第88話 リア凸
土曜日、朝からダンジョンでも行く日だろうが今日は予定がある。
「そんじゃまぁ行って来る」
「いってらぁ」
マナに一言かけてから俺は外に出た。
「ローズ、居るか?」
「ここに」
影からニュルっと現れるローズ。未だに慣れないな。
「何人か護衛にマナの影に仕込ませておいて」
「御意」
影の中に戻って行くローズを見送り、服を撫でる。
「種族になるよ」
最近の俺はライムを常に装備している。
いつどこでも戦闘態勢に入れる状況にしているのだ。
サキュバスとなり、目的地に飛んで行く。
恥ずかしいと言う感情はあるが、誰にも見られない速度で飛行すれば問題ないと言う考えに至ったのだ。
数分で到着した。
違うギルドだから、やはりある程度の距離はあった。
人間の姿に戻りつつ、待ち合わせ場所でカンザキを待つ事にした。
顔を見られないようにフードを深く被って。
「あ、君がヤジマくんかな?」
中年のおじさんにこちらを見られながら、俺の名前を言われた。
⋯⋯待て俺。冷静に考えろ。
相手はくたびれたサラリーマンのような風貌だ。メガネだってしている。
「あれ。違うかな?」
「いや、そうです」
「ああ。良かった。僕の間違いかと。あ、僕がカンザキソウヤです。場所を移しましょうか」
⋯⋯何かの冗談かな?
驚くとは言われたが、これ程までに違うモノなのか?
混乱しながらカンザキの背中を追いかける。
すると、公園に出て来る。
「人目が多い方が目立ちにくいですからね」
ベンチに座る。カンザキに向かって手を振る小さな子供と大人の女性がいる。
家族⋯⋯そしてカンザキの守りたいモノであり弱点か。
確か、俺の一歳上の17の娘もいるらしい。
十年後の決まった結末を防ぎたいのは、小さい方の娘を守るためらしい。
「それでまずは何から話しましょうか」
「魔眼を聞いても?」
「はい。まずは僕の魔眼ですね。僕の魔眼は支配です。君の帳尻合わせのような形ですね」
まじか。
こんなすぐに、俺が本来手に入れるはずだっただろう魔眼の所有者に会うとは。何の因果かね。
「魔王は地球です」
「地球の魔王はヴァンパイアなのか」
「そうです」
本来は運命の魔眼だったか。
俺とカンザキの魔眼は逆なんだな。
「ただ僕ってそこまで頭の回転が早くないので、上手く扱えないんですよね。支配の魔眼は見た相手を思うがままに操る力。だけど遠隔は無理ですし、あくまで身体を動かすだけですからね。使い道はほぼ無いです」
それだと、その人に備わった能力を使わせるのは難しいのか。
精神力の強い相手だと抵抗されたりもするらしい。
「ヤジマくんは頭の回転が早いから、君が持つのが正解なんでしょうね」
もしもその魔眼があれば、仲間がピンチな時に逃がしたりする事もできるのかな。
「⋯⋯あの、どっちが本当なんですか? 自分の中のイメージと違うんですけど」
「ああ。種族になると狂気的になってしまうんですよね。戦いに飢えてしまうと言うのでしょうか。自分でも制御が効かない時があるんです。年を取ると余計にね」
魔族系種族の副作用的な感じか。
俺もサキュバスの時は人の亡骸を見ても冷静だった。
⋯⋯サキュバスの時、俺は羞恥心が凄くある。
「もしも精神性がサキュバス寄りだったら俺は一体⋯⋯」
想像もしたくない未来は考えないようにしよう。
その後、他の魔眼や知っている所有者について教えてもらった。
嘘は言っているようには思えない。魔眼の力は上手く発動しなかった。
「それとここからが本題ですけどね」
今までは本題じゃなかったのか。
「オオクニヌシ、と言う組織があるんです」
「そうですか」
「その組織のトップや幹部は魔眼所有者、つまりは魔王後継者候補ですね」
⋯⋯凄く嫌な感じがする。
カンザキさんやトウジョウさんは誰かのために力を使える人を仲間として誘っていると言っていた。
カンザキさんの持っている情報がトウジョウさんに共有されてないとは思えない。
今は俺を含めて三人のグループだ。
となると、その魔王後継者候補達の組織は⋯⋯自分のために魔王を目指す奴らって事だ。
「その組織は十年後の崩壊した世界を前提に動いている組織です。自分達が支配者になる、それをスローガンに活動しているんですよ」
「一体どこでそんな情報を?」
「家族が⋯⋯一度襲撃されましてね。たまたま助けるのが間に合ったんです。その時に色々と聞かせてもらったんですよ」
カンザキさんの言葉に強い憤りを感じる。
⋯⋯家族の襲撃か。
俺の命を確実に狙おうとしていた鬼人の姿を思い出した。
あの暗殺者との繋がりがあると見て良いだろうな。
本人を直接狙うのではなく、周りの大切な人を使う。
嫌なやり方だ。
「アイツらは手段を選ばない。自分達の都合の良い駒さえも育成するスタンスです」
「都合の良い駒を育成⋯⋯」
そんなの言い方を変えれば、洗脳しているのと同義だろう。
育つ環境によって人の思想や性格は変わって行くんだ。
「組織の大元は掴めてないんです。だから、くれぐれもお気をつけてください。奴らは子供でも容赦無く、牙を突き立てます」
すると、いきなりカンザキさんは泣き出した。
「こんなゴタゴタに子供を巻き込むのは、大人として間違っている。だけど、仲間が一人でも多くないと、勝てない。不甲斐ない限りですよ、全く」
⋯⋯マナや両親、アリスに何かあれば、俺は間違いなく我を失うと思う。
段々と俺の心も種族に染まっている気がする。主に殺戮の部分で。
羞恥心は一切和らぐ気がしないのに、暴力的な面は増している。
アリスの時は自制が普通にできた。でもマナの時は⋯⋯止めてくれなかったら危なかったかもしれない。
次の何かのきっかけで、俺は⋯⋯。
「って、暗い事考えてもしかたないか。そんな事はさせない。絶対に」
「できれば地球の魔王後継者候補をもう一人、仲間にしたいところです」
「え?」
「種族の時は確かに僕は戦えます。ですが、やはり年齢がありますからね。若い人が上に立つべきです」
カンザキさんの年齢は三十七歳、探索者活動の寿命は四十歳と言われている。
種族によっては若返った感覚になるが、やはり年齢による衰えは存在する。
戦いに身を置く環境下、衰えてしまったら命を失う可能性は高まるのは必然。
若くして大金を稼ぎ、探索者を引退してその後の人生を楽しむのが一般的だ。
他は探索を辞められずに戦うか、訓練施設の先生となって若き者を導く立場となる。
何が言いたいかと言うと、カンザキさんは探索者としての限界を感じ始めている。
それでも、家族のために戦うつもりでいるのだろう。
「あの、魔王になる細かい条件ってなんですか?」
「それは⋯⋯分かりません。言われた事は、個として圧倒的な力を持つか、数も質も揃えた配下がいるかの二つが主らしいです」
「でも必ず、他にも細々とした条件があるはずですよね」
「ええ」
でもそれを教えられていない。
魔王になるために必ず必要なのがそのどちらかの条件だとしても、何か他にも必要なモノがある。
「貴重な情報、ありがとうございます」
「感謝しないでください。アナタの仲間を一時的とは言え、誘拐してしまったのですから」
調子狂うな。
「それにしてもアイリスくん、メキメキと実力を伸ばしていきましたよ」
「そうですか」
仲間が褒められるのは悪い気はしないな。むしろちょっと誇らしい。
ただ、やっぱりローズの顔がチラつくよな。
「実は僕、ヤジマくんが登録しているギルドに移籍したんです。その方が何かと楽かと思いまして⋯⋯どうです? 来週辺り、六層に一緒に行きませんか」
「え、でも俺は未成年ですよ?」
「僕の経歴があれば問題ありません。ちゃんとギルドにも確認しています」
いきなりそんな事言って⋯⋯人の少ないタイミングで闇討ちとかしないよな?
「きな臭いんですよね。アナタの動画を見ていると、三層からのレアモンスターの遭遇率が高いように思えるんです」
「確かに⋯⋯」
幸運とは言えない出会いばかりだけどね。
⋯⋯え、もしかしてその運の悪さを利用しようとしているのか?
「まだ調査に進展はないそうです。どうでしょうか?」
正直、探索者に憧れる身としてはそのようなイレギュラーの調査にも憧れはある。
未知を開拓する探索者、それこそ正に憧れた存在だから。
「動画のネタになると思いますよ」
「⋯⋯何が狙いですか」
単刀直入に気になった事を聞く。
「謝罪の意味もありますが⋯⋯何かが起こっているのは確かなんです。経験を、積んで欲しいんです」
「経験?」
「イレギュラーに襲われるのではなく、自ら動いて戦う経験を」
受けてばかりではなく、俺から攻めろと。
⋯⋯仲間を失った時も、アリスの時も、マナの時も、それにカンザキさん達の時も、確かに俺は出遅れている。
攻める経験、その意志を俺に持って欲しいのか。
「分かりました。その提案、乗ります」
もしも闇討ちするならば、返り討ちにしてやる。
だけど普通に戦うのならば、それは俺の望む所。
「娘と遊んで行きますか?」
「それは気まづいんで普通に帰ります」
◆あとがき◆
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