第19話 ユリはロリコンを製造する
もちつけおれっ!
一体どうなっているんだ?
テイムモンスターが進化するって言うのは知っている、あくまで知識的な事だけど。
だけど、それには経験やら条件やら色々とあったはずだ。
俺はゴブリンの進化条件を満たしてないし、経験もそこまで積んでない。
なのに進化しただと?
「いやいや」
それ以前に、だ。
本来二層のゴブリンが進化したらホブゴブリンっと言うモンスターに進化するはずだ。
なのに、俺の知識にもない進化をしているだと?
「誰にも知られてない条件を達成していたのか? 分からないな」
ユリ以外にも同じような条件でゴブリンが進化するなら、その中にあるんだろうけど⋯⋯難しいな。
まず、ユリと同じような事をできるゴブリンをそう簡単に見つけれない。
本当に偶然、奇跡の産物だろう。
「な、なんだこれは?!」
自分の角を触って、驚いている。
“可愛いな”
“ずっとこのままでいてくれ”
“最高!”
“美しいサキュ兄と可愛いユリ、癒しのライム、完璧の布陣やん”
“尊い”
“尊( ´ཫ`)死”
“まじかー良いな”
“性別も関係しているのかな可愛い”
“僕の子にならないかい?”
“ある意味俺とサキュ兄の子供”
“こりゃたまらん”
“ユリからロリコン製造機って改名しようぜ”
自分の角を引っ張って、痛がっているユリを止める。
「ごしゅじんさま、どうしたのでしょうか」
「わ、分からん。何か痛いところとか、変なところはないか?」
「このへんがぼわーってなってます」
頭を指さしながらそう言う。うん。分からん。
身体とかには問題は無かった。もうすぐ帰る時間になるし、ここに来る間に発見した広い空間でユリの進化がどのようになったのかを確かめようと思う。
移動して、ユリの身体の具合を確かめる。
動きに問題は無いどころか、しっかりと進化の影響もあり、身体能力の向上は火を見るより明らかだった。
「ご主人様、剣がいつもよりも速く振れます!」
言葉も普通に出せるようになり、子供のようにはしゃぎ喜ぶ。
もしかしたら、本当に子供なのかもしれない。
「良し、一旦ゴブリンの皆とユリで模擬戦してみてくれ」
ゴブリン達が嫌そうな顔をした。
訓練で模擬戦をやると、毎回ボコボコにされているのでしかたないだろう。進化したらその差は歴然。
だけど、ニコニコの笑顔で強要すると、渋々と言った様子でユリに剣や槍を向ける。
“今日はもうエロはなさそう。可愛いがあるから良いや”
“今後はユリちゃんを使って魅了するのかな犯罪者予備軍”
“ロリコン! ロリコン!”
“ユリちゃんをください(切実)”
ゴブリン達が一斉に襲いかかると、ユリはしっかりと間合いを計算して、全てを躱す。
剣は使わずに、片手を利用しての体術で一体、また一体とゴブリンの体勢を崩す。
地面に背中を着いたら敗北と言うルールがあるので、敗北の数を重ねる。
同時に襲いかかる攻撃も剣の一薙で全て弾き、近くのゴブリンの懐に飛び込んだ。
攻撃を弾かれて体勢の崩れたゴブリンでは反撃に移る事は不可能で、足を引っ掛けられて転ばされる。
残ったゴブリンはアイコンタクトで連携を決め、ユリを囲んだ。
「なぁライム、ユリなんかすっげー強くなってね?」
スライムのライムに話しかけると、同意する様に身体を震わした。
一度の進化でここまで技の精度が上がるモノなのか?
「人間の俺が技を教えて、人間の身体に近寄ったから技術が向上したのかな?」
適当な仮説を建てつつ、ユリの模擬戦を見守る。
ゴブリン達と今のユリとでは圧倒的な差が存在しているようで、攻撃をしっかりと躱しながら連携を崩す。
連携練習にユリも参加していたので、当然連携はユリにも把握されている。
数十分と持たずにユリはゴブリン達を薙ぎ倒した。
降参と言わんばかりの顔をゴブリン達がする。
「ご主人様やりました!」
嬉しそうに近寄って来るユリを昔の妹と重ねてしまい、無意識に頭を撫でる。
「ん?」
頭を撫でると言う行為を理解できないのか、ユリは目を点にして首を傾げている。
「ご主人様!」
「どうした」
「このサラサラした邪魔なの、切って良いですか?」
伸びている自分の髪の毛を引っ張って、言って来る。
確かに長い髪って邪魔だよね。俺も邪魔だもん。
だけどサキュバスの髪の毛って切ってもすぐに元の長さに戻るんだよね。
“やめてくれ”
“ユリちゃんの意思は尊重したいけど、今のままが良い”
“頼む!”
“そのままが良いでござる!”
「ユリのやりたいようにやるんだ」
「はい! 仲間達は皆動きやすそうに丸いですからね、私も⋯⋯」
仲間と違うのは嫌なのか。
剣を髪の毛に伸ばしたユリだが、その手をピタリと止めた。
「なんでしょうか。なんか、この毛を切るのを拒絶しているような⋯⋯」
「まだ慣れない事ばかりだろう、慣れてから、決めるってのも手だぞ」
「⋯⋯はい。当分はこのままにします。目に頼らず空間を把握する能力も鍛えたいので、ちょうど良いかもしれません!」
ポジティブは良い事だ。
成長とモチベは直結している。モチベが低いのに努力しても、成長は遅い。
「あれぇ?」
「ユリっ!」
ふらっと揺れて倒れそうなユリを支える。進化した直後だからか、体力切れのようだ。
「タイミング的にも良いか」
そろそろ帰ろうと考えた時、俺の背筋を突き刺すような嫌な感じがした。
すぐさま振り返ると、黒い体毛に覆われたウルフがやって来ていた。
「う、嘘だろ」
“ダークウルフ!”
“マジでないわ。ダンジョンマジでないわ”
“逃げてはよ”
“さっさと動け”
「逃げるぞみんな! 急げ!」
ダークウルフ、三層のレアモンスターであり、ウルフの上位の存在、亜種。
その強さはゴブリンで数えるなら六体分だ。
それだけじゃない。
その強さはあくまでも身体的能力などの話であり、他の要素、種族的能力を加味するとさらに上がる。
「まずいまずい」
ユリを抱えてダッシュする。
ダークウルフはその場から動かず、俺達の逃げる姿を見て、ニヤリと嗤う。逃げ惑う玩具を見る顔。
魔法陣が展開され、そこから黒い球体がゴブリン達に襲いかかる。
「回⋯⋯」
回避と叫ぼうとしたが、それよりも早くゴブリン達の身体に穴が空く。
「あ、あぁ」
またか。またなのか。
冷静に来たつもりだった。ちゃんと訓練したつもりだった。
なのに、たった一体のレアモンスターに全てを壊されるのか。
なぜだ。なんでだ!
ふさげるな!
いくら叫んだって、嘆いたって現状が好転する事は決してない。
「ユリ、ライムを連れて逃げろ!」
俺はユリを置いてライムを預け、剣を抜いてダークウルフに向かって駆け出した。
魔法は魔法陣が展開されてから一秒後に真っ直ぐと放たれる。
それが分かったのなら、回避は簡単だ。
「もう仲間は、死なせないって、決めたんだ!」
俺が剣を振り下ろす、怒りと悲しみを込めて、全力で。
しかし、悲しい事にそれは奴の身体を浅く斬っただけだった。
ダークウルフは俺を見る事無く、横切り、後ろにいるゴブリン達をその強靭な牙と爪で殺していく。
「止めろ、止めろぉぉぉぉ!」
俺が駆け出してダークウルフを攻撃しようとした瞬間だった、ゴブリンが前に現れた。
その目は、ウルフの集団に抗っていたゴブリン達と同じだった。
死を覚悟した目。そして、俺を生かそうとする目。
ゴブリンが叫んだ。
「ぐっ」
今まで見た事のない速度で腹を蹴られて、飛ばされた。
「何を⋯⋯」
ゴブリンとウルフの隙間を縫って出て来たユリとライム、ユリが俺を抱えてダッシュする。
さっきまで倒れていたとは思えない程に、必死に走っている。
「何する、放せ、放せよ!」
皆が戦っているんだ。俺も戦わないとダメだろ!
手を伸ばしても届かない。段々と離れていく。身体に力が入らない。
止めろ、止めてくれ。
ゴブリンの最期の咆哮、命をかけた僅かな時間稼ぎ。
仲間の中で一番強いユリを生かすための行動。
ダークウルフに何体ゴブリンが挑んだって、死ぬ運命は変えられない。
──俺はまた、仲間を失ってしまった。
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます!
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