第93話 全身を賭けた諸刃の刃

 「そこを通してもらおう」


 「あら。貴方もバカじゃなければ、それが不可能だって分かるわよね」


 ローズと戦ったオークジェネラルが最強だと称したオークとユリが対峙する。


 ユリは刀、オークは大剣をゆっくりと抜き、構える。


 静かに流れる風の音が奇妙に耳に残り、次の瞬間二人は消えたかのように一瞬で動いた。


 高速で振るった閃光が交差し、火花と轟音を散らす。


 「中々に力があるね」


 「こちらの言葉だ」


 先に退いたのはユリであった。


 力の差を感じ取って、すぐさま安全な行動を取った。


 「【飛翔剣】」


 「なにそれずるい!」


 剣をその場で振るい斬撃を飛ばす攻撃。


 大剣を持ちながら中距離攻撃の手段を持っている事にユリは苦言を呈す。


 横にステップして回避すると、既に懐に飛び込んだいたオークが瞳に反射した。


 スピードではオークの方が劣っている。


 だからこそ、最初の一歩を早くする事でスピードの差を埋めて間合いを詰めている。


 「ふんっ!」


 「ぐっ!」


 オークの片手から放たれた一撃とは考えたくもない強烈な一撃に防いだ腕が軋む。


 無理に堪える事はせずに、攻撃の力を利用して後ろに跳んだ。


 「やはり強いか」


 「そこを退け」


 「自分が助けにいかないと主が倒されてしまうと思ってるの? 随分と信用してないのね」


 「あの吸血鬼、そして淫魔。この二人は別格に強い。それは認めよう」


 主の方が強い、と言う妄信的な発言をしなかった事に少しだけ驚く。


 ユリならばそうしていた可能性があったからだ。


 目の前のオークは冷静に状況分析をして、力の差を確認している。


 「もしも吸血鬼が本気を出せば、数など無意味だと感じた」


 「ム。それではあの男が我が主よりも強いと?」


 「違う。あくまで殲滅に関してだ」


 オークの大剣が紫色の光を纏う。


 「光を纏った程度で、そこまで力が変わると⋯⋯」


 一閃、大剣の間合いに入ってないにも関わらず振るわれたその一撃。


 何も見えない風圧の斬撃によってユリの頬にプチッ、と浅い切り傷ができた。


 背後の壁には深い斬撃痕が残る。


 「⋯⋯これは。卑怯じゃない?」


 「非力な者よ。そこを退け」


 「じゃあ首を狙えば良かったんじゃない?」


 「次は、当てる」


  再びオークが大剣を掲げて、攻撃体勢に入った。


 「シィ」


 細かく息を吐いて強く踏み込む。


 振るわれる前に懐へと入り相手の攻撃を不発に終わらせる作戦。


 刃を相手に向けて、切り上げる。


 「その程度の攻撃はくらわぬ」


 「その体型で器用に⋯⋯」


 スライドステップで後ろに動き、ユリの斬撃を躱してみせた。


 先程の強力な一撃が今度はユリに直接振り下ろされる。


 「ぐぬっ!」


 「ほう」


 刀身も手で支えて防御に徹する。


 攻撃体勢の直後に緊急で防御に切り替えたため、姿勢が甘く完璧に防ぎきれていない。


 それが見抜かれたのか、両手持ちに切り替えて力押しされる。


 「ぐっ。足がっ」


 徐々に耐えられなくなり、片膝を着いた。


 受け流しをするにしても相手の力が強すぎて防御を崩せない。


 「このまま潰す」


 万事休すかと思われる状況でユリの目は全く死んでいなかった。


 (打開するには⋯⋯)


 一か八かの大勝負。


 失敗すれば一瞬で潰れて死ぬ。成功すればまだ戦える。


 このままではジリ貧である。


 「ユラああああ!!」


 自分のペアスライムの名前を叫びつつ、刀から手を離した。


 コンマ一秒も無駄にできない。


 手を離したのと完璧に同タイミング、転がるように前に飛び込んだ。


 ズドンッ、背後で大きな音を聞きながら転がり、窮地を脱した。


 「せっかくの主様がオーダーメイドで頼んでくださった巫女服が」


 土汚れた白い部分が気になりつつも、それどころでは無いと相手を睨む。


 「武器を捨てたお前に何ができる。鬼の中でお前が一番弱い」


 「へぇ。これでも三番目の仲間なんだけどなぁ。どうしてそう判断するの?」


 イライラしながら聞き返す。


 「内包する魔力を一切感じない。エネルギーを一切扱えてない。武人として、魔物として、出来損ないだ」


 アイリスもローズも鬼の力を覚醒させている。その特徴的なエネルギーが身体には宿っている。


 他の仲間だって僅かながら魔力を持っているが、ユリにはそれが感じないとオークは言った。


 実際ユリは今まで一度も『鬼化』を発動させた事が無い。


 鬼人でありながら特有の能力を覚醒させていない。


 ゴブリンからの進化を考えれば当然と言えば当然だが、悔しい気持ちはある。


 「心が揺らいだか。この程度の挑発で戦闘のパフォーマンスを落とすとは。愚かなり」


 オークが一瞬で間合いを詰めて、横薙ぎの斬撃を繰り出す。


 「確かに少しだけ感情的だったね。だけどさ、戦闘は時に感情的の方が強くなるんだよ」


 ジャンプして斬撃を回避し、ユラに指の動きで指示を出してスライム糸で繋がっていた刀を手に引き寄せる。


 「油断したな!」


 「チィ」


 手にした刀で即座にオークの左目を縦に一閃した。


 「片目くらいがなんだ!」


 攻撃を受けながらもユリを握り潰そうと手が伸びる。


 「そい!」


 それを踏み台としてジャンプし、壁を蹴りながらオークの背後に移動する。


 「【速度上昇スピードアップ】」


 「まだ手札があるか」


 ユリが用いるのは剣の技術のみ。


 ローズと違いペアスライムの利用がそこまで、まだ上手くない。


 普段よりも速い相手の接近に反応が遅れ、防御が間に合わなかった。


 「がはっ」


 刀を前に出しながら後ろに跳んだ事により致命傷は避けたが、浅く斬り裂かれた。


 オークの大剣を流れる赤き液体を振り払うのを見届ける。


 (ユラの防具も貫くか)


 巫女服の下にペアスライムのユラの防具を着て二重装甲だった。


 それを突き破り肉を斬られたのだ。


 「魔法を使うって、ズルじゃない」


 「自分のできぬ事を相手がする時、お前はズルと言うのだな」


 「はは。痛いところ突くね」


 「命の取り合いにおいて、使える物を使わないのは愚の骨頂」


 「同感」


 オークの剣が再び紫色の光を纏った。


 刹那、スピードを上げる魔法は継続しているらしく速いオークが肉薄する。


 (大丈夫、まだ見える)


 自分の目を信じて剣を防ごうと動き出す。


 しかし、それを止めようとユラが慌てて地面に伸びて、ユリの身体を無理矢理押した。


 「ユラ!」


 体勢を崩し、オークの攻撃圏内から外れる。


 次の瞬間、オークの攻撃から軌道とは全く関係ない場所に斬撃痕が生成された。


 「ゆ、ユラ。ありがとう」


 自分の視覚情報とは違う方向からの攻撃。


 フェントなどでは無い。


 「幻術を見破った⋯⋯ようには見えぬな」


 「色んな事できるね。羨ましいよ」


 「敗北を、認めるか?」


 「それは無いね」


 このままではユリは勝てない。それを自覚した。


 攻撃しようとしても相手は回避して来る。


 何かしらの強化魔法や能力を持っている訳でもない。


 その時、ユリは師匠との会話を思い出す。


 『技を覚える、ですか?』


 『ああ。君は良く言えばバランスタイプ、悪く言えば器用貧乏だ。キリヤと同じだね。でも積み上げた年月や能力ってのが違う。分かるね?』


 『はい』


 『そこで全身をフル活用する、必殺技を伝授しようと思う。どう?』


 ユリは強くなりたかった。


 ゴブリンの頃から、魅了される前から。


 迷いは無かった。


 ユリの目指す先は主の隣に立つ事、さらにその先護る事。


 キリヤの妹の言葉を思い出す。


 誰にも手出しされないくらいに強くなる。


 「私は最強になりたい。誰よりも強く、なりたいんだ」


 「ふん。我に勝てぬお前では無理だ」


 「ええそうでしょう。でも勘違いしないで。私はあなたに負けてない」


 中腰になり、刀を後ろに引く。


 戦闘を継続させればジリ貧。いずれ力尽きるのはユリである。


 ならば、まだ全身が使えるうちに渾身の一撃で勝負を決める。


 強化する術が無いのだから、持てる全てを利用して攻撃するしかない。


 「私は主様の右腕だ! 豚如きに遅れを取るものか!」


 「ッ!」


 オークは防御体勢に入ろうした。今のユリにはその動きが遅く見える。


 ユリの瞳に宿る『鬼』を視たオークの生存本能が『防御』を選択させた。


 「一瀉千里いっしゃせんり


 まずは脚に全ての力を込めて地面を蹴り飛ばす。


 脚の骨がへし折れ、地面も砕く程の力。


 そのスピードに耐える身体に振るうための腕力。


 全ての身体能力が高くなければ繰り出す事のできない技。


 「ぬああああああ!」


 オークはまだ防御体勢に入る途中。


 ユリの刃が皮に触れ、肉へと食い込む。


 肉を斬り、骨を断つ。


 身体の機能全てを使った、魂の一撃によってオークの腹を輪切りにした。


 勢いを殺す事も受け身を取る事もできず、地面に転がる。


 もう腕も脚も動かない。


 (私はまだ、弱い)


 「む⋯⋯」


 何が起こったのか分からないオークはおもむろにユリの方へ振り返る。


 その途中で上半身が倒れた。


 噴水のように噴き出る鮮血を見ながら、ユリは声を絞り出す。


 「だい、や。か、もん」


 ユラを使ってダイヤへと自分の回収を頼んだのだった。




◆あとがき◆

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