第78話 深く沈む心の中で
簡単には立ち直れない。
だけど、前に進むための歩みを止めてしまったらアイリスはどう思うだろうか。
きっと怒りはしない。だけど悲しむだろう。
俺は止まってはならない。
仲間の想いを背負っているんだ。仲間が憧れる存在であり続けるんだ。
って、一人で抱え込み過ぎるのはマナに見抜かれて怒られそうだな。
「辛いし、泣き出したい。逃げ出したい」
こんなのが現実、これが現実。
簡単には物事は進まないし、思うように進まない不条理。
「⋯⋯学校、行かないとな」
俺はドアに手を伸ばした。
「おはよう」
「アリス⋯⋯早いな」
「うん。ちょっと話したくてさ。昨日何があったの?」
5月17日、俺達の前からアイリスは姿を消した。
その最後に立ち会う事さえ許されず、残されたのは血と武器である斧だけだった。
俺は俺自身を今でも責めているが、きっとそれはユリ達も同様だろう。
ユリ達はその場面に立ち会っているのだから、尚更だ。
俺はアイリスの仇すらこの目に収めていない。
「色々とな。あったんだ。色々⋯⋯」
「そっか。泣きたいなら背中貸すよ?」
そう言って俺に背中を差し出し、こちらを見ないようにする。
その小さな気遣いと大きな優しさに笑みを零しつつ、背中を押した。
「大丈夫だ。昨日散々泣いた」
「⋯⋯そっか。まぁ何だ。偉そうな事は言えんけども、元気な姿見せないと不安になる人は沢山いるからね?」
「ああ。⋯⋯片手で数えれるくらいしか思いつかないけど」
「そんな事言わないの」
学校に到着して、いち早く声をかけて来たのはナナミだった。
いつものような動きをしているにも関わらず、ナナミは心配そうな顔をしている。
「疲れてる?」
「そんな事無いよ」
前までのナナミだったらこれで終わっていただろう。
だけど、互いに親しくなった友達だからだろうか、前とは少しだけ違う。
「そうには見えない。あくまで主観だけど」
「⋯⋯はは」
「なんで笑うの?」
「いや。ごめんね。ちょっと嬉しくてさ。大丈夫だから安心して。これは本心だ」
嘘は言ってない。
自分の小さな変化に気づいてくれる友人がいると、ここまで心が暖かくなるとは思いもしなかったな。
「キリヤ聞いてくれ」
「実はな⋯⋯」
時間は進み、俺の返答を待たずにヤマモトとサトウが話し始める。ろくでもない事なので聞き流す事にしよう。
「二人組の女子にナンパしたら⋯⋯」
「鏡見てから出直して来いと言われたんだ⋯⋯」
ほらな?
すると、二人は互いに指を刺しあった。頬に食い込むくらいの力で。
「サトウが居なければ成功したんだ!」
「ヤマモトが居なければ俺は魔法使いへの道を断つ事ができたんだ!」
「醜争いは同レベルでしか起きないそうだぞ」
二人は姿勢を正して、頬杖を着く。
「おっと。俺はサトウの百段は上を行く。争いなんて起こるハズがないだろう」
「キリヤよ。俺はヤマモトの千段は上だ。このような男と同レベルで扱わないでくれ」
ほら同レベル。
さっさと昼飯を食べて教室に戻ろうと思い、箸のスピードを上げた。
「なら俺は万段だ」
「なら億段だ!」
「だったら兆段!」
「だったら⋯⋯」
類は友を呼ぶと言うし、俺もこいつらと一緒のレベルなのだろうか。
それを第三者から言われたら凹む気がするな。
部活にて。
ボーっと部長の話に聞き耳を立てながら外を眺めていると、いつの間にか話が終わったのか目の前に女性が現れた。
ボブカットで元気な印象を持っている人物である。
特に驚く事無く目を合わせると、相手が口を開く。
「ヤジマ氏元気がないですな?」
「
五十嵐
「用が無いと話してはならないとは気難しい性格してるっすか?」
「そう言う訳じゃ⋯⋯」
『敵60%』『味方40%』この二つのテロップがイガラシさんから伸びる。
あまり関わりたくないとか思ってしまうのは、俺の心に余裕が無いからなのか、警戒してしまっているからか。
「どこ見てるんっすか?」
「ボーっと虚空を眺めているんだよ」
端的に説明すると、彼女は俺と同じ目線に立って同じ方向を見つめる。
「特に何も無いっすよ」
「意味が通じなかった?」
「冗談っす。特に何も見てない、っすよね?」
「そうっすね」
「パクリ〜」
元気なのは良いが少しだけダル絡みではないでしょうか。
「でもあからさまに元気無いっすよ。第三者のわてすら気づくレベルで落ち込んでるっす。部活の仲間がそんなテンションだとわてらの気分も落ちるっすよ」
「ごめん」
「何か辛い事があったのは想定できるっすよ。謝罪は必要ないし求めて無いっす。ただいつものように笑ってくださいな。こうニコッ⋯⋯てね!」
俺がそんな眩しい笑顔を向けた覚えは無いけどな。
「あ。もっと悪そうな笑みだったっすね」
「酷くね?」
「冗談っす」
二人でこうして会話するのは初めてかもしれない。なんて事を考えているとナナミが間に入る。
特に表情は変わってないが⋯⋯怒っているのか?
「クジョウ氏どうしたっすか?」
「何を話して⋯⋯いやそうじゃない。移動だから、キリヤ早く行こ」
「あ、ああ」
「えっ!? ヤジマ氏とクジョウ氏って下の名無で呼び合う仲っすか! いつからっすか! 凄く気になるっす!」
そう言いながら俺の腕を引っ張って来る。
俺の腕を自分の胸が接するレベルまで引き寄せられた。
「教えて欲しいっす!」
「アナタには関係ないと、思うよ」
強引に解放したナナミはそのまま俺の手を引っ張って訓練場に向かう。
野郎二人の殺意の籠った呪詛を右から左に流しつつ、足取りを合わせる。
「少し速いぞ」
「あ、ごめん」
「別に問題ないけど⋯⋯大丈夫か?」
「大丈夫。体調に問題は無い。それより何話してたの」
体調に問題なくても、行動には違和感を覚えるんだが。
そこを指摘する必要は無いか。
「ただ俺が落ち込んでいる様子だから話しかけられたんだよ。笑えって。イガラシさんなりの心配なんだろうさ」
「私も心配しているよ。イガラシさんよりも」
「あ、うん? ありがとう?」
心配の大きさなんて主張して何になるんだろうか?
本人も何を言っているのか分からないのか、発言した後に首を傾げている。
「それと⋯⋯さっき腕を引っ張られていたけど⋯⋯当たっていた様子だけど⋯⋯どう思ったの?」
「特に?」
あーでも、冷静に考えたら親しくもない相手に距離が近すぎるよな。
あんな距離感を色んな人にやっていると、勘違いする人が増えるから注意した方が良いかな。
ヤマモトとサトウを脳裏に浮かべながら考えているのは言うまでもない。
「キリヤ、ナナミン! 早く行こー」
「お、重い」
御手洗から出て来たのであろうアリスが後ろからダイブして来て、それを支えた。
アリスはあの一件からしばらくして、テニス部を辞めてこちらの部活に入っていた。
探索者登録はしているけどダンジョンに足を踏み入れた事のないアリスである。
密着している俺らを見てナナミは一言。
「問題無さそう」
「ん? 何の話ししてたの?」
その後、アリスはナナミにも抱き着いて訓練場へと向かう。
アリスもある程度親しくなると距離感が近くなるし⋯⋯心配だな。
「⋯⋯何から目線だよって話か」
俺も二人の後を追いかけるように、早足で向かう。
◆
「もう一度お願いしますっ」
「ローズ、朝から夜までずっとよ。そろそろ休憩しなさい」
「まだ、やれますっ!」
アイリスが居なくなった翌日、ローズは身体の事を考えずに訓練に励んだ。
朝から夜まで。
今はユリとの模擬戦をずっと繰り返している。
「強くならないと。今よりももっと。⋯⋯じゃないと、誰も助けられない」
アイリスと同じタイミングで魅了されたローズはアイリスと同期。
絆は誰よりも深かった。
時にはバカにもしたし煽ったりもした。怒ったりもした。
だけどそれ以上に、一緒に笑ったし一緒に戦ったし信頼していた。
あまり表情には出さないが、確かに笑っていた。
「誰にも死んで欲しくない。もっと強ければ⋯⋯ああはならなかった。あんな事には、ならなかった!」
ダガーを構える。
「お願いしますユリ様。もう一本、お相手してください」
「ローズ。アナタのせいじゃないんだよ。進化したのに、手も足も出なかった私が弱いからで⋯⋯」
「一人の力に頼ってたら意味が無いんです。主様やユリ様は強いです。でも頼ってたらいつまでも強くはなれないんです」
普段は喋らないような長文でローズは己の心をさらけ出した。
自分が強くなれば戦力はさらに上がる。
ユリのような進化をした自分だからこそ、伸びる力は他よりも勝ると確信して。
だからこそ、強くならないとならない。
ローズ派のホブゴブリン、一つの班をまとめる存在として強くならないとならない。
「お願いします」
「分かった」
「行きますっ!」
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
昼頃にクリスマス特別編を投稿したいと思います
ぜひ良ければお越しください
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