第18話 おや、ユリの様子が⋯⋯?
ウルフの上にゴブリンが乗って、騎馬兵のように戦うモンスターが三層に稀に現れる。
別にそれが亜種と言う訳でもレアモンスターと言う訳でもない。
ただ、何かしらの関係でそう言う協力関係が結ばれてしまうのだ。
そうなったゴブリンは少しだけ厄介である。
「ウルフとゴブリン⋯⋯二体だけしかいないけど、ここは危険だから避けるべきだな」
未だにウルフの魅了はできていない。
俺が踵を返して、皆で戻ろと思った時、ユリが俺の裾を引っ張って来る。
目を向けると、戦いたいと言う強い意志を秘めた瞳が俺を見つめていた。
安全策ばかりを取っていても成長できない。そう訴えられている気がした。
だが、その意志を俺は受け取れない。
失うのが怖いのだ。
身勝手に魅了して利用していると言うのに、死ぬのは悲しい、だけど敵対するモンスターは普通に殺す。
自己中なのは理解している。理解した上でそう思うのだ。
欲張りでわがまま。それが俺だ。
「ユリとライムは初期から一緒にいるんだ。失うと考えてしまうだけで、心臓が締め付けられるように痛くなる」
俺は逃げるように説得しようとするが、ユリの意志は変わらない様子である。
自分の言葉は、届かない。
ユリは別に勝算が無い訳じゃないのだろう。彼女の目からは死への恐怖を感じない。
死なない、勝てると確信している。
人生の選択肢に正解なんてのは無い。
「分かった。俺がゴブリンの方を押さえつけるから、ウルフはユリがやれ。良いか?」
ユリが剣を握って、天井に向けて掲げた。
それを確認して、俺の覚悟も固まった。
“戦うのか?”
“大丈夫なのか?”
“エロの催促ができない空気”
“気をつけてね”
“もうサキュ兄の悲しむ顔は見たくない”
“ほんとそれ”
“頑張れ”
“油断すんなよ”
相手の動きを見て、こちから視線を外した瞬間にまずは俺が出る。
翼を限界まで閉じて空気抵抗をなるべく抑え、ダッシュで接近する。
滑空状態だと加速するのに、普通に走る時は邪魔になる。
種族は不思議だらけだ。
ウルフの嗅覚に察知されるギリギリまで走って迫り、入る瞬間に蹴って翼を広げて滑空の加速を利用する。
鞘から剣を取り出し、先端でゴブリンのまつ毛辺りを撫でる。
舞う鮮血を浴びながら、空中で横回転をして、ゴブリンをウルフの上から蹴り落とす。
すぐに臨戦態勢に入る二体だが、ウルフの後ろからユリが迫る。
対処しようとウルフが振り向くので、そちらはユリに任せる。
本来ならユリにゴブリンの相手を任せるのが普通だ。ウルフなんて危険だ。
“ウルフと戦うの?”
“まじでやめろよ”
“負けるくね?”
“なんで〜”
ユリは他のゴブリンとは違った。レアモンスターと言う訳ではなく、通常のゴブリンなのにだ。
魅了する前から訓練に励み、仲間になってからも研鑽を積む。
俺が剣を教えるとしっかりと覚えて、自主練も行う。
誰よりも強さを求め、俺が一人でウルフと戦う時もしっかりと見ていた。
見ては動きを真似して、自分の身体に叩き込んだ。
だからウルフを任せた。
一人で倒せる可能性は低いだろうが、それと同じくらいに死ぬ可能性も低い。
時間を稼いでくれたらそれで良い。
ユリが大ダメージを受ける前にゴブリンを倒して、加勢に向かう。
「最速で殺る!」
相手の動きをしっかりと見て、攻撃の軌道と間合いを予測する。
空いている左手で剣を受け流し、ロングソードで相手の喉を狙って垂直で突き刺す。
場所さえ考えていれば、手でも剣は受け流せる。
ぐさりと刺さった剣を横に薙ぐ。
切断された首から血飛沫を噴射して、力無く後ろに倒れる。
ゴブリンを倒すのに使った時間は一分にも届かない。
“エグイな”
“まじで鬼人とかの身体能力が純粋に高い種族だったらどれだけ強いんだよ”
“サキュバスだから俺達はサキュ兄に逢えたけど、もったいない気がするな”
“運があるのかないのか”
すぐにウルフの方に駆けつけようと振り返ると、俺は足を止めてしまった。
目の間に広がる光景に。
「ユリ⋯⋯お前」
俺は見誤ってしまった。
ユリの強さを。
俺の動きを見て、自主練に励んでいたユリの実力を。
「頑張れ⋯⋯」
ユリはウルフに遅れを取らない。それどころか、押している。
噛みつき攻撃はしっかりと横にステップして躱し、爪での攻撃は身体を捻って躱してから腹を微かに剣で撫でる。
深さはとても浅いが、しっかりとダメージを与えている。
反対にユリには一度も攻撃を受けてない。
「行けるぞ!」
だけどユリは上下に揺れている。疲れが急速に溜まっているのだろう。
相手の身体能力はお世辞でもユリより低いとは言えない。
そんな相手の攻撃を一度でも受けたらゲームオーバーだ。
特に噛みつきの攻撃はやばい。
それを分かっているからこそ、集中力を研ぎ澄まして常に全力で動いている。
それが疲れを加速させている。
このままだと勝負はウルフが勝つ。
“不味くない?”
“そんなのサキュ兄が一番分かってるだろ”
“なんで助けにいかないの?”
“ほんまそれ”
助けに行こうと一歩を踏み出すと、ユリが鬼気迫る目で俺を睨む。
手を出すなと、そう言っている気がした。正しくは、出さないで欲しい、か。
ユリは一人でウルフに勝ちたいのだ。魂の奥底から、そう願っている。
その想いを受けてしまって、受け取ってしまって、俺は動けないでいた。
何度目かのユリの攻撃、今回も浅くだが刃がウルフに切り傷を与えると誰もが予測した。
しかし、その攻撃は皆の期待を裏切るかのように外れた。
間合いを見誤ったのだ。
驚きで動きが鈍くなったユリにウルフの牙が迫る。
それを地面に転がりながらギリギリで回避し、突きの構えを取る。
それは配信で俺がスライムを倒す時にした時の構えと一緒である。
俺の得意技の一つで、ユリにも教えていた。
急に止まったユリにウルフは真っ白で凶悪な牙を剥き出しにして迫る。
あと一、二歩でその牙がユリの頸動脈を噛みちぎるところまで迫る。
とても近い間合い。そこでユリは動く。
相手の走った加速が十分に乗り、身体の捻りの勢いを乗せた剣。
その二つがしっかりと先端で最高の間合いで衝突し、回避もできない突きをウルフは脳天で受ける。
自分の走った勢いも乗った事により、剣は深く突き刺さった。
ウルフがピクリとも動かなくなると、ユリは剣を抜いた。
そして、俺の方を向く。
「ナイスだユリ。良くやった」
俺がそう言うと、ニッコリと笑った。
“ゴブリンなのに凄くイケメンに見える”
“女の子らしいけどね”
“すげええええ!”
“まさか自分よりも強い相手に技術で勝つとは”
“良くやった!”
“ユリってゴブリンにしてはまじで強いな!”
“期待の仲間だな!”
“右腕確定”
俺がユリに近づくと、身体が光出した。
「ユリ!」
“何事?”
“勝ったのに失うとかヤダなんだけど。ユリいなくなったら俺はもう来ないからな?”
“ど、どうしたの?”
“まって。これテイマーなら分かるぞ”
ユリの身体が少しだけ大きくなり、額から角のようなモノが伸びる。
布一枚だった服も大きくなる。
光が消えると、そこには女の子が立っていた。
身長は小学一年生くらいで、額からは二本の角。肌の色は人間に近い。
服は布一枚だったのが、上下しっかりと着ている。Tシャツっぽい。
武器は変わらずにボロボロだけど。
「あるじしゃま、これりゃ?」
慣れない言葉は聞き取りずらい。だけど、はっきりと言葉を発した。
“進化だこれ!”
“マジかよwwはやっ!”
“え、てかこんな進化ある?”
“ゴブリンの進化ってホブゴブリンじゃなかったけ?”
“イレギュラー起こったんだが? まじでサキュ兄時の人になるって”
“やべぇなぁ”
“なんか特別な条件を達成してたかも”
“進化の分岐ってやつか?”
“どんな条件だ? ウルフを倒す?”
“言葉を出せるくらいに知性の高い状態に進化?”
“レベチやん”
“やべぇなまじで”
◆あとがき◆
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