第76話 遠い彼方の向こうへ
「第二ラウンドだぁ?」
「ふぅ。行くぜ」
アイリスが片手を地面に着き、自分の心を覗く。
内側に秘めた狂気へと向き合う。
それは訓練中の出来事である。
師匠に対してローズと連携して攻撃をしかけるが、全く当たらずに苛立っていた時。
力を求めたその瞬間に芽生えたアイリスの才能。
意識は途絶え、目覚めた時に辺りはボロボロであり、ローズが傷ついていた。
なのに自分は傷ついてない。
師匠が怪我をさせない程度の力で抑えつけてくれて収まった。
ローズが目の前で倒れている。
それがトラウマとなり目覚めそうになっても自らセーブした力。
「傷つけてしまう奴はこの場には誰もいねぇ。思う存分暴れられる!」
アイリスの眼光が真っ赤に染まる。
キリヤの瞳の色とは全くの別物であり、美しくなく、見ているだけで恐怖する赤い瞳になる。
「ああああああああああ!」
耳を塞ぎたくなる程の咆哮が鳴り響く。
それを聞いてソウヤはニヤリと笑みを浮かべた。
どうなるのかの期待が恐怖を上回っている。
「なるほどなぁ。『
内なる狂気に呑まれて暴れるだけの能力。
理性は飛び自制が利かなくなり本能のままに暴れる。
⋯⋯だけどアイリスは知らない。
この本能のままに暴れると言う本質、『本能』の力が増した事による覚醒。
本来、ゴブリンから進化したユリ、ローズ、アイリスには備わるはずのない力。
鬼としての力を覚醒させたのだ。
アイリスの身体に黒く筆で描かれた様な紋様が浮かび上がり、筋肉が隆起する。
顎から目にかけて血管が浮かび上がり、犬歯は太く鋭く伸びる。
何よりも、頭のてっぺんから真っ直ぐ伸びる角が紅く染まる。
「なるほど同時に『鬼化』もしたのか」
人間の種族で獣人がある。獣人は獣の力を呼び起こす『獣化』の能力がある。
獣人と言う種族は獣の力を宿しているからだ。
では鬼人は魂に何を宿すか。
簡単だ。獣人が獣なら鬼人は鬼を宿して呼び起こす。
鬼の力を引き出して全力で戦う、それが『鬼化』の能力である。
ゴブリンからの進化では鬼の本能は希薄であり目覚める事は本来なら無い。
だが、アイリスは本能のままに暴れる力を目覚めさせて連鎖し鬼の力を覚醒させた。酷い言い方をすれば単純なバカだからこそできた事。
深く考え思考を重ねる存在では己の本能を自覚しにくい。
「あああああ!」
「良いなぁ!」
この力を使わなくなった一の原因、ローズを傷つけた事。
逆に言えば、ローズを傷つけられる程の速度を手に入れたと言う事だ。
パワーにスピード、本来備わっていたモノに必要なモノが追加された。
そこから繰り出される一撃は主であるキリヤですら、冷や汗を流す一撃だろう。
「おっと!」
それはソウヤですら例外ではなかった。
前髪を掠った斧に反射する自分の顔を見る。
焦りか。不安か。
否。
好奇心と高揚感。
戦いが楽しくなるのだと言う気持ちが己の心を高ぶらせた。
「面白いっ!」
もっと楽しみたい。もっと引き出してみたい。
目の前にいる子供サイズのモンスターの力を。
「オラっ!」
「がっふ」
振り終わりは隙だらけであり、防御もできずに蹴り飛ばされる。
耐久力も増しているアイリスはただの蹴りではもはや意味を成さない。
立ち上がり、再び突進して斧を振りかぶる。
「良いね良いね!」
何度も何度も、立ち上がっては攻撃をしかけて返り討ちにあう。
攻撃を受けて再度挑む時、そのスピードは一つ前のアイリスよりも僅かに速い。
戦いの中で成長しているのか、能力に身体が慣れて来たのか。
理由なんてのはちっぽけでどうでも良い。
今はこの戦いを楽しむ、ソウヤはその意味を込めて笑みを崩さない。
「今度はこっちから行くぞ!」
吹き飛ばしたアイリスに接近するソウヤ。
自分の体躯よりも大きい斧が振り下ろされる。
本能のまま暴れてはいるが防御をしない訳ではないようで、刹那のタイミングで防御に入った。
ソウヤは体重を乗せてただ重く押し込めば良い。アイリスは押し返せば良い。
アイリスの力は仲間の中ではトップクラスである。
だけど相手が悪い。
同じ戦闘スタイルならば相手も力に自信がある。体躯の違いがある。技術の差がある。経験の差がある。
全てにおいてアイリスは負けている。
唯一勝っていると自負できるのは『主を守護する』と言う想いだろう。
想いの力が心を強くし、その心を利用してさらに強くなる。
だけど勘違いしてはならない。
襲って来たとしても、相手にも守るべき、守りたい存在はあるのだ。
互いの武器に乗せる信念が同等ならば、勝敗を分けるのは力。
『狂化』『鬼化』の二つの強化能力を使ってもなお、届かぬ壁はある。
アイリスの前に立ち塞がるのは断崖絶壁の壁である。
登るのは容易ではないし、破壊は論外である。
この壁を超えなければ、強くはなれないだろう。
「アアアアアアア!」
「直線的過ぎるぞ!」
狂気に呑まれ、力に呑めれたアイリスはただ真っ直ぐに愚直に攻める。
ワンパターンだ。
絡め手も何も無い、素直に攻めるだけ。
そんなのが格上の敵に届くはずがない。
「だいぶ面白いと思ったが、飽きたな」
アイリスの攻撃を受け止め、無慈悲にそう呟いた。
「そろそろ終わらせようか」
「ぐはっ」
角を掴まれて地面に背中から投げ倒される。
受身は取れず、頭から血が飛び出る。
立ち上がろうとしても邪魔するように、腹に足が乗せられる。
その重さは大きい岩。アイリスでは持ち上げられない程のとても大きい岩。
「それじゃ、終わりだな」
逃げ出そうともがくアイリス。生き残ると言う欲望が最後の力を出させる。
しかし、常に手加減していた相手からしてみたら差程の違いはないのか、より強い力で地面に固定される。
もがく中アイリスの頭は少しだけ理性を取り戻していた。
(姉御、ローズ。ホブゴブリン達やウルフ達、コボルト達やゾンビ達、皆逃げれてたかなぁ)
「あん?」
一筋の涙が片目から流れ出した。
(悪い。姫様。俺はもう、貴女を守れる役目はできなさそうだ。ローズともお別れか。寂しいけど、少しだけ誇らしいな)
皆を逃がすために命を賭けた。
戦士としてこれ程名誉な事は無いだろう。
アイリスは足掻くのを止めた。潔く敗北を認めた。
最後に浮かべた顔は死への恐怖や絶望では無い。
(頑張ったぜ俺。姫様、褒めてくれよな。姉御、皆を引っ張ってくれよ。ローズ、頑張りすぎるなよ)
最後まで戦った事による己への喜びを表した、満面な笑顔だ。
仲間全ての幸せを願って、ゆっくりと目を閉じた。
トドメの一撃を待つかのように、棺桶に入ったかのような安らかな顔で。
「んじゃ」
ソウヤの凶悪な戦斧が振り下ろされた。
◆
「皆おつか⋯⋯」
足りない。アイリスが居ない。
あんな分かりやすい角をしたアイリスが分からない訳がない。
皆の怪我が酷い。ダメージをかなり受けてる。
ドクン、嫌な気配が全身を抱擁する。
「主様、アイリスがっ!」
その言葉と同時だったと思う。
全力を超えたスピードで飛行して元の場所に向かった。
「⋯⋯え、嘘、だよな」
広い空間に戻ると、辺りの地面は砕けて木の根が広がり、あちこちに血が付着して臭いがする。
だけど何よりも俺の視線を集めたのは⋯⋯俺が買って与えたアイリスの斧だった。
無意識にそれを手に取る。
「嘘だろ。なぁ」
俺達が何かしたか。
なんで襲われないといけない。
魔眼持ちだろうと、魔王後継者争いに関係ない奴らじゃないか。
なのに、なんで!
なんで、なんでだよ!
「ちくしょう」
「主、様」
斧を地面に着け、自分の額を押し当てる。
「クソがあぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
◆あとがき◆
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