせた。


 広い空間への道が見えたタイミングでローズは加速し、入った瞬間に高く飛ぶ。


 オークは追いつけるはずもないががむしゃらに追いかけて、広い空間へと入った。


 それは一種の罠ではあるが、決して命を奪うモノでは無い。


 むしろその逆と言えよう。


 自前の魔法【月光ムーンライト】で照らされたステージの中心に立つ人物。


 銀色の髪に赤き瞳、コウモリのような大きな翼。


 人間的に見れば彫刻のように精密に作られた美しさを持つ容姿。


 スタイルも街中を歩けば彼女持ちの男だろうと、たとえ女だろうとチラリと見てしまう程に優れている。


 妖艶に男を魅了するサキュバス、オーク達の前にはソイツが居た。


 だが、そのサキュバスの顔は激しく緊張と恥じらいにより顔をりんごのように赤く染め、うるうるとした瞳は光の反射で宝石のように輝いている。


 今すぐにでも叫んでその場から逃げたい、本人じゃなくてもそう考えている事など容易に想像できる。


 「あ⋯⋯」


 サキュバス、キリヤの現在の服装は雑に言えばアイドル風だ。


 メインの色はサキュバスらしく黒を使用しており、肩を露出させている。


 リボンで髪の毛をポニーテールの形にしているのもポイントだ。


 動く度にミニスカが左へ右へと動く。


 雰囲気だけで機能は備わってないライムのマイクに口を近づけ、オーク全員に聞こえるように大声で喋る。


 腹から声を出すがその音は聞き惚れてしまう程に透き通っており、クールなキャラを印象付かせる。


 「あの。えっと。今日はお集まり、ありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀をする。


 集まったと言うよりも集められた訳だが、そんなのは視聴者達にもユリ達にも関係ない。


 ステージはボッチ、もといキリヤの独擅場。


 「全力で歌うので、是非聞いてください」


 スピーカーで音楽が流れ始め、キリヤが歌い出す。


 音程などを意識していなくても、適切な音程や声音などを無意識に出せる。サキュバスとしての強みと言えるだろう。


 歌に特化した種族ならばこれよりも素晴らしい歌を歌える訳なので、種族によっては探索者にならずに他の道を進む人も少なくない。


 観客のオーク、ユリ達、そしてカメラの向こう側の視聴者達。


 ただ動かずに黙ってキリヤの歌を聴いていた。


 コメント欄の方を見れば全く動いてない。誰もコメントを打ち込んでないのだ。


 容姿と歌声、視覚的情報と聴覚的情報の二つで観てる全員を魅了しているキリヤ。


 二日間練習した振り付け、歌やポーズ。


 なんでこんな事をしているのだろうと言う疑問を噛み砕きながら、練習した成果はこの日のために。


 妹や幼馴染、友人さえも今の君を応援している事だろう。


 ステージまで用意されてしまったのだ。その視聴者達の想いを受けずして立派な配信者とは言えないだろう。


 歌が続けば続く程、最初の恥ずかしいと言う感情が薄れて行き、歌に真剣に向き合っている。


 会場のボルテージが上がって行き、あと僅かで最高潮へと誘われる。


 端っこの方では生でキリヤを見ている探索者もいる。


 彼らはこの日のために掲示板でファン達と協議し、キュラの協力でマーキング用の細胞を受け取ってステージを作り出した。


 魔法で地形を変えて維持したり、オークを誘い込みやすくしたり、ユリ達が真正面で鑑賞できるようにしたり。


 さらにオタ芸を伝授したりと。


 様々な応援のもと成り立った『アイドル魅了』。


 本人に許可を得ずして進行された大掛かりな魅了は成功したと言えよう。


 いつの間にかオークの手元にはサイリウムが握られているのでは無いかと錯覚する程の熱量。


 サビの終了間際、キリヤは超重要な振り付けをした。


 歌に合わせて両手でハートの形を作りながら、片方の足を上げてウインクしたのだ。


 そのウインクは見る者のハートを撃ち抜いた事だろう。


 何はともあれ、一度に十体の魅了を成功させた。


 ◆


 ああああああ!


 「お疲れ様です主様」


 「姫様良かったぜ。後で皆と録画見直すよ」


 「削除してやる。今日のライブは削除じゃ!」


 “切り抜き終わったべ”

 “保存しました”

 “サキュバスアイドルがトレンド入りしてるよおめでとう”

 “現地のブタよ。良くやった”


 “初のファンとの交流が魅了かw”

 “らしいっちゃらしい”

 “お疲れ様”

 “最高でした!”


 なんで歌って踊らなきゃならんのだ。


 しかも短期間で振り付けを覚えさせられたし。


 わざわざダンスの練習をするがために、ファンの一人が名乗りを上げたのだ。


 びっくりだよね。


 女性なのに俺のファンって、どんな気持ちで観てるんだろうか。知りたくもない。


 その人を起点に、水が広がるように話は大きくなり少しだけ人が集まった。


 キュラとの接触後はトントン拍子で話は進んでユリへと話は持って行かれ、結果はこうなった訳だ。


 歌って魅了、それだけで終わりだったのに大それている。


 視聴者と直接会うのは普通に緊張したが、そんな心は狂信的な心を前にして押し潰されたよ。


 皆が盛り上がっていると自分は冷静になれるって、本当だったんだよね。はは。


 ダンジョンの中だと言うのに⋯⋯魔法を解除して後片付けしている。


 「ユリ、これからこう言うのやる時は事前に教えてくれ。精神的にキツい」


 リアルのファンと対面とか恐怖以外の感情が無いのよ。


 「それだと拒否されるじゃないですか」


 「それってもう犯罪じゃない?」


 「大丈夫ですよ主様。私は日本人じゃないので法律適応外です! モンスターですしっ!」


 そんな言葉をどこで覚えたんだ!


 一応頑張ってくれた皆にお礼を言いに向かった。


 「えっと。皆様お疲れ様でした」


 「サキュ兄に貢献できるだけでも嬉しいのに、生で第一回のライブが見れて、感激ですっ!」


 「これからも応援します!」


 「次はもっと色んな人が集まると思いますよ」


 え、何勝手に盛り上がってるの君達は。嫌だよ?


 第一回ってなんだよ。もう二度とやらねぇよ。


 最初で最後のライブだよ。何言ってんのよコイツら。


 「ギルドに許可を取って道具とか運びたいよね」


 「今度はきちんとマイクとかも使ってみたいかも」


 いや、そんなのギルドが許可する訳ないでしょうに。


 「「「本日はありがとうございました!」」」


 「いえいえ。こんな努力はもう二度としないでください。それに貴方達の時間を奪ってしまってるし、お金も出せないから本当に⋯⋯」


 「利益目的でやってません!」


 「わたし達がアイドルのサキュ兄さんを見たいから頑張ったんです!」


 「それに我々だけではありません。サキュ兄を応援しているのは!」


 嫌だ。本当に嫌だ。


 泣きたい。


 皆は先にギルドへと戻り、俺は後から外に出る。


 一応ローズを先行させて居ないか確認させたが、性別と身長が合致した人はいないらしい。


 なんて民度の高さよ。


 「⋯⋯まぁでも、楽しかったな」


 練習とかも楽しかった。これが配信者って奴か。


 「主様⋯⋯先程のお言葉無意識に録音しておりました」


 「消せ」


 「すみません。手が滑ってSNSに載せてしまいました!」


 「ふざけてるだろ!」


 ちゃんと文章付きって⋯⋯なにか呟くと思って待機してたなコイツ⋯⋯。


 今度やる時は他の奴も巻き添えにしてやる。ゲヘヘ。


 家に帰ると、テンション高めのマナに出迎えをされて、次の計画を進行中とか言って来やがった。


 一枚噛んでるな、この子。


 「おつかれキリヤ」


 「本当に疲れた」


 アリスに労いの言葉をもらった。


 あんまり恥ずかしさは感じなかったけど、やっぱり辛いな。


 視聴者と会うのも辛かったぜ。


 結論、二度とやりたくないリストにアイドル魅了が増えた。





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♡とても励みになります。ありがとうございます


二度とやりたくないリストはやる度に更新されてそう⋯⋯

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