第51話 魅了会議は進化した

 学校に着くなり、先に来ていたであろうクジョウさんがアリスに寄って来る。


 「大丈夫? 何もなかった?」


 「うん。大丈夫だよナナミン。心配ありがと」


 シオトメの事は既に学校全体に広まっており、知らない人は殆どいないだろう。


 学校側はその事を隠そうとしたらしいが、人の口に戸は立てられない。


 ネットの方を探せば誹謗中傷は加害者を放置した学校側へと向いている。


 学校は何も関与してないし、知られてない。知られないようにシオトメが活動していたから。


 ま、その辺は関係ないので無関係を突き通す事しかできない。


 アリスとクジョウさんの仲がかなり深い事に驚きつつ、俺達は校舎へと足を運ぶ。


 「焦ったクジョウさん、初めて見たかも」


 昼食の時間、機嫌の良いヤマモト達を尻目に奥の席に二人で座って食べるアリスとクジョウさんを見る。


 まだ心の傷が完全に癒えた訳では無いだろうが、作り笑顔で無理している様には見えない。少しだけホッとする。


 「俺は元々シオトメの野郎があんな奴だって見抜いてたんだ。あのスカした野郎がよ!」


 「それは俺だってそうだ。あんなゴミはいずれ成敗されるのだよ!」


 ヤマモトとサトウの会話はとにかくシオトメを貶すモノ。


 俺自身の怒りもあり、それを叱る気も起きないが⋯⋯コイツらはただイケメンが憎いだけだろう。


 探索者と言うステータスだけでモテる訳では無いと知った二人はこれからの努力をどの方向性で進めるのか。


 気になりつつも俺には関係ないので、右から左へと二人の愚痴を聞き流す。


 今日は俺に殺意は向かないようだ。


 「ね、キリヤ。新作のパフェがあるんだけどさ。放課後一緒に行かない?」


 アリスの一言で場の空気は一変した。


 「ナナミンも一緒だよ」


 アリスの隣に立つのは無表情なクジョウさん。ゆっくりと親指を上げた。


 「放課後⋯⋯」


 「デート⋯⋯」


 野郎二人の目に悪鬼が召喚された。


 一息、深くため息を吐いた後に逃げるように目の前の二人から視線を外し、アリスを見る。


 「ダンジョンに行くから無理」


 野郎二人の目からは悪鬼がなりを潜め、気味悪い笑みを浮かべる。


 「そう言うと思った」


 「ナグモさん。そしてクジョウさん」


 「我々はお暇ですので。ご一緒しますよ」


 「ごめん。他の友達とかもいて二人は無理っ!」


 両手で手を合わせて謝るアリス。


 二人とは行けないから、そのような断り文句を言ったのだろうか。


 しかし、セリフのチョイスを間違ったな。


 『二人は』とはつまり『一人なら』問題無い訳だ。俺が誘われた訳だし。


 さて、醜い男の争いを見物しながら昼食の続きといこうか。


 場所は変わってギルドに到着した。


 受付を済ませて着替えてから、ダンジョンへと向かう。


 「さて、色々と調査したいところだけど。まずは五層に進めるか」


 ライムの分裂体を一体用意して一層に放置、その後俺達は五層に向けて動き出した。


 きちんと作戦は機能しているのか、少しだけライムのサイズが大きくなった気がする。


 あくまで微々たる差だけどね。


 「でも、このまま大きくなると抱っこできなくなるのか」


 寂しい気持ちを抱えつつ、そう呟くとブルンっとライムは震えた。


 何を考えているのか分からないけど、大丈夫かな?


 五層に到着してから配信をスタートする。


 「サキュ乙、サキュ兄のライブが始まるよ!」


 瞳を中央に指で挟むようにピースして、ウインクの形を取る。


 視聴者アイディアの最初の挨拶を試してみた。


 あまり恥ずかしさはないが、アリスが見ていると思うと途端に恥ずかしくなる。今は観てないと思うけど。


 前言撤回、ユリ達に見守れながら言うのはめっちゃ恥ずい。


 “案が採用された”

 “もっと胸を突き出してくれ”

 “尻が良い”

 “サキュ乙気に入っているのかな?”


 などのコメントが寄せられたが、皆は俺に何を求めているのか分かりやすい。


 「さて、まずはホブゴブリンやアイリス、ローズの鬼人のような見た目に進化した君らの実力を把握したい」


 ホブゴブリンの戦闘能力は情報的には知っているが、それは分かっているとは言えない。


 アイリス、ローズはユリのような進化をしているために、強さは未知数だ。


 ユリは普通に鬼っぽい二本の角だが、ローズは左側の額から捻れた禍々しい角が一本、アイリスなんて頭のてっぺんから真っ直ぐ角が伸びている。


 「姫様、その前にやる事があると思うぜ」


 「姫様!?」


 そう言えば、あのゾンビとの戦いの時も俺の事をそう呼んでいた気がする。


 戦いに集中していたからか、あまり気にしてなかった。


 「ね、姫様は止めない?」


 それだとまるで俺が女の子みたいじゃないか。


 「え⋯⋯俺にとっては姫様は姫様だからな。それにコイツらもそうだぜ」


 ホブゴブリン達の方を見ると、その通りだと言わんばかりに右手を挙げる。


 なんてこった。俺はコイツらにとって姫様なのか。


 「認めたくねぇ」


 “そう言う認識だったのね”

 “ホブゴブリンの中にメスはいるのかな?”

 “全員の認識がお姫様か。サキュバスが⋯⋯”

 “執事に御奉仕するお姫様、おっとティッシュが”


 他の奴らを見ても顔を縦に動かすだけだった。


 皆の中で俺は姫だったのか。


 「よし。忘れて話を戻そう。やる事って何?」


 「そりゃあ、ゾンビ一体だけだと可哀想だからさ」


 「は?」


 「姉御、ローズ、そう思うよな?」


 やめろ。答えの分かりきった方向に同意を求めるな。


 待て、ローズならまだワンチャン!


 「オニキスと共にゾンビを探して参ります」


 やる気満々なのっ!?


 しかもウルフと一緒に探しに行くってガチやん。ガチガチのガチやん。


 ユリは⋯⋯当然のように視聴者と共に会議を始めようとする。


 「ダメだ。進化しても根本は変わらねぇ」


 落胆しながら、地面に座り込む。


 寧ろ進化したせいで、俺の身長にホブゴブリンが近づいた。そのせいでよりポーズが精密に決まりやがる。


 俺は何を見せられているんだ。クソっ!


 しかも、しかもだ。


 喋れるのはユリだけだったのがアイリスまで増えた。戻ってきたらローズもだ。


 俺の鼓膜に届く声が純粋に二倍、三倍となる訳だな。


 その言葉は耳を塞いでも聞こえてしまい、俺の心をキュッと締め付ける。


 「誰か、俺に救いの手を差し伸べてくれ」


 すると、会議に参加していたライムが戻って来て、身体を伸ばしてくれる。


 「ライム⋯⋯」


 あ、感動の涙が⋯⋯。


 その身体を掴んで立ち上がると、ライムは視線を進む道へと向けた。


 「⋯⋯え?」


 感動の涙は止まり、完全に枯れ果てた。


 戻って来たローズと笑顔でその方向に向かう仲間達。


 「行きましょうご主人様!」


 「一体の奴を発見致しました主人」


 「そんなの、あんまりだ」


 期待させておいて!


 “さて、今日はかなり健全だぞ。見た目は”

 “セリフもギリギリだとは思わないが大丈夫だ”

 “頑張れサキュ兄!”

 “己の羞恥に打ち勝つんだ”


 “最大の敵は羞恥心だぞ”

 “君なら、できる”

 “応援してるよ!”

 “がんばっ!”


 視聴者と仲間達の心を一つに応援された俺は剣を鞘ごと外して、手に持つ。


 「ああ、やってるよ! もうすぐで一ヶ月でもう五月だ。百近く魅了して来たんだ。俺なら行ける!」


 “それは盛りすぎ”


 俺はゾンビの前に覚悟と決意を胸に飛び出し、剣を股で挟む。


 剣先の部分を地面に着け、唇に柄を当てる。


 「⋯⋯」


 “おっと、ポーズだけでも赤面だ!”

 “セリフを思い出したのか!”

 “後は言葉を出すだけだ。出すだけ!”


 「あ、貴方、貴方のから、身体ははは、この剣、より、よりも、硬い⋯⋯ですか?」


 “『わよね』が『ですか』になってるの恥じらいが出てる”


 ⋯⋯俺はゾンビ相手に何で誘惑しているのだろうか。


 頭はなぜか冷静で疑問が溢れて来る。


 「ああ、死にたい」


 魅了は成功したけど、俺の心はボロボロだった。


 そして忘れていた。アリスも普通に観て来ると。


 もう一度、心を込めて言おう。


 「死にたい」





◆あとがき◆

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