第87話 できる限り斬った

 ソウヤの取り出した物は血液パックである。


 「知ってかぁ。吸血鬼は違う血液型の血を飲むと再生速度が上がる。同じ血液型の血を飲むと⋯⋯血暴走を起こし全能力が強化される」


 「知ってる」


 キリヤからしてみたら常識のようなモノである。


 補足になるが、O型の場合はどの血液型の血でも血暴走が起こる。


 血を飲んだソウヤの身体から血のように赤い魔力が放出される。


 「滾って来た!」


 「ならば俺も使うか」


 キリヤが剣を掲げる。


 チャンネル登録者数十万人を超えた事により手にした魔法。


 「我が真価をここにて解き放とう【紅き月ムーンフォース】」


 キリヤの体内から半分以上の魔力が消え、天井に魔力の塊である、真紅に輝く月が顕現する。


 本来なら吸血鬼であるソウヤも月により強化されるが、そこは魔法。


 キリヤとその仲間だけが強化されるご都合仕様だ。


 「さぁ、全力でやろうか!」


 「来い」


 音を置き去りにするスピードで二人が激突する。


 既に当人以外に目視もできない領域。


 弾かれ、再び接近する。


 戦闘する場所は地面に留まらず、空中にまで移行する。


 衝突する度、空間に火花が咲き誇る。空間が揺らいでいるように見える程のスピード飛行。


 揺らぐ空間に赤き閃光が出現する。


 ソウヤによる吸血鬼特有の能力である『血流操作』によって生み出された血の刃だ。


 だが、出現と同時に消えている。


 一体何が起こっているのか、把握する事も難しい。


 鼓膜を震わせる音は武器の衝突する音だけ。


 数分の高速戦闘、流れが変わった。


 「⋯⋯ソウヤ!」


 地面に激突して、高所から落下したトマトのように潰れたソウヤ。


 だが、僅か二秒で再生した。


 刹那、再び液体になる程の細かい斬撃に襲われる。


 「まだだぜ!」


 再生、液体レベルに細かく斬られるのを繰り返す。


 その度に僅か一秒姿を見せるキリヤは、構えなど一切してなかった。


 ただ高速で接近して剣を振るうのを繰り返す。


 「大丈夫やろなソウヤ!」


 セツナの心配する叫びが響き渡る。


 本来なら再生まで二秒も必要ない。だが、そのくらいの時間がかかっている。


 それだけダメージが大きいと言う事。そんなのを何回も受けていたら魔力切れで再生不可になり死ぬ。


 「面白いな!」


 ソウヤの身体が霧状の状態で動いた。


 顔だけ形成している。


 「さぁ、この状態でどうする?」


 「半径二ミリってところか。だったらその粒子を斬るまでだ」


 数なんて関係ない。


 総てを斬る。


 キリヤにはできると言う確信を持って剣を動かす。


 だが、さすがに数が多く的も小さい。その攻撃は無意味に感じられる。


 剣を振るうキリヤに襲い来る血の雨。それらを全て斬る。


 「オラッ!」


 元の形に戻ったソウヤの一撃がキリヤを上から襲う。


 「良く防ぐなぁ!」


 力押しさえもキリヤは防いでみせる。力の差は見えているだろう。


 セツナにはその光景が信じられないでいた。


 だってそうだろう。


 吸血鬼ヴァンパイアは戦闘能力の高い種族であり、再生能力も高い。人間が表すレアリティ的には最上位だ。


 対する女淫魔サキュバスもレアリティは吸血鬼と一緒。だが戦闘能力で関して言えば低い。


 能力の基本は性行為に使われるモノだ。当然と言えば当然だが。


 だけどキリヤはどうだろうか。


 サキュバスの能力と言う能力を使わずに戦っているにも関わらず、吸血鬼を圧倒している。


 吸血鬼で無ければ死んでいる攻撃を何回もしているのに、本人には一切のダメージがない。


 人工の魔法で作った月があるなら可能と言う訳では無い。互いに強化する前も同じ状況だったからだ。


 「なんだ。あの子供にどうしてあんな力がある」


 探索者としての経歴、種族としての力や経験、それを覆す高校生。


 それは才能が成す技か、それとも他の何かなのか。


 「もしかして、もう魔王になっているのか!」


 「違うぜセッちゃん」


 「ならあの力はなんだと言うんや! ありえんやろ! それとも固有能力でもあるんか!」


 セツナがここまで狼狽するのも仕方ないだろう。


 自分の知る最強が若い相手にフルボッコにされているのだ。


 スピードは負け力は互角。


 認めたくないのかもしれない。


 「姫様は強いからな」


 当然、と言う雰囲気を醸し出すキリヤ陣営。


 「理不尽すぎるだろ」


 運によって決まるその人間だけが持つ固有能力、それがあるかないかでもだいぶ変わる。


 世知辛い探索者の理不尽要素。


 「姫様はそんなの持ってないぞ」


 「じゃあなんだ!」


 アイリスは空を舞いながら剣技を披露するキリヤを見上げる。


 自分の目指したい力の先にある、光に向かって手を伸ばす。


 「姫様の成長速度はぶっちゃけ異次元だ。一度剣を震えば凡人が十回振るったのと同じ結果を得る」


 「天才って事か」


 「それも違うと思う。あの方はそんな次元じゃない。才能よりも何か違う、普通の、人間とは根本から違うんだ」


 ユリがアイリスを横目で見る。


 「それは、一体?」


 「分からない。姫様よりも才能のある人間を映像越しで見せてもらった」


 その言葉に怒るのはユリ以外にも全員だ。ローズさえもアイリスにプンプン怒りながら叩く。


 体格差によって意味は無いが。


 「姫様よりも天才な奴と姫様が同じ条件で一から訓練したら⋯⋯姫様の方が強くなる」


 その言葉に満足したユリ、だけどセツナは混乱する一方だ。


 根本から違うその何かが全く分からない。


 勝負はもうついただろう。


 紅き月は消えて、血暴走していたソウヤも落ち着きを取り戻していた。


 ◆


 勝負は俺の勝ちで終わり、ユリを手招きする。


 「蹴られた分蹴り返せ」


 「大丈夫ですよ主様。もう心は晴れました。アイリスも強くなって帰って来た、私はもう十分です。⋯⋯あとバトルの次元が違い過ぎて圧倒されました」


 「そうか?」


 「斬りすぎだろ」


 もっぺん斬ってやろうかと殺気を飛ばす。冗談だが。


 さすがにこれ以上殺す気の攻撃をするとガチで死ぬ。


 魔力消費が思いの他激しいし、俺ももう闘いたくない。


 魔族系の種族にとって魔力ってこんなにも重要なんだな。すごく疲れた。


 「お前強いな」


 「どーも」


 カンザキの褒めているだろう言葉を適当に聞き流す。


 話を聞いてみるくらいは良いか。


 アイリスも大きくなって、ちゃんと生きてくれたのだから。


 話だけは聞いてやろう。


 「それで、あんたらはなんの目的で俺達を襲った」


 「それはうちから言わせて欲しい。ソウヤに任せるとまた拗れそうやし」


 俺は同意する。


 「まずは急に襲った事、すみませんでした。本当ならただ、うちの魔眼で確認した後普通に仲間に誘うつもりやった」


 「それがどうしてあんな風に?」


 「コイツが悪い」


 トウジョウさんがカンザキに指を向ける。


 「いきなしコイツが『力を確認してぇ』とか言い出したんや。⋯⋯まさかあそこまでやるとは正直思ってもみーひんかった。言い訳やけどな」


 ふむ。


 カンザキの暴走で俺達は一時的と言えど失意の中にいたんだ。やっぱり許さん。


 「あんまし睨むなって」


 こんな大人にはなりたくないな。


 「仲間に誘うって、どう言う事か聞いても?」


 「もちろんや。うちらが仲間に誘う条件として、うちの看破の魔眼で自分の弱点を視るんや。その弱点が家族や友人など、そんな人らをうちから誘っとる」


 俺はカンザキを見る。


 「めっちゃ驚いているな。おい」


 だって、それってカンザキの弱点がそう言う類って事だろ?


 「誰かのために力を使う人を十年後に起こるだろう悲劇を止めるための戦う仲間として集めとるんや。今はソウヤだけやがな」


 誰かのために力を使う、か。


 俺の脳裏に家族とアリスが浮かぶ。


 「時間は少ないんや。だから手と手を取り合って強くならなアカン。うちは戦闘が苦手や。だからポーションなどでサポートする。いきなり襲った事、本当にすみませんでした。その上でどやろか。我々と一緒に戦ってくれへんか。無理には誘いはせん」


 「力試しのつもりがヒートアップしてしまった。大人気なかったな。すまん。俺からもどうか頼む」


 俺は答えを考える。


 こいつらはいきなり襲って来た奴らだ。簡単には信用できん。


 でも、進化したアイリスが二人を信用している。


 「ユリ、ローズ、それに皆も⋯⋯どうして欲しい。俺に」


 「我々に選択を委ねるなど⋯⋯」


 頭を下げて上げない二人をユリが見る。


 一番ダメージを受けたのはユリとローズ、そしてアイリスだ。


 アイリスは二人の味方、だからユリとローズの判断に委ねる。


 「私は⋯⋯受けるべきだと思います。アイリスが信用している、それに主様の弱点⋯⋯それは共感できる部分があります」


 そうなのか。


 「この先の戦いで私達は邪魔にしかならないかもしれません。だけどこのお二人は違います。強いです。だから、仲間の方が良いと思います」


 悔しい、と顔に書いてあるぞユリ。


 顔だけじゃない。握り締める拳に噛み締める唇、ワナワナと小刻みに揺れる肩。


 その全てがユリの感情を表している。


 「自分は主人の意に従うだけです。ユリ様が認めるとあれば自分も⋯⋯自分の成し遂げたかった理由は既にありませんしね」


 ローズはきっと復讐がしたかったのだろう。自分の手で。


 だけどその理由が無くなった。ローズ的には問題ないらしい。


 「分かった。受けるよ提案を。敵になったら容赦しない」


 「こ、怖いな」


 俺とトウジョウさんは握手を交わした。


 「ソウヤ、カメラの弁償代と身分証出して!」


 「へいへい」


 「み、身分証?」


 「身元の保証をしないと怖いでしょ? ステータスカードだけどね」


 俺の買ったドローンカメラの三倍の料金をサラッと出して来た。元々そのつもりで用意していたのか。


 ステータスカードも本物かな。一応写真撮っておく。


 つか、本名を普通に言ってたのか。


 「君のは見せる必要は無いよ」


 「ただここでは話せない事がある。ダンジョンだと種族的な力に制約が一切無いからな。リアルで話したい事がある。俺の連絡先だ」


 り、リアルで会いたくねぇ。


 「ソウヤはリアルで会うと絶対にびっくりするから楽しみにしとき」


 会うの確定なの?


 「俺達の知っている情報をそこで開示する。絶対に必要な事だ。魔王になるための戦いに、さらにその先のためにも」


 真剣な眼差しを向けられ、俺は同意せざるを得なかった。


 『味方100%』


 今はこの運命を信じる事にしようか。


 色々と言いたい事はあるが、今は呑み込もう。


 帰る時間が遅くなると皆に心配させる。




◆あとがき◆

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