第86話 何が正しいのか分かんね

 「ほ、本当に高校生かよ」


 トウジョウの繰り出す攻撃を全て斬り捨て、数回攻撃したら疲弊した様子でそう言って来る。


 間違いなく俺は高校生である。


 「一体、その強さはどこで得たって言うんだ」


 「そろそろ行かせてもらうぞ」


 ローズのところに行きたいのに、それを先程から邪魔されている。


 もうそろそろ腕の一本は完全に切り落としてやろうか。


 俺の中の悪魔が囁く。


 「あぁ? そか」


 トウジョウがいきなり座って、道を塞いでいたバリケードを解除した。


 一体なんのつもりかと警戒しているが、何かをして来る様子は無い。


 俺は恐る恐る、ローズを追いかける。


 飛び込んで来た景色に自分の目を疑う。


 「⋯⋯嘘、じゃないよな」


 ユリのように進化したのか、身長が俺並に伸びている。


 頭のてっぺんからまっすぐ伸びる角は彼の特徴である。


 俺のあげた奴より一段階大きい、普通の探索者が使うようなサイズの斧を担いでいる。


 心の奥底から溢れ出て来る感情によって言葉が上手く出せない。


 「主様⋯⋯」


 もしもこれが夢や幻だったら⋯⋯と、考えてしまう。


 肌に当たる空気が現実だと訴えて来ても素直にそれを信じる事ができない。


 「姫様、ただいま」


 「アイリス」


 俺は近寄って、彼を抱きしめる。生きていた事に対する喜びを込めて。


 「⋯⋯あー感動の再会のところ悪ぃけどそろそろ本題に入って良いか?」


 「ッ!」


 ローズとアイリスを抱いた状態で後ろに飛んで距離を離す。


 特徴が一致する⋯⋯コイツか。


 「おいおい。そんな警戒しなくて良いじゃねぇか」


 「ふざけるな。いきなり襲って来ておいて⋯⋯」


 「だけど死んでないだろ? それどころか修行に付き合ったんだ」


 「アイリスがいない間、皆がどんな気持ちで過ごしていたと思ってんだ」


 剣先を向けたまま会話を続ける。


 「警戒は解けないか」


 「姫様、大丈夫だぜ⋯⋯」


 アイリスはそう言うが、当然信じる事はできない。


 だいたい⋯⋯皆をたくさん攻撃したんだ。ユリに何回蹴りを入れたと思ってる。


 それだけで十分、俺が剣を向ける理由にはなる。


 「これじゃ埒が明かないな」


 「だからうちは反対やった。いきなりあんな挨拶しおったらそーなるわ」


 「セツナ、随分ボロボロじゃねぇか」


 「自分のせいやろ! ここまで拗れた責任、しっかり取ってもらわんとな」


 吸血鬼の男は頭をカリカリしてから、ニヤリと笑みを浮かべた。


 「お前が警戒しているのはまた襲われる可能性があるからだろ? だったらここで闘おうぜ。実力証明ができれば、安心するだろ?」


 「おいソウヤ、拗れる一方やぞ!」


 「黙って見とけって」


 願ってもない話だ。


 闘えると言うなら闘おうではないか。


 皆を攻撃した分を一気に返してやる。


 吸血鬼なら再生するし、多少の攻撃なら問題ないよな。


 「カンザキソウヤだ」


 「襲撃者に名乗る名なんて無い」


 「そうかい」


 カンザキが斧を構え、俺が剣を構える。


 緊張感が高まる中、先に動いたのはカンザキだった。


 聞いていた以上に速い⋯⋯当然か。手加減していただろうしな。


 だけどな⋯⋯俺に取っては遅い。


 「ふっ」


 「あん?」


 一度動けば俺の後ろにカンザキはおり、その四肢は離れている。


 一瞬にしての攻撃⋯⋯アイツは理解できたか?


 「はは。面白いなぁ!」


 やっぱり再生するか。


 四肢を切断しようが、首を斬ろうが、魔力があれば再生する。


 「なんだ、お前も楽しいのか?」


 狂気的な笑みを浮かべるカンザキに対して俺はどんな顔をしているのだろうか。


 アイリスを奪われたと思ったが生きて、しかも強くなっている。


 ユリ達の分の復讐ができる。


 その時、俺の中に巡るのは怒りよりも喜びなのかもしれない。


 相手は斬っても死なない探索者。恐れる必要は無い。


 強い相手に自分の技術の総てをぶつけられる。


 ⋯⋯俺は楽しんでいるのか?


 「分からんな」


 再び走る構えを取ったカンザキに対して俺は構えない。


 脱力した様に、ただ立ち尽くす。


 「ほら、さっさと構えろよ」


 「俺は前の闘いでずっと考えていた事がある」


 構えてからの高速飛行で接近し攻撃する。目の前にいるのに不意打ちのような攻撃が可能だ。


 だけど遅かったのでは無いかと。


 もっと速ければアイリスと一緒にいられたのではないかと、ローズが血反吐を吐いて訓練し苦しむ必要は無かったのではないかと、考えてしまう。


 その時に俺は結論し伸ばしたのだ。


 「来ないなら、こっちから行くぞ」


 「最短最速で攻撃するのに、構えは必要か?」


 俺の後ろに鮮血の雨が降る。


 「おいおいセツナ。聞いていた以上じゃねぇか!」


 スライスしたが、やはりすぐに再生した。


 痛みは感じないのか、無惨に斬られても問題なく立ち上がって来る。


 「もっと本気でやれよ。じゃないと、つまらないだろ」


 「そうかい!」


 俺は伸ばしたのだ。スピードを。


 ◆


 セツナのポーションでローズの傷は回復に向かっていた。


 「アイリス、大丈夫なの?」


 「ああ姉御。コイツら案外良い奴らだぜ」


 「考えにくいわね」


 「せやろな。うちも悪いと思うが、一番拗れた原因はソウヤにあると思っとる」


 そんな短い会話。


 どっちが勝つかとユリがアイリスに聞いた。


 「修行してもらって分かった事がある。アイツは強い。結局底が見えなかった。全力を出してはくれなかった」


 それはソウヤに対するアイリスの素直な感想。


 自分の事のようにセツナが嬉しく思っているところに、付け足しの言葉を入れる。


 「それでも分かる。底の見えない感じは⋯⋯姫様の方が上だ」


 「それは、ソウヤよりもサキュ兄の方が強いってことか?」


 「ああ。俺の知る姫様よりもさらに強くなっているだろ。この闘いは姫様が勝つよ」


 それは見物だな、とセツナが観戦に集中する事にした。


 今正に、構えと言うプロセスを省いたキリヤの猛攻にソウヤは押されている。


 自然体な格好から次の瞬間には攻撃だ。


 (うち相手にはどれだけ手加減され、追い詰められたか分かるな)


 セツナは切り札を使ってないがほぼ本気で闘っていた。


 戦闘が苦手だとしても、高校生相手にかなり追い詰められた。全力を出しても勝てたか怪しいレベルに。


 (恐ろしい才能だな)


 ◆


 カンザキの攻撃を真正面から受け止め、蹴り飛ばす。


 瞬時に肉薄して首を斬り落とす。


 「速いねぇ!」


 「⋯⋯ムッ」


 斬られた瞬間に再生、瞬時に俺の背後へと飛んで来やがった。


 ようやく飛行能力解禁か。


 ここからが互いに本気、と言う事だろうな。


 「オラッ!」


 カンザキの蹴りに合わせて剣を動かし、四肢を切断する。


 刹那、空気に触れた血が形を変えて刃となり、俺に襲い来る。


 上へと飛んで逃げるが追いかけて来るみたいだ。


 流石は吸血鬼、戦闘に置いて能力は相手の方が優秀だ。


 「ギアを上げるか」


 スピードを上げて逃げるが、それでも追いかけて来る。


 「どこまで逃げれるかなぁ!」


 血を弾丸のように飛ばして来る。


 「分かった。じゃあ逃げない」


 壁に足を着けて力を込め、砕く力で蹴る。


 一気に加速したスピードを乗せた剣で再び奴の身体をスライスする。


 「ばあ」


 超高速再生後に変顔を披露して来るので、急回転して再び一閃放つ。普通に腹が立つ。


 「オラッ!」


 一閃だけじゃ意味が無かったのか、上半身と下半身が別れながら俺に斧を叩き落とす。


 防ぐが、勢いを殺しきれずに地面に進む。


 「ふっ」


 グルンと回転して着地する。


 翼の付け根が衝撃によってピリピリと痺れる。無理に止めすぎた。


 「はは。面白いなぁ」


 俺を見下ろす奴の身体に正方形の亀裂が入る。それは広がっていき、サイコロステーキのように身体が分解する。


 飛び散る血は空中で静止し、戻って再生する。


 翼の痛みを我慢して切り刻んだ⋯⋯少しは痛がっても良くね?


 探索者足るもの、痛みへの耐性はあるのか。


 「想像以上に強いな」


 「⋯⋯お前を斬っても心のモヤモヤは晴れない。お前を蹴っても変わらない」


 「そうか」


 「お前らの目的はなんだ」


 だから本題を聞き出した。


 「⋯⋯簡単だ。俺達の仲間に加われ。十年後訪れる悲劇を止めるために」


 「はっ。面白い冗談だな。いきなり襲ってくる様な奴を信じられると思うか」


 「そうだな。それに関しては否定も何もできねぇ。だが目的は事実だ」


 カンザキの目を見るに嘘は言ってないように思う。


 だけどさぁ。


 やっぱり簡単には納得できねぇんだわ。


 ユリから聞いた。ローズが我武者羅に努力する姿を。


 皆から聞いた。壮絶で一方的な闘いを。


 「俺はお前らを⋯⋯」


 「魔眼を使えよ。それで全てが分かる」


 「信用してない」


 「そうか。じゃあ、セツナよりも圧倒的に強い俺が全力を見せたら、多少は信じてくれるんだろうな。底の見えた相手なら、少しは会話する気も起きるだろ」


 そう言い、カンザキは懐に手を伸ばした。




◆あとがき◆

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