第50話 理解者は心の支え、恥ずかしいを増幅させる

 アリスを家に送り届け、一旦戻ってから警察を待ち最初の映像を提出した。


 被害者からの説明が求められたが、後日にして欲しいと頼んだら快く快諾してくれた。優しい警察官である。


 俺の渡した映像はしっかりとした証拠となり、身に受けた傷も証拠として撮影した。


 「色々と殴られたりとかしてるけど、良く普通にしていられるね」


 「それは⋯⋯たまたまです」


 もちろん、致命傷は避ける動きはしていたし、受けるダメージも軽減させる行動をした。


 しかし、この事は別に言う必要は無いので黙っておく。その方が都合良さほうだしね。


 映像に関しては、俺がボコられている映像しか無く、反撃開始から既に録画はオフにしている。


 種族によって反撃したのは、倒れている人達を見れば一目瞭然だろうが、特に罪は無かった。


 これからさらなる調査が入るだろう。


 シオトメ及び半グレ達の悪事は表に出た。後は裏まで調べられるだけだ。


 俺は探索者であり高校生。後は関わらない事が俺にできる事だ。


 アリスにも後日警察がやって来る事を伝えた。


 暗く重い空気の中、アリスは震える声で言葉を絞り出す。


 「はぁ。怖かった」


 「アレで怖くないって感じた人がいるなら、肝が座り過ぎだな」


 「キリヤは怖かった?」


 ぶっちゃけ怒りで我を忘れそうなくらいであり、恐怖は全く感じなかった。


 あいつらよりも自分の方が強いって言う、自信と傲慢さ故か、あるいは眼の力でアリスを助けられると確信していたか。


 理由は今となっては分からないしどうでも良いだろう。


 慢心しているようなら、気を引き締めないとならない。


 この事を忘れて、アリスにはいつものように過ごしてもらいたい。


 心に負った傷は簡単には癒えないけど。


 そして問題がある。


 話を切り替えて笑いを持って来るにはこの話題が一番だろう。


 ⋯⋯だけど、俺の口から話したいとはとてもだが思えない。


 「でもまさか、世間で話題のサキュ兄がキリヤだったとわねぇ」


 「知ってたかぁ」


 顔を両手で覆って見えないようにする。


 「まぁ有名だし? 友達も観てるよ。そっか。キリヤが暗い感じだったのと、ゴブリン達が全滅したタイミングが一緒だったのは偶然じゃなかったのか」


 ちゃんと観てたのかな?


 「でも、なんでアタシには言ってくれなかったの? 笑うと思った?」


 不思議そうなアリスの目を見て、コクリと頷いた。


 すると、彼女はニヤリといつものように笑みを作り出した。


 「せいかーい。だってめっちゃ面白いじゃん!」


 「相変わらずの性格のようで」


 「褒めてくれてどうもありがとう。でもさ、笑ったかもだけど、バカにはしないよ。種族ってのは結局はガチャ。そうなって、しまうのも⋯⋯ぶふつ」


 「慰めるか笑うかどっちかにしてくれない?」


 結構傷つく。


 アリスは俺の目の前でサキュ兄のチャンネルの登録ボタンをタップした。


 嬉しいのか嬉しくないのか、複雑な気持ちで見守っていると通知もオンにした。


 「これからは一人のファンとして観るね」


 「止めて!」


 「絶対に嫌だね」


 知り合いにアレが観られると思うと、いつも以上に恥ずかしいしガチで死ねる。


 ⋯⋯あれ?


 それって寧ろ視聴者達が望んでいる光景なんじゃないのか。


 クソっ!


 「あーあ。でも、アタシがキリヤの最初の登録者に成りたかったな」


 虚空を見つめ、ボソリと呟いた。


 「そうだな。俺もアリスが一番目だったら嬉しかったかもな。それがサキュバス及び性別の変更される種族以外だったらの話だが」


 再び笑い出すアリス。


 これからは知り合いに観られながら魅了すると言う、普段よりも恥ずかしいと言う気持ちに支配されるだろう。


 あー憂鬱だ。もう魅了するの止める?


 「防具とかどうしてるの?」


 「不格好だけど、籠手こてとか胸以外の軽装をレザーアーマーの上から装備している感じだな。だから胸元の防御面が少し不安」


 「そっか。ギルドに武器防具は管理されちゃうもんね。そうすると女性物⋯⋯ぶふっ」


 コイツ逐一想像しては笑ってやがるな。


 でも実際問題そうなんだよな。


 管理されちゃうから男物の防具しか選べないし、そうすると体格が違いすぎて防具の装着が難しい。


 今の初心者用レザーアーマーもいずれは限界が来るだろうし、翼や尻尾のせいで既に破けてはいるけど。


 「ならさ。こうしない?」


 「ん?」


 「アタシが形だけ探索者になるんだよ。ダンジョンには入らないよ? やっぱり種族になるのは抵抗あるからさ。ただ、探索者登録して防具をサキュ兄のサイズで選ぶ、後はアタシがそれを管理すれば良い的な?」


 着替えは最悪ダンジョンの中でもできるし、ホブゴブリンは大きいので壁にできるだろう。


 悪い話では無い。


 「でも良いのか?」


 「うん。もしもキリヤが助けてくれなかったら、アタシは⋯⋯想像もしたくないや」


 乾いた笑みを浮かべる。俺も想像したくないので思考を停止して真っ白にする。


 「そのお礼って事でさ」


 「それだと一々ギルドに一緒に顔を出す事になるぞ。面倒だろ」


 「そうだね⋯⋯でもさ、そんなの今更じゃんか。買い物ついでとか色々とできる事もあるしね。素直に受け取りなさいな」


 「分かった。助かる」


 今後も深く潜って行くにはどうしても必要な事だ。


 防具がなくては仲間が心配して、最悪俺を守るために命を使うだろう。


 それは避けなくてはならない。


 ゴブリン達も進化したし、一人一人の防具を選んでやるのも良いかもしれない。


 「そろそろ金も貯まるし、頃合か」


 「ん?」


 自分だけの世界に突入している事に気づいたアリスは少しの間俺を放置。


 その間に誰にどのような武器防具を選ぶべきなのかを考えていた。


 今後の事も考えながら選びたい。


 ホブゴブリンのサイズに合った防具を一人分選び、武器は二人分は選べそうだ。


 使える金はだいたいそのくらい。


 ゾンビの魔石は500円、ソルジャーから1000円。低いけど今の俺にとっては大きい額。


 今後も効率的に狩りができたなら、近いうちにホブゴブリン全員の装備を人間製品にできる。


 「これは⋯⋯ワクワクするな」


 効率的に狩るためのルートを模索し、訓練を交えながら行う。


 ゾンビソルジャーも油断しなければ俺抜きでも倒せるはずだ。前回だってイレギュラーが起こっても生き残った。


 絶対では無いが、可能性は高い。


 ホブゴブリンにも進化したし、何個かの部隊に分けるのはアリだよな。


 「そろそろ戻って来て」


 「へっ?」


 吐息が肌に触れるレベルに目を覗き込んで来たアリスに素っ頓狂な声を出してしまった。


 「動画観て思ったんだけどさ。サキュ兄⋯⋯キリヤって飛行苦手でしょ?」


 「朝のルーティンに練習を組み込んではいるが、恥ずかしくて常に全力を出せずにいるせいで、はい。直球で言うとそうです」


 正座しながら敬語で話すと、アリスは『何してんだ?』って目で見てくる。


 「そこでさ。先生の所行かない? ちゃんとした訓練しないと、今のままだと厳しいでしょ」


 「それだけは嫌だ!」


 「なんで?!」


 アリスは心の底から驚いているだろう。


 なぜか? 理由は簡単だ。


 「絶対に煽られる!」


 「あー」


 ほらね。思ってんだろ?


 それりゃアリスと俺は同じ先生から訓練を受けたんだ。当然共通認識ってのはある。


 「でもさ、やらない事には上達しないよ? 世の中、やるか、やらないか、だからさ」


 「うぐぅ」


 「服とかも専用のをアタシの方で用意するよ。その方が変じゃないだろうしね。ちゃんと考えておくんだよ」


 それだけを告げて部屋を出て行き、自分の家へと帰っていく。


 ついに自分の種族と向き合い、本気で訓練する日が来るのか。


 先生のところに行けば、高速飛行のコツが掴めるかもしれない。


 満月を見た時のような、種族が馴染む感覚が掴めるかもしれない。


 世の中、やるかやらないか。


 「嫌だなぁ」


 だけど人間、そう簡単には変わらないのだ。




◆あとがき◆

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