第85話 遠い彼方の向こうより
「懐かしいなぁ」
「お前だけは⋯⋯許さない」
ローズはペアスライムのローラをピアスからグローブにした。
ダガーを抜いて戦闘態勢に入り、応える様にソウヤも斧を構えた。
「さぁ、来いよ。どうせ復讐とか考えてんだろ?」
「だ、ま、れ」
ローズが走り出した。
高速道路を走る車の様なスピードに対して崩さない余裕の笑み。
ローズは強くなった。だが、やはりそれ以上の強さを持っている。
生きている年月が違う。
「ぐっ」
「ほぉう」
前ならこの蹴りで天井まで吹き飛ばされていただろう。
しかし、耐えた。
身体に受けながらも脚を捕まえて、ダガーを突き刺してみせたのだ。
「だがなぁ」
僅かなダメージでは意味がなかった。
薙ぎ払われて、刺された箇所は瞬時に再生する。
理不尽の極みかと感がしてしまう。
固唾を飲んで、再び鋭い眼光を向ける。
殺す。
ただその二文字がローズの頭の中を支配していた。
ユリに止められてしまう程に、寝る事をせずに訓練に打ち込んだ。
全てはこの日のために。
身体が痛もうとも、心が折れそうになっても、ローズは強くなろうとした。
「⋯⋯らしくない」
「あぁん?」
「お前の再生能力を突破するには特別な武器が必要だ。だけど、それだと負けた気がするんだ」
「どうした?」
「だからもう一つの攻略を調べた。知っているぞ自分は。お前は⋯⋯再生に限界がある」
限界に到達するまで攻撃する、効率化を目指すローズらしくないゴリ押しの戦い方。
それはローズではなく、アイリスがするであろう戦い方。
故に、するのだ。
合理的ではなく感情的に動く。
「行くぞ、ローラ!」
その言葉に応える様にワイヤーがあちこちに伸びて壁に突き刺さる。
ローズやソウヤを囲むように張り巡らされたワイヤーの空間。
ローズがキリヤに頼んだアイテム、それはワイヤーだった。
「殺すっ」
ワイヤーをバネのように利用して急加速、ソウヤの首を狙ってダガーを振るった。
鮮血が空気を拝む事は無く、ローズは向きを切り替えながらワイヤーに足を乗せる。
「中々に面白いなぁ」
「こんなものだと、思うな!」
ローズとローラは訓練により深い絆を構築している。
それによって僅かな指の動きだけで指示が可能となり、完璧な連携ができる。
しかも、それだけでは無い。
ローズの靴はアイリスのペアスライムであるアイラでできている。
「なるほどなるほど」
一瞬にしてワイヤーでソウヤの身体を縛った。
「切り刻む」
「ん〜別に斬られても良いが斬る方が好きなんだ」
力を込めただけでワイヤーが緩み、その瞬間を狙って切り刻む。
斬られても消滅する事は無く、バラバラになったスライム細胞は他のワイヤーに吸収される。
「おいおいズルだろ」
ペアスライムを攻略するには消し炭にするしか方法が無い。
ソウヤにその手が無いかと言われたら有るのだが、今は使わないらしい。
ローズの出方を伺うように、煽る笑みを浮かべて行動を待つ。
「なぁ、アイリスの最後の言葉、聞きてえか?」
「⋯⋯ッ!」
煽りの最適解。
ローズを激怒させるには十二分の言葉をソウヤは使った。
挑発に乗ったローズはソウヤに突き進む。まるで空中を走っている様に。
「なるほど。進む先にワイヤーが伸びているのか」
もはや空間に張り巡らされたワイヤーなんてのは意味が無い。
ローズの足場が瞬時にワイヤーとなるのだから。これがアイラの使い方。
「真っ向勝負かぁ!」
ソウヤの強烈な一閃が迷宮を穿つ。
「真っ向勝負で勝てるはずないだろ」
冷静にその動きを躱し、ワイヤーを利用してスライムのボムを放つ。
威力は無いそのボムは水風船のように割れて液体を散らす。
「うわっ! カラーボールか」
視界を失った瞬間に背後に接近したローズの強靭が突き進む。
が、目が見えないからと言って攻撃を受けてしまう雑魚では無い。
「この辺だろ?」
殺気と気配から位置を特定し、高速のキックが飛ぶ。
攻撃体勢のローズに強烈な一撃。それは意識を揺らがす一撃となった。
「ごはっ」
血を吐き出しながら壁に激突する。
「残念だったな」
液体を拭きながら、立ち上がるローズを嗤う。
「別に寝てても良いんだぜ?」
「バカを言え。アイツはどんなにやられようとも立ち上がっただろ? なのに、自分が倒れる訳にはいかないだろ」
「一瞬で負けた、なんて言ったら信じるか?」
「信じる訳ないだろ。アイツは、たとえ下半身を失おうとも進む奴だ」
「⋯⋯確かに」
「⋯⋯行くよ、ローラ、アイラ」
不甲斐なく負ける事だけは許されない。
投げナイフを同時に三本投げる。
「意味無いね」
一振で全てを弾いた。だけど一瞬、意識をナイフに向ける事が成功した。
間合いに入ったローズは攻撃を⋯⋯せずに足からワイヤーを天井に伸ばす。
ソウヤの反撃が来る前に天井へと一瞬で移動し、そこに用意してあったワイヤーのトランポリンを使って加速する。
「まるで蜘蛛だな」
「クソっ」
相手を翻弄しての加速落下攻撃を防がれた。
どれだけ訓練しても背中すら掴めない距離。力の差はいかなる壁よりも高い。
「まだ、まだだ」
それで諦めらたら示しがつかないだろう。
ダガーを順手持ちに切り替え、周囲を見渡す。
人狼に一方的に負けた時の風景を思い出す。
闇を利用した奇襲。
師匠との訓練を思い出す。
高速戦闘の中で巧みに気配を操り相手を騙す。
この二つを掛け合わす事ができれば、格上相手にも一矢報いる事ができるだろう。
「おいおい。かくれんぼか!」
血の弾丸を使って邪魔なワイヤーを破壊して行く。
しかし、破壊したら違うところで新たなワイヤーが出現する。
「ほう。一定の数を常に用意しているのか」
ローズの朧気だった気配が明瞭に感じた。
「そこか?」
キャッチしていた投げナイフを気配のする方に向かって投げようとする。
だが、それはスライムだったようで溶け出した。
「気持ち悪いなぁ」
気配の誤認、ナイフが普通の武器だと言う誤認。
二つの誤りで相手の意識を誘導し、攻撃を通す。
「またまた惜しいねぇ」
背中を狙った攻撃を意図も容易く防がれる。
「なんて、強さだ」
今までの訓練が無意味に感じてしまう力の差にローズは膝を着いた。
どこかに焦点を合わせる訳でもなく、地面を眺めている。
「なんだ? 万策尽きたか?」
返事をしないローズに向かって、ソウヤは斧を振り下ろした。
「そこだっ」
ダガーを突き出して受け流し、ジャンプする。
大きな一撃を与えるにはダガーではダメである。ならばどうするか?
喰らえば良い。研いだ牙は決して技術だけでは無い事を示す。
「ガブッ!」
「ぬおっ」
アイリスですらできなかった大きな一撃、相手の首を噛みちぎった。
ワイヤーを使って天井まで一瞬で避難し、肉を吐き出す。
「はは。やるねぇ」
「ぺっ。このくらいの力ならば通るか」
ダガーを鞘にしまい、靴を脱いだ。
靴が姿を変えて戦斧へとなる。それはアイリスが使っていた斧である。
「潰す」
ローズの心臓が跳ね上がった。それにシンクロして、身体に紋様が浮かび上がる。
『鬼化』である。
ローズは訓練中に鬼としての力を目覚めさせる一歩手前まで行けていた。
そして今、活路を見出した希望がその一歩を後押しした。
「さぁ、ラストだ」
ワイヤーのバネを利用した加速移動を繰り返し、その合間に一撃を与える。
ガキン、と金属が衝突する音が響く。
「これは確かに⋯⋯」
初めて、ソウヤは余裕の笑みから楽しそうな笑みに変えた。
ローズのスピードに合わすのでやっとの様子。
「速いな」
ソウヤがついに、圧倒的な格上が、ローズのスピードを認めた。
「ああああああああ!」
限界まで加速し、上から叩き落とす一撃。
最大限乗せた遠心力に身体が悲鳴をあげるが、無視。
防御の間に合わない渾身の一撃。
アイリスを奪われた怒り、何もできずに負けた己への後悔。
その全てを乗せた、正真正銘ローズの魂の一撃。
「ああああああああ!」
ガキィィィィン、甲高い金属音がこだまする。
「あぁ」
ああ、防がれてしまった。
身体を破壊してしまう捨て身の一撃さえも防がれてしまった。
結局、勝てなかった。
フラフラと力無く、武器から手を離して倒れそうになるのを必死に耐える。
最後に憎い相手の顔でも拝んでやろうと前を、遠のく意識で見る。
「⋯⋯ぇ」
言葉を失うとはまさにこの事。
ユリのように成長しているが見間違えるはずがない。
頭のてっぺんから伸びた角なんて、アイツしかいない。
遠のき始めた意識が元気よく帰って来る。
「あぁ、ああ!」
言葉にならない言葉。『鬼化』の反動かもしれない。
あるいは⋯⋯理解の処理が遅いだけなのかもしれない。
「お前、その状態で強くなりすぎだろ」
「アイ、リス⋯⋯」
「へへ。ただいま」
骨は既に折れている。だけど、それを忘れてしまうくらいの衝撃。
ローズはアイリスに腕を広げながら飛びつく。ローラとアイラもスライムの状態に戻っている。
ローズを支えるために、アイリスは一歩前に踏み出す。
「アイリス、アイリス。バカ。本当にバカ。どうして、一緒に戦わせてくれなかったのさ。バカっ!」
「バカって言った方がバカらしいぞ」
「ええ。自分は大馬鹿者よ。バカ」
兄妹か恋人か、あるいは家族か。
そんな空気が流れる。強く互いの身体を抱きしめる。
「⋯⋯おかえりなさい、アイリス」
「ただいま、ローズ」
「また、会えて、すごく嬉しい」
「俺もだ」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
次回、ソウヤVSサキュ兄
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