第53話 夢を駆けよ、さすれば力は得る
「いらっしゃい、支配の魔眼の持ち主であり、ワタクシの後継者!」
透き通った耳に残る声音で喋ったのは、女性であった。
妖艶な姿であり、見た目はサキュバスに近いだろうか。
俺と同じように銀髪に真っ赤な瞳をしている。
⋯⋯さて、まずは冷静に考えてみよう。
俺はさっきまでダンジョンでアイリス達に労いの言葉をかけていた。
そしたら突然力が抜けて、彼女の声によって目覚めたのだ。
そして彼女の見た目はサキュバス⋯⋯もしかしたら吸血鬼か獣人でコウモリ系かもしれない。
だが、特徴的なハートの尻尾がサキュバスだと物語っている。
「あまりジロジロ見るでない。興奮してしまうわ。⋯⋯じゃないわね。急に呼び出したからね。混乱しているのも無理ないわ。ここは⋯⋯」
「なるほど分かったぞ。転移トラップによってどこか知らない階層に飛ばされたんだ。ありがとうございますおかげで俺は目覚めました」
「別にワタクシは探索者では無いわよ」
なに?
つまりはモンスター。
まずい。
意思疎通がここまで可能なモンスターなんて初めてだ。だから反応が遅れた。
それに攻撃して来ないから、探索者だと思った。モンスターのように感じないがモンスターなのだろう。
剣を抜いて戦おうとするが、剣が無かった。
「いや別にモンスターって訳でもないわよ」
「つまり⋯⋯夢の中?」
「間違っては無いだろうけど、何か違うわね」
じゃあなんだよ。
そんな意味を込めた眼差しを向けると、彼女はやっと本題に入れるのかとため息を吐いた。
「立つのは疲れるでしょう。座ってちょうだい」
椅子がいきなり召喚されたので座ると、彼女は空気椅子なのか座った状態をキープして宙に停止している。
あんな飛行技術は俺には無いので、羨ましい。
「まずはここがどこか分かるかしら?」
「教科書とかでしか見た事ないけど、月なんじゃないか?」
「意外と察しが良いのね。⋯⋯さっきの茶番はなんだったの?」
まぁ、空が宇宙のようになっていれば何となく分かるだろう。
ただ、息ができたり重力を感じたりするのであまり月に居る感覚がない。
「貴方には意識思念体のみに来てもらっているわ。本物の身体は白目を向いて立ち尽くしている事でしょうね」
「すぐに帰してくれませんか?」
「ダメよ。話がまだだから。これは重要な事なのよ。貴方の大切を守る上でも、ね?」
なんか俺の事を知ってそうな話し方だな。
本体が無事でちゃんと戻れるのならば問題ない。こんな経験できないだろうし。
それに抵抗して殺されたら困る。
俺の肌はずっと感じている⋯⋯目の前の彼女がこの世のモノとは思えない程の強者だと。
「まずは王道として、自己紹介かしらね。ワタクシは月の魔王であり
「嫌です。俺は自分をサキュバスと認めた覚えがありません」
「何か問題があるのかしら。それに貴方は正真正銘サキュバスよ。それで貴方のお名前は? それともサキュ兄って呼べば良いのかしら」
「ヤジマキリヤです」
名前を伝えると、俺達の中心に惑星のホログラム映像が浮かび上がる。
「まずは魔王からざっくり説明するわね。太陽、月、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の星にそれぞれ魔王が存在するわ」
全てで11種類か。なんともまぁ微妙な数で。
「納得がいかないようね。過去に暴れた魔王が他の魔王に打ち滅ぼされたのよ。だから一種類少ないの」
それで納得だ。
ただ、魔王の詳細を話すと長くなるからとこれ以上の説明は無かった。
「次に支配の魔眼ね」
「ストップ」
「なによ?」
「何それ?」
沈黙がこの空間を支配する。
瞳を左へ右へと移動させたムーンレイさんは目を点にさせた。
「支配の魔眼、だよね?」
「なんですかそれ?」
「見た相手の身体を思うがままに操る力よ」
そんなの知らない。俺も目を左右に動かしてからボーッと見つめる。
「何か、眼に力はあるわよね」
「運命の確率が視える力ですね」
「本当のようね。地球の魔王の系譜が手に入れるはずの魔眼ね。困ったなぁ。でもサキュバスでちゃんとダンジョンに行っている人全然いないしなぁ。後継者が未だにゼロだしなぁ⋯⋯うん。細かい事は気にしない! 重要なのは君がサキュバスって事よ!」
俺にとってはとても残酷な話だね。
ムーンレイさんは自己完結させた内容に満足行ったのか、顔を三度くらいゆっくりと縦に振った。
「運命の魔眼はね、相手の能力などを分析して演算し、起こりうる未来の事象を示す力よ。戦い中に相手の能力が変わった場合、もちろん運命も変わる。その力には人の感情などは含まれないのも注意点ね。あくまで表面的の演算で出た運命よ」
「そこまで強くないんですかね?」
すると、彼女はその通りだと言わんばかりに目を閉じた。
「覚えておきなさい。世の中に完璧であったり万能であったり全能って言うのは無いの」
その考えは俺に近い気がする。
世の中に完璧ってのは無い⋯⋯だけど人間はその無い完璧を目指す。
例え限界を感じようとも、それで諦めなければ限界なんて無いに等しい。否、無いのだ。
「あの夢とかで運命を選べとか来たんですけど⋯⋯」
「それは自分の考えを持て、意志を貫けとかそんな風に魔眼が呼びかてたんだと思うわよ。魔眼って所有者によって少し変わったりするから。貴方の魔眼は優しいようね」
そうなのか。
魔眼に選択を委ね過ぎたせいで後悔しそうになった気がしないでもないが、それは己の責任か。
「さて、運命の魔眼を持っているのなら話は早いわ。大切な友人、家族、恋人でも構わないわ。十年後の運命は視えたかしら」
「ああ」
種族を持つ人間は十年後の死亡率はゼロ、だが逆は死亡が確定している。
俺の家族やアリスだって、十年後の死亡率は百だ。
「その原因はね、十年後に堕ちる隕石のせいなの。それが地球に堕ち、放射能が種族を持たない人間や動物を魔物に変貌させる⋯⋯簡単に言えば世紀末が訪れるわ」
「ッ!」
それがもし真実だとしたら、未来は一体どうなってしまうのか。
いや。そもそもこんなところで嘘を言うとは思えない。真実なのか?
「だけどそれはまだ良いの」
いや良くない。全然良くない。
それだとアリス達がモンスターになるって事だ。そんなのは良くない。
「その後に現れる化け物達が問題なのよ。そいつらがモンスターを操り、地球を壊す。正確には魔王を殺し支配者になる、かしら?」
「魔王達が相手すれば、良いんじゃないか?」
「無理よ。魔王は星に縛られるから抗えるのは地球の魔王だけ⋯⋯そして負けるのは確定事項よ。魔王のワタクシが化け物と称するのだから」
「そんな⋯⋯アリス達を説得してダンジョンに行かせれば⋯⋯いやいや。だから最終的な問題が残ってるんだって!」
自分で出した解決案を自分で否定する。
唐突の情報に混乱が抑えられない。
「落ち着きなさい」
パンパンと手を叩いて俺を現実に戻し、冷静にいさせてくれる。
「良い事教えてあげる。魔王が全員揃えば撃退できない敵では無いわ」
それが不可能って話じゃなかったけ?
⋯⋯待てよ。
そこで俺はムーンレイさんの最初らへんの言葉を思い出した。
「後継者⋯⋯」
その無意識に出て来た言葉に彼女は嬉しそうに笑った。
正解を自分で出してくれた事が嬉しかったのか。まるで子供の成長を喜ぶ母親のような笑み。
「そう。我々星を支配する魔王は何もできない⋯⋯が、後継者である君達なら問題ない。君達は地球産の魔王となれば良い。それだけの強さを持ち、全員で協力すれば撃退は可能よ」
「だけど、隕石は来るんじゃないか?」
「化け物達を撃退できる強さを示せば、地球の魔王がそんな物、ぶっ壊すわよ。力を温存する必要ないからね」
だったら俺はそれを目指したい。
アリス達を説得するよりも難しいだろうけど、彼女達の考えを尊重した上で解決できるから。
問題があるとすれば⋯⋯協力関係を結べるかどうか。俺は他の魔眼持ちを知らないし。
「後継者は複数人存在する。後継者候補って奴ね⋯⋯サキュバスはちょっとした事情で今は君だけよ。魔王は圧倒的な個人の力か質も量も兼ね備えた部下が存在するかで覚醒できるわ。後は細々とした条件ね。頑張って」
「ああ」
サキュバスが俺しかいないのは⋯⋯淫魔系の種族の人は基本ダンジョン探索をしないからだろうな。
「魔王は一人しかなれない。だから一人を祭り上げて仲間として協力するも良いからね。あるいは一人になるまで皆殺しにするか」
そんな物騒な事はできればしたくない。いや、俺はできないかもしれない。
平和的解決を目指す。
「まだまだ話さないといけない事は多いけど、今はこのくらいで問題ないわね」
重要な事は話してくれたと思う。
十年後の理由、そして解決法。魔眼の正体。
魔眼は魔王になるためのキップなんだ。
「そろそろ帰らないとかわいい小鬼達が可哀想だからね。最後に伝えるわ」
一瞬で目の前に現れたムーンレイさんは俺の頬を両手で優しく包み込み、クイッと上げて目線を合わせた。
「強くなる方法を教えてあげる。ワタクシの加護を授ける。まずは自分を鍛えなさい。魔法も使えるようになるからそれもね。仲間を強くしなさい」
それは今もやっている事だけど、今以上にしろって事だろう。
仲間を死なせないためにも、俺が死なないためにも、やるべき事。
「一番最短なのはワタクシと交わる事だけど、オリジンサキュバスだから性別とか関係ないし⋯⋯それは嫌でしょ?」
俺は高速で首を縦に振った。
一息置いて、言葉を続ける。
「魔王はね、信者によって強くなれたりする。後継者も同じよ。信者を集めるのは昔なら大変だけど、今は簡単よ。君のやっている事を続ければ良い。チャンネル登録者数が信者数となり、動画の高評価が信仰力となる」
つまりは配信者として上を目指せば自然と強くなるって事か。
もちろん、それで鍛錬を怠って良い理由にはならないのだが。
「本当にもっと話したいのよ。でも、さすがに時間が無いわ。だからまたね。絶対に会いに来てね。退屈だから」
彼女は最後に、胸が重なり合うくらいの密着度で俺を抱き締める。それと同時に淡い月明かりのような光に包まれる。
力が抜けて行く。
「ワタクシの仲間は皆、死んじゃったから。ずっとボッチなの。だからさ、話し相手になってよね。月で待ってる。月を見上げてね」
俺の視界は暗くなった。
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
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