第77話 sideマナ:支え合うのが兄妹ならば「妹の仕事」
サキュ兄の動画を一通り見終わった。全てがライブなのですごく長い。
その半分以上は訓練と移動だけど⋯⋯魅了切り抜き配信とかも観るか。
だけどとても満足でござる。
登下校で感じる変な視線も家の中では無いしっ!
八百屋のシゲさんから安く野菜も買えたし。今日は心が満たされているよ。
「兄さんのままで戦う姿も見たいけど、これはこれで⋯⋯」
美しく剣を振るうサキュバス、兄さんの華麗な戦いを見て感想が口から溢れて止まらない。
時には兄さんの凹みが伝わって来て辛いし、時々コメントでは弱くなったとも言われていた。
自分は違いが分からなかったが、確かに途中から少しだけ鈍さを感じたかもしれない。
今はそれも問題ないけどね。
「って言うかユリってゴブリンの進化系の子。兄さんの膝枕受けてるってズルくない! 実の妹なのにされた事ないよ!」
妹ポジションが奪われつつあるのではないだろうか。
嫌なんだけど。
そう内心で焦っていると、ドアが開いた。
「この時間は兄さん。⋯⋯うしっ」
平静を装って、兄さんに「おかえり」を言いに行こう。
ただそれを言うだけだと目的がバレバレすぎてちょっと恥ずかしいので、ついでレベルに留めておきたい。
グミを食べながら行こうかな。
「兄さんおか⋯⋯」
最後まで言葉を出す事ができなかった。
今日は珍しくライブが無いと思っていたら⋯⋯何かあったのだろう。
そうでなければ説明ができない。
「お兄ちゃん大丈⋯⋯」
言葉なんて聞こえてないのか、げっそりとした兄は自室に向かった。
虚ろの目で横をトボトボと過ぎ去る兄の姿は今まで一度も見なかった程に憔悴していると一目で分かる。
「待って、ご飯⋯⋯」
返事は無くドアの閉じる音だけが聞こえて来た。
固まって動けなかったが、状況を理解したので素早く追いかける。
何かができる訳じゃないけど、傍にいないとお兄ちゃんが大変だと思うから。
「お兄ちゃん、起きてるよね」
ドアをノックするが返答が無い。
「お兄ちゃん、何があったのか話して。話したら楽になるよ!」
それでも返事が来ない。
話したら楽になるだろう。しかし⋯⋯話せる程の元気が無いのかもしれない。
どうしたらお兄ちゃんが元気を出せるか必死に考える。
「⋯⋯今は、一人にしてくれ」
「お兄ちゃん」
ようやくお兄ちゃんの声が聞けたかと思ったら、力無い一言だった。
一人になる事で整理ができるのかもしれない。
だけど、一人だと⋯⋯同じ思考をグルグルと繰り返してなんの解決にもならない事がある。それを知っている。
動画を観て感じた事がある。
お兄ちゃんは背負いすぎると。
仲間を失わせてしまったのは全ての自分のせいだと思っている。
確かに、お兄ちゃんの慢心や油断があったのは事実だ。
だけど運の悪さはお兄ちゃんのせいでは無い。
楽観的に考えろとは言えないが、もう少し責任を仲間にも託して良いのではないだろか。
一人で背負い込む方がきっと仲間は悲しむと思う。一緒に責任を背負って進む、それがお兄ちゃん達の仲間じゃないだろうか。
虚空を見つめてとぼとぼと歩く、背筋が曲がった先程の兄の姿が蘇る。
ダメだ。何もしないのは。
今のままだと兄の何か大切なモノが失われる気がする。
「兄さん、少しだけ聞いて」
それは兄さんを好きになったきっかけだ。妹である事が誇らしいと思った瞬間。
その話をする事にした。恥ずかしいとか、そんな感情は既に勇気が上書きした。
◆
幼い頃、兄がとても嫌いだった。
遊んでくれないし、構ってもくれない。
自分なんて眼中に無いのだと思い、嫌いになった。
反対にいつも遊んでくれて、わがままも聞いてくれたアリス姉はとても好きだった。
ダンジョンのために常にトレーニングする兄を鼻で笑って、陰では悪く言ってもいた。
だっておかしいじゃんか。
最低三年訓練施設に通えば良かったのに、実施できる年齢になるまで自主トレーニングを繰り返すって。
ゲームやテレビ、様々な娯楽を排除してトレーニングに打ち込むなんて。
遊びに誘っても断る程に真剣だけど、それが逆におかしかった。
誰にも理解されない兄、理解しようとしない妹。
その関係性を苦に感じたのか、両親が様々な条件を付け足した。
兄はトレーニング以外に学業も頑張るようになった。家の手伝いもした。
怖かった。
何をそこまで頑張れるのか、なんでそこまでやるのかが理解できなかった。
兄が怖くて嫌いだった。
だけどその兄の事を誇らしく頼もしく好きになったきっかけがあった。
それは上級生に絡まれた時の事。
自分よりも背丈が高くて力強い男の子達。
とても怖かった。
だけど抵抗した。
目の前の男の子達は捨てられた子猫に小石を投げて笑い遊んでいたから。
そんなの許せるはずが無いじゃないか。
だけどそれが癇に障ったのだろう。小石を投げる対象が自分になった。
痛いし、怖いし、抵抗できない。ただ身を挺して猫は守った。
アリス姉に助けられるのを心の中で祈って期待した。
「何してる!」
鼓膜を揺らした言葉はアリス姉のではなく、血の繋がった兄だった。
通学路は一緒なので発見される可能性は十分にあった。
でも、トレーニングに集中していて、探索者を目指していて、自分には関心の無い兄が助けてくれるとは微塵も考えてなかった。
兄が寄って来る。
「大丈夫か。⋯⋯猫を守ったのか。偉いじゃないか」
頭を撫でるその手がとても大きく暖かく感じた。
「お前達、うちの妹に石を投げるとは、許さんぞ!」
兄が怒っていた。
空手や剣道など、強くなるために色々としている兄なら上級生だろうと倒せると思って安堵した。
体躯だって兄の方が大きいし。
攻防が始まった。とても一方的な戦いだった。
兄が殴られ、蹴られ、石を投げられた。
皮は切れ血が垂れて、土に汚れ黒くなる。
「おに、ちゃん?」
一切の抵抗をせず、男の子達の興味が無くなったら立ち上がり再びヘイトを集める。
それを繰り返して日が暮れて、男の子達は飽きたように家に帰って行った。
「どうして抵抗しなかったの!」
自分よりもボロボロになった兄に叫んだ。助けてもらったお礼よりも先に。
兄は太陽に手を伸ばしながら、言ったんだ。
「俺の憧れた探索者は暴力を振るわない。身につけた力は誰かを守るために、ダンジョンを探索するために使う。人を傷つけるために鍛えている訳じゃない」
「だけど、だけど!」
「マナ、絡まれたら大声で俺を呼べ。絶対に助けてやる。俺は世界でたった一人のマナの兄だからな」
「⋯⋯お兄ちゃん」
「刑事ドラマで怖くて泣いていたマナが猫を勇気ある行動で守ったんだ。大きくなったな」
頭を撫でる兄の温もりが今でも忘れられない。
兄は自分に関心が無い訳ではなかった。ちゃんと見てくれていた。
その事がとても嬉しくて、その日から兄は自分にとってのヒーローとなった。
猫と一緒におんぶしてもらって、家に帰る。
「何か辛い事があればなんでも言えよ。辛い事は誰かに話したら楽になるんだ。辛い事や悲しい事は兄である俺も背負ってやる。嬉しいや楽しいは大切な誰かと共有しろよ?」
「うん」
家に帰ると、アリス姉が兄を叱った。
「力があるならある程度反撃しなさい! 何も守れませんでしたじゃ意味無いのよ!」
「は、はい」
「無抵抗のまま攻撃を受け続けるなんて、マナちゃんも怖いし、キリヤの身体も危険なんだからね」
「はい」
クスッと笑った記憶がある。
その後、猫は里親が見つかり離れ離れになった。石を投げていた男の子達は全員転校した。
色々な問題が発覚したらしい。知った事では無いけどね。
あの日から兄のトレーニングにちょっかいを出して遊ぶようになった。
例えば、走り込みでおんぶしてもらうとか。
「これはこれで鍛えられる!」
お兄ちゃんが好きで憧れている。
大人ぶって「兄さん」呼びに切り替えたのは言うまでもない。
◆
「辛い事や悲しい事を背負うのは兄だけの特権じゃないよ。妹である自分も背負う。兄妹なんだ。世界でたった一つ、ヤジマキリヤとヤジママナの兄妹なんだよ。一緒に背負う。背負わせてよ」
ドスッとドアの向こう側で座り込むような音が聞こえた。
ドアの前に座ったのだろう。
「⋯⋯今から話す事、聞いてくれるか」
「そのためにいるんだよ。一人にするのは、話し終わった後からね」
「ああ。⋯⋯ダンジョンでな」
兄から話された内容は耳を塞ぎたくなるほどに胸糞悪いモノだった。
腸が煮えくり返る、それを体験した気がする。
今回の兄は何も悪く無いじゃないか。
襲って来た奴らが悪い。
でも兄は自分なら助けられたとか、もっと早ければとか思っているのだろう。
元気出せとか、前を向けとか、軽々しい事は言えない。
一ヶ月以上一緒に探索した仲間だったんだから。
そうだな。かける言葉は⋯⋯。
「強く、ならないとね。誰にも負けないくらい、襲われるなんて事が無いくらい、強く」
こんな言葉で良かったのか、分からない。そもそも道徳の授業に正解が無いようにこれも無いだろう。
自分は晩御飯を食べにリビングに戻り、兄のご飯を届けた。
あとは兄さん次第だ。
心の整理、今後の目標、そこに介入するのは妹の仕事ではない。
◆あとがき◆
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