第92話 並ぶためには
ローズの相手をしているオークの武器は棍棒だった。
「チョコマカト」
「脳筋ってすぐに暴れるよね」
ペアスライムのワイヤーを利用して相手の動きを拘束しつつ、自分は天井や壁に瞬時に移動できる。
力任せに引きちぎったとしても、すぐに新たなワイヤーが絡み付く。
(だけど困ったな)
正面突破は普通に無理。
ローズの戦い方的にトリッキーに立ち回る必要がある。
一撃の火力が足りず、隙を見て攻撃しても大したダメージにはならない。
火力を上げるには武器の攻撃力を上げれば良いのだが、ペアスライムはワイヤーとして使っているのでそれが難しい。
アイリスのペアスライムも協力しているが、全てがワイヤーなどの機動力を上げるのに使っている。
(アイリスが来るまで時間稼ぎができれば⋯⋯)
高火力を持つ存在が来るまで時間を稼ぐ、それがローズの作戦だった。
だが、それを許してくれる程相手は弱くなかった。
「ヌオオオオオ!」
「危ないっ!」
ゴルフのように棍棒で地面を抉り、地面ブロックを吹き飛ばしたのだ。
投石攻撃を冷静に捌き、全てを回避したローズの前にオークが姿を見せる。
ワイヤーが間に合わなかったのか、オークの動きが止めれなかった。
(まずい)
ダガーを前に出して防御体勢に入る。
僅かに残っているペアスライムの細胞も防御を援護してくれるが、焼け石に水。
地面に向かって真っ直ぐ叩き落とされる。
「がはっ」
受け身は取ったがそれでもダメージは大きい。
(頭が⋯⋯)
少しだけ頭が割れたのか、血がだらりと流れる。
ローズはまだ一段階しか進化をしていないため、一人ではオークジェネラルの相手は難しかった。
その事を痛感しつつ、どうにしかしようと思考を巡らせる。
(アイリスはあと何分で敵を倒せる?)
相方を信頼し頼る。だけどそれまでに自分の命が持つか分からない。
「オワリダ!」
オークは止まらずに肉薄し、棍棒を振り下ろした。
ワイヤー移動での回避が可能なので受けはしなかったが、衝撃波が頭を揺らす。
「痛い⋯⋯」
ローズのペアスライム、ローラが頭を守るように変身する。
止血などの意味を含んでいる。
「ありがとう」
オークはスライムワイヤーの弱点に気づいたようで、ひたすら走り続けている。
それはそれで体力は削れるが、ローズよりも遥かに体力はあるだろう。
体力勝負で勝ち目はゼロ。
「⋯⋯覚悟を決めないとな」
アイリスが来るまでの時間稼ぎが難しい、他の仲間は戦っている。
頼れるのは自分の力のみ。それがオークに届かない。
ならば強くなるしかない。この場で強くなる。
進化するしかない。
オークの攻撃を回避しつつ距離を離す。どうなるか分からないから、距離を取りたいのだ。
ローズは時々、自分の内部から溢れ出る力を抑えていた。
進化の兆しを掴めていたのだ。その力を求める欲求を抑えて進化しないでいた。
ソウヤとの戦いが終わった辺りから感じたからこそ、抑えたのだ。
新たる可能性を信じて。
ユリとアイリスはしっかりと鬼人へと進化している。
流れに任せるならローズも同じ進化で良いだろう。
だけどそれはダメである。
「鬼人の中で一番弱いのが自分だ」
ローズは懐から試験管を取り出す。その中に入っているのはどす黒い血だった。
(並ぶにも値しない程に弱かった。ずっと)
だから一緒に並んで戦うためには二人に無い力を手に入れる必要があった。
そこで白羽の矢が立ったのがソウヤである。
ここでローズの映画知識。
吸血鬼は噛んで相手を眷属へとしていた。
近い形のがもう一つある。それはゾンビだ。
ゾンビは人間を噛んで同じソンビにしている。
似ているところから二つに共通しているのは『菌』であると考えた。
吸血鬼の血に含まれる眷属にする『菌』、ゾンビが持っているウイルスを人間に与えてゾンビにする『菌』。
大元が共通しているのならば、合わせる事は可能じゃないのか。
一週間、ジャクズレとソウヤ、ローズの三人体制で研究をした。
ゾンビウイルスとヴァンパイアウイルスの配合血液。
完璧に完成したか分からない。これを服用してどんな結果になるかも分からない。
「でも、何もできずに死ぬのは、ね」
このまま攻防を続けていればローズはいずれ二撃目を受けて死ぬだろう。
それを先程の攻撃から強く感じた。
どうせ死ぬならば、とできる事をしようと考えた。
ソウヤは言っていた。
『これを飲んだら俺の眷属になるかもしれねぇ。それで良いんだな』
ローズの反論はこうである。
『自分は主人に魅入られたんだ。例え血の契りだろうがお前の下にはつかんさ。主人のような魅力を感じ無いからな』
戦っているローズの口元が自然と緩んだ。
「まさか自分がまたアイリスのようなマネをするとはな」
決め手は『気合い』だ。
それで乗り切る。ローズはそう決意した。
新たな力、全く未知の領域へと足を踏み入れるキップの蓋を開けた。
「全力で守って」
試験管を口に当て、真上に上げた。
一気に血液を口の中に運び、ゴクリと一口に飲み込んだ。
口の中に広がった腐った臭いが飲んだ物を逆流させてしまいそうだった。
嫌悪感に包まれ、拒絶反応が見られる。
「あああああああ!」
身体の内部から侵される感覚に脳の機能が腐れ落ちて行く感覚。
自分は死んでいるのでは無いか、そのような錯覚さえしてしまう。
「あああああ!」
光に包まれる進化方法とは変わり、骨が成長し、その骨に合わせるように肉が再生する。
無理矢理身体のサイズを大きくしている気味悪い光景にオークは足を止めた。
警戒と言うよりも嫌悪。
「頭が痛い⋯⋯」
頭を押さえ付け、魂に縛りをかける鎖を切断していく。
(我が主はあのお方のみ、あの吸血鬼では無い。アイリス、気合いをちょうだい)
深く息を吐いて、吸った。
「⋯⋯はああああああ」
吸った後にもう一度息を吐いて立ち上がる。
無理矢理成長した事により服のサイズが合わず、裸となる。
瞬時にローラが服となって身を隠す。
「ああ。最高に気分が良いなぁ」
強膜は黒く染まり、瞳は赤に、瞳孔が紫となって輝く。
髪の毛の長さはショートのままだが、捻れ曲がった角は太く伸びた。
黒と紫の合わさった髪色に、生きているのかと怪しくなるほどに肌白くなる。
その姿は鬼、ヴァンパイア、ゾンビ、そのどれにも当てはまらない。
種族で表すなら悪魔に形容した方が分かりやすい程に禍々しい見た目だった。
「ナンダ、ソノスガタハ」
それはオークさえも目を見張る程。
「アイラ、鏡」
鏡に写る自分の顔を見る。
「これはこれは⋯⋯キモイな。これじゃ主人に嫌われてしまう。それにアイツだって⋯⋯あ、アイラ違うぞ。別にアイリスの事は考えてないからな!」
進化の興奮か饒舌なローズ。
気を取り直したのか、オークが攻撃を仕掛けに来る。
「主人、貴方様の目線を体験させていただきます」
吸血鬼としての身体的特徴、コウモリの翼を広げて空に飛び立つ。
試しに自分の血を外に出してクナイを形成する。
「これは良いね」
ローズの器用さとクリエイティブに戦える能力。
ゾンビとしての耐久力、吸血鬼としての再生能力。
完璧にマッチして手にした鬼。
「種族名はどうしようかな」
例え地球の魔王だろうと予想していなかった完全な未知なる生物。
「
ローズが血の刀を二本作り出す。長さは控え目であり、分かりやすく例えるなら忍刀。
「まだ飛行能力に慣れてないけど」
オークの背後に移動して斬りつける。
「そんな攻撃が⋯⋯」
「かなり走ってたけど、心臓の鼓動は普通かい?」
「なに⋯⋯を?」
オークは力が抜けて前のめりに倒れる。
「あれだけ動いたんだ。空気感染だろうとウイルスの巡りは早いよね」
そこに直接大量のウイルスを埋め込んだのだ。
全身に回るのは秒読みだろう。
「ヴァンパイアのウイルスとゾンビのウイルスのハイブリッド。相手の再生能力を奪い肉を腐らせ死に追いやる」
この世にはまだ存在しない新たな菌。
「これはとても好みの力だな」
「ウゴ⋯⋯」
斬られた部分が緑色に変色して、腐った肉の臭いを漂わせる。
「ごほっ」
内部も当然腐って行き、身体の機能がぐちゃぐちゃになったせいか、血液が逆流して口から吐き出す。
吐き出した血も綺麗な赤ではなく、黒く染まっている。
徐々に息ができなくなり、脳へと酸素が回らなくなる。
「苦しいよね。もう終わらせるよ」
「⋯⋯どうせ、しぬ」
「ん?」
最期の力を振り絞って出す遺言は如何程か。
「じぇねらる、なか、さいきょう、むかった」
「そう。でも主人の隣にいるのは、配下最強なのよ。今の自分よりもアイリスよりも強い方が、お前よりも多少強い程度で勝てるはずが無い」
それだけ言って、ダガーを頭に突き刺してトドメを刺した。
「見た目はどうにかしたいな」
ローズの戦い方と相性の良い能力を手に入れた。見た目以外は申し分無い。
吸血鬼の眷属化の支配を防ぎ、脳を破壊するゾンビのウイルスも防いだ。
その二つを馴染ませて、己の力へと昇華させた。
力を欲して進化した皆とはまた、別の形での進化である。
「主人、ユリ様、アイリス。反応が楽しみだ」
オークの血を吸収しつつ、そう呟いた。
◆あとがき◆
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