第75話 苦渋の決断を下す

 「主様!」


 突然地面から伸びて来た木によって主であるキリヤと分断されてしまった。


 このような緊急事態で離れるのは危険である。


 ユリは急いでキリヤのところに向かおうとしたが、それを阻むようにコウモリの翼を生やした男が舞い降りる。


 「誰だ!」


 「誰だと言われて名乗る愚か者はいねぇと思うが、名乗ってやるよ。神崎蒼弥かんざきそうやだ」


 ソウヤと名乗った男の持っている武器は戦斧であるが、その大きさはアイリスが持っているのよりも遥かに大きい。


 防具と言う防具を来ておらず、ジャケットとジーパンだけの格好である。


 ダンジョンに似つかわしくない格好をした男は鋭い眼光で辺りを見る。


 「そんじゃ、少しだけ力試しと行こうじゃねぇか鬼っ子ども」


 戦闘態勢に入ったソウヤを見て全員が武器を抜いて構える。


 一触即発の空気の中、先に動いたのはユリである。


 「はっ!」


 居合で斬りかかる。


 その速度と勢いは鬼人故のパワーから成されているのか、それとも訓練の賜物か。あるいは両方か。


 しかし、そんな居合であってもソウヤには届かない。


 「ざーんねん」


 「どう、して」


 殺してはならない、腕を狙ったその攻撃は防御体勢にも入ってない腕に止められた。


 腕に力を込めているのか? 何かの魔法なのか?


 否。


 これは種族の能力によって剣の部分にだけ血を集中させた事により防いだモノである。


 ノールックでピンポイントに必要の分だけを集中させる。


 種族を得て数ヶ月程度では到達できない領域の強さ。


 「くっ」


 堪らずバックステップで距離を離す。


 立場を切り替えるようにアイリスが走り出し、自分の武器を掲げる。


 「砕けとけ!」


 「ん〜良いパワーだねぇ」


 そう軽口を叩くだけの余裕はある。いや、見た目よりももっと余裕があるのかもしれない。


 戦斧を片手で持って、それだけでアイリスの攻撃を防いだのだ。


 地面に亀裂が広がる、それだけの力は秘めているにも関わらず。


 力の差は歴然だと全員が分かった。


 だが、それで諦める奴らでは断じて無い。


 生きる、己のために生き残る、強くなるために生き残る、主のために生きなくてはならない。


 生への執着と欲望が彼らを強くする。


 「ローズ」


 ユリが短く言葉を出す。ペアスライムを利用した通話で作戦を全員に伝える。


 刹那、アイリスが薙ぎ払われたと当時にローズが肉薄する。


 「遅い」


 ローズの投擲したペアスライムの投げナイフを僅かな動きで回避する。


 タイミングを合わせてローズの影から出現したウルフ達が影を操り伸ばす。


 一人の力ではソウヤはおろか、ノーマルのウルフすら拘束できない力。しかし、力を合わせたら格上にも通用するだろう。


 もしもそれが通用するレベルの格上の話ならば、だが。


 「面白い小細工じゃないか」


 一閃、たったそれだけで影は全て消えた。


 ダイヤの魔法も裏拳で簡単に弾かれ、ホブゴブリンとアイリスの連携も見事に回避される。


 「弱いな」


 その言葉と同時にホブゴブリンとアイリスを吹き飛ばした。


 軽く弾かれた様に見えるが、込められた力は相当なモノ、ホブゴブリンがダウンする。


 息はしているが起き上がる気配が無い。


 (このままでは負けてしまう)


 敗北の二文字が脳裏によぎり、唾を飲む。


 冷静に状況を把握しようとしても頭が上手く回らない。


 焦りがユリの中を駆け巡る。


 「どうした来ないのか? そんなんであの男を守れるのか?」


 誰の事を言っているのか簡単に分かるだろう。


 ソウヤの言っている事はとても正しい。


 「命をかける覚悟も無く、主の命を狙う奴を排除する信念も無い。お前らはなんのために戦ってるんだ?」


 煽り、それも全員の神経を逆撫でする見事な煽り。


 挑発によって突き進む男が一人、それに付き従うコボルトが大勢いた。


 「アイリス待って!」


 「いきなり襲ってきやがって説教とは、良い度胸だぜ」


 アイリスの力に委ねた攻撃はソウヤの皮には届かない。


 逃げ場を無くすようにコボルトが囲むが、蹴りやパンチ、斧の薙ぎ払いだけで終わる。たったの一撃で意識が刈り取られる。


 コボルトが弱いのか?


 否。ソウヤがこの場の誰よりも強いだけの話。


 「クソ! クソ!」


 「アイリス、無駄に大振りなだけでは当たらない!」


 「じゃなきゃパワーが出ねぇんだぞ!」


 ローズがアイリスを止めようとするが聞く耳持たず、サポートに回るローズ。


 ペアスライムの投げナイフを巧みに利用して回避を誘導し、行動予測をしやすくする。


 「ほう」


 「私もいる!」


 抜刀の時に力を込めて、抜くのと同時に蓄積した力を解放して斬撃へと変える。


 居合の流れは先程と同じ、しかし込める信念と力が違う。先程の手加減はもう無い。


 完全に殺す気で首を狙った。


 三人による同時攻撃。


 「はは。つまらんな」


 笑みを作って一瞬で消す。


 アイリスの斧を踏みつけ、投げナイフを口で捕まえ、刀を掴む。


 「ぺっ。気持ち悪いな」


 ペアスライムなので投げナイフは一度スライムの形状に戻り、ローズのところに戻る。


 「ユリ様を離せ!」


 ローズが激昂しダガーを突き刺す。


 「残念当たらねぇよ!」


 腹に膝が食い込む。その力は絶大であり天井まで向かった。


 「ローズっ! くっそ、退けろよ!」


 「良いぜ」


 抜くために力を入れていたところ。急に離された事により込められた力がそのまま返って来る。


 それによってバランスを崩し、尻もちを着きそうになる。


 「ぬわっ。かひゅっ」


 当然、そんなバカをしている隙を見せれば攻撃が舞い込んで来る。


 防御もできずに蹴り飛ばされた。


 「くっ。ビクともしない⋯⋯」


 「力が違ぇんだよ!」


 ユリにも同様に蹴りを繰り出すが、紙一重で回避する。


 武器も離す気配は無い。


 「お前⋯⋯この状態で斬るつもりか?」


 「ええ。肉に刃が届いているのなら、そのまま斬って構わないでしょう?」


 「はは。絶対無理だね!」


 刀を引いて自分の近くに寄せて、蹴りを入れる。


 それを腹に受けても、武器を離さない。


 決して、大切な主から貰った武器を離さない。


 「諦めてない目だ。良いな」


 何度も、何度も蹴りを入れる。


 「はぁ、はぁ」


 「中々に根性あるじゃねぇか」


 弱ったユリを軽々しく投げ飛ばす。


 未だに動いてないゾンビを睨むと、魔法が飛んで来るのを確認した。


 この土壇場でゾンビの一体が魔法を会得した。


 【闇弾ダークネススフィア】と言う闇の球体を放つ魔法である。


 動きが遅いゾンビでは絶対に攻撃は届かないと考え、辿り着いた力。


 しかし、そんな苦し紛れの魔法なんてのは通用しないのだが。


 「遠距離チマチマはだるいんだよ。男ならもっと気合い持って来い!」


 性別なんてソウヤには分からないけど、適当に男だと決めつける。


 ソウヤは血を噴射し質量で押そうとする、その間に入り込むアイリス。


 「まだ立てるのか」


 「気合いなら、誰にも負けねぇぜ!」


 血の噴射を止めて、頭から血を流すアイリスと対峙する。


 頭のてっぺんから角が生えている、笑えてしまう見た目のアイリス。


 だが瞳に宿る炎はソウヤの好きなモノだった。


 「お前らぁ、立てるよなぁ!」


 アイリスの咆哮が倒れていた仲間の意識を回復させる。


 「がはっ」


 一番ダメージのでかいのはローズだった。


 耐久力が低いのに強烈な一撃による大ダメージ。立つのでやっとだった。


 「アイ、リス」


 内蔵にもダメージがあるにも関わらず、そう口にした。


 この後、何をするのかローズには分かっていたから。そして止めて欲しいと願ったから。


 だが、その願いは闇に紛れる様に消え去る。


 「ローズ、こいつを頼む」


 アイリスのペアスライムが擬態しているブレスレットをローズに投げ渡す。


 「姉御、皆を引き連れて姫様んとこに行け」


 「だがっ」


 ユリも数々の攻撃により戦える程の体力が無い。


 「俺だけの方がまだ良い。皆、しっかり姫様支えろよ」


 その言葉でユリが察した。


 「止めろ! そんな事したって⋯⋯」


 「速く行ってくれ! おありがたく待ってくれてんだからな」


 余裕のソウヤは何をするのか観測している。


 「⋯⋯だけど」


 「姉御、決断して命令するんだ。じゃなきゃ皆終わる。分かってるだろ!」


 「でも、でも⋯⋯」


 ユリの目尻に涙が溜まる。


 しなければいけない決断ができない。


 仲間には見せない、ユリの弱さだった。


 「大丈夫さ。できる限り足掻く。だから、行け」


 「⋯⋯皆、主様のところに行くよ」


 苦渋の決断、ローズを除く全員がアイリスに背を向ける。


 後ろ髪を引かれる想いは皆同じ。だけどこの場にいる事が邪魔になると理解しているからこその行動。


 「自分は、戦う⋯⋯」


 「ダメだ。その怪我じゃ、まともに戦えない」


 「でも、アイリスを一人にさせられない!」


 ローズにしては感情的な言葉、アイリスは心を真の鬼にして聞き流し、ローズをふわりとユリに投げる。


 「アイリスっ!」


 「頼んだぜ姉御」


 「ええ。絶対に、戻るから。待ってて」


 ローズを抱えて全員がキリヤの元に走る。


 木の壁をユリが最後の力を振り絞って破壊し、かなり離れてしまった主を追いかける。


 「おいおい。行かせると思うか?」


 「邪魔はさせないぜ。⋯⋯全力で止める。ここからは第二ラウンドだ!」





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます

★、♥ありがとうございます


次回⋯⋯?

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