第52話 ローズとアイリスを闘わせてみた

 ゾンビとホブゴブリン達が楽しく談笑しているところに足を運ぼうとする。


 すると、アイリスが止めに入る。


 「何をする。止めるなよ」


 「あ、いえ。姫様からものすごい殺意を感じるので⋯⋯」


 そりゃあ、『主の身体のどこの部分が一番好きか?』なんて会話をしっかりとした理由付きで喋ってるんだぜ?


 中断したくもなる。


 「だいたい、こう言うのって、知的なユリとかローズの役目じゃないか?」


 その二人はホブゴブリン達に混じっているから、何も言えないが。


 場所は移動して広い空間に到着した。


 数体のゾンビが存在したが、アイリスとローズのコンビによって難なく撃退する事ができた。


 「やっぱ、アイリスには戦斧の方が似合ってるかもな」


 剣を乱暴に扱っている。毎回大振りだし。


 アイリスは両手で持って叩き斬るのを得意としているため、コボルトの剣では軽すぎるんだ。


 アレだといずれ、地面とか壁に当たった時に剣がへし折れる。


 早急に武器を変えてやる必要があるかもしれない。


 「ユリ、頼めるか?」


 「はい。ローズ、アイリス。今から二人で模擬戦をしてもらうよ」


 「どうして?」


 「そうだぜ姉御」


 これは視聴者案だ。


 ユリと同様の進化をした二人だが、ユリのように強さを魅了前から欲していた訳では無い、普通のゴブリンだ。


 だが、なぜか二人はユリと同じ進化をした。


 どう言う条件か分からないが、何か違う点があるかもしれない。


 「進化したタイミングが同じだから、基本条件が一緒よ。進化したタイミング、それで言い訳ができないの」


 「どっちの方が強いのか、白黒はっきりさせたくない?」


 俺の言葉がトドメの一撃となったのか、二人の空気が変わった。


 『コイツには負けない』と言う強い意志を感じる。


 “言うて一長一短だと思うけどな”

 “適材適所、二人とも伸ばす方向性が違うから活躍する場面も違う”

 “闘いは観たい。どっちが強いとかじゃなくてどう戦うか気になる”


 “今のサキュ兄はエロだけじゃない。イレギュラー進化を先駆的に経験しているからね”

 “ここじゃないと分からんし頼む”

 “配信に興味のない探索者ですらこのチャンネルは観るから”

 “アイリスが負けるに一票”


 「姉御と姫様の前だ。容赦しないぜローズ」


 「あそ」


 そう言えばこの二人は一緒に魅了した同期だったか。


 その事を思い出しながら、ユリの合図で二人が動く。


 「オラッ!」


 「大振り」


 アイリスの一閃を正確に回避し、反撃の一太刀を向ける。


 「よっと」


 それをジャンプしながら回避し、回転を乗せた斬撃を落とす。


 スライドステップで攻撃から外れると、地面から風圧によって砂塵が舞う。


 “まじか”

 “脳筋かと思ってましたすみません”

 “すごいな”

 “避けられると信じてたのか?”


 アイリスの剣は地面に一ミリも触れて無かった。


 あのまま地面に叩きつけていたら剣は折れていた。しかし、当たってないのなら問題ない。


 「次はこっち」


 ローズは気配を消し、高速で迫る。


 気配遮断と移動速度、その二つに関してはアイリスよりもローズの方が上だ。


 「この辺だろ!」


 ローズは上から奇襲を仕掛ける癖がある。


 それを見抜いているアイリスはタイミングを見て、ジャンプした。


 己の脳天から真っ直ぐと伸びる角によって攻撃するらしい。


 「あれって攻撃にも使えるのか」


 「折れたら痛いですよ⋯⋯」


 俺とユリの間の抜けた感想。


 ローズは冷静に攻撃の軌道を見極めて、剣を持ってない手の人差し指と親指で優しく挟んみ身体をズラす。


 「ヒュゥゥ」


 息を吐いて肩の力を抜いて、自由落下するようにゆったりとアイリスの隣に落ちる。


 「シイッ!」


 刹那、強く息を吐いて力を腕に集中させ剣を薙ぐ。


 「あっぶね!」


 剣に剣を合わせて防御したアイリス。


 反応速度はアイリスの方が上か?


 互いに距離を取る。


 互角に見えるその闘いは視聴者だけではなく、仲間のホブゴブリンやウルフ、コボルトにゾンビ、そしてライムやユリも目を逸らさない。


 どっちが勝ってもおかしくない。


 「信頼による闘いか」


 “サキュ兄の言葉の意味とは?”

 “確かに、あの二人ってなんやかんや息ピッタリだよね”

 “回避される、攻撃される、それを分かっているのか”

 “決着はつかないかな?”


 互いに一歩も引かない斬撃が火花を激しく散らす。


 相手に一切の刃が届かない闘いに別の手を入れたのはローズだった。


 「アイリス、お前はバカだ」


 「な、なにをっ?!」


 「力任せに振るっているだけ。主人に何を教わった。ユリ様に何を教わった。それを分かってない」


 「う、うるせぇな!」


 ありゃま。


 挑発による相手の集中を乱す作戦か。


 冷静な相手ならば通じない手だが、アイリスには通じる。


 単純だからな。


 そのせいで、乱暴だが直線的だった攻撃に歪みが出た。


 スピードと破壊力の低下した攻撃に対してローズは受け流しで対応する。


 「そんなんじゃ、主人の恐怖は断ち切れない」


 「⋯⋯ッ!」


 ボソッとローズが何かを呟き、アイリスが強い反応を示した。


 「なんて言ってた?」


 「分からないです」


 ローズが距離を取ると、アイリスが髪をわしゃわしゃと掻きむしる。


 その光景に誰もが不安を覚えて心配する。


 「分かってんぜそんなもんわな。進化してからも良く感じる。姉御との力の差を、姫様との力の差を」


 「そう。だからいつまでもバカではいられない」


 ローズの容赦ない高速の一太刀、それをアイリスは左手で捕まえた。当然、そんな事をすれば切れて血が出る。


 「ッ!」


 「だから誓ったんだ。皆で強くなろうって。俺は強くなるぜ。お前も強くなる。ならなくちゃいけない。⋯⋯姫様を悲しませないために」


 ⋯⋯ん?


 なんだこれ。


 『怒りによる覚醒50%』『覚悟による覚醒50%』


 その二つのテロップがアイリスから出て来た。だけどすぐに消えた。


 もしかしたら、今後起こりうる運命なのかもしれない。頭の片隅には入れておこう。


 闘いの行方は⋯⋯もう終わるだろう。


 「俺はバカだが、この想いは誰にも負けてねぇぜ!」


 剣を離し握る拳を作る。


 「挑発は失敗だったか。もっと磨かなければな」


 「オラッ!」


 空気を振動させるパンチをローズは、剣を離しつつ身体を捻り避ける。


 「強くなりたい、強くなるのは一緒」


 「ぬわっ!」


 足を引っ掛けてバランスを崩し、首を掴んで地面に押し倒す。


 「だからこれからも、皆で一緒に強くなろう。絶対に死なない。もう、ただの足でまといにはならない」


 「あ、あぁ」


 もがきながら首絞めから脱出しようとするが、上手くできない。


 もちろん、ローズがさせないために妨害しているからだ。


 ゴブリン時代に固めた決意は俺の耳に届く事無く、闘いはアイリスの負けで終わった。


 「二人ともお疲れ様」


 「コイツに負けるなんて⋯⋯」


 「いくら力が強かろうとも、当たらなければ意味が無い」


 「あ、あとちょっとだったぜ!」


 ウンウンと、一部のホブゴブリンが頷いている。


 そのホブゴブリン達はアイリスが負けた事を悔しがっている。


 そこから見るに、ローズ派とアイリス派があるのかもしれない。


 「ホブゴブリン達の戦力も把握したいし、次に行こうか」


 その時である、俺の視界はいきたり暗転した。


 力が、抜けていく。


 ◆


 「ご主人様?」


 いきなり止まった主を心配して振り返るユリとウルフのダイヤ。


 視界に入った主の顔は白目を向いており、ピクリとも動かずに固まっている。


 「ご主人様!」


 “何が起こったの?”

 “大丈夫?”

 “心配よりも先にアッチの方向で妄想してしまった俺は重症かもしれない”

 “急に何が起こった?”


 ユリは一度落ち着き、主が目覚めるまで安全な場所で守る事を決意した。


 「コボルトの皆はご主人様を壁際に運んで。ローズ、アイリスは二手に分かれて通路の警戒。他の皆は各々好きな方について行って」


 「おう! 行くぜ!」


 「御意」


 主が運び終わったのを確認して次の指示を出す。


 「一体づつ、ウルフは警戒に入って。残ったメンバーはご主人様の護衛。ライムはご主人様が頭や腰を痛めないように下敷きになって欲しい」


 アイリスとローズの一番仲の良いウルフが警戒する班に向かった。


 ライムは身体を広げ、主の下敷きとなって硬い地面に寝させないようにした。


 “ユリちゃんは冷静だねぇ”

 “エロい事しても誰も文句は言わないよ”

 “サキュ兄早く起きて!”

 “今更だけど、まだこのチャンネルできて一ヶ月も経ってないんだよな”




◆あとがき◆

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