第15話 目玉焼きにはケチャップをかける派です
“惚れてまうだろ”
“身を挺して守るとかカッコイイね!”
“でも怪我はすぐには治らんね。そんな能力サキュバスには無い”
“精力の回復は早いのにな”
皆が俺を心配そうな目で見守ってくれるので、ニカッと笑って大丈夫だと証明する。
明るく元気に振舞ったところで、腕の怪我が消えている訳じゃないけどね。
「⋯⋯時間もそろそろだし、帰ろうか」
俺は訓練によって両利きなので、左手でも剣を扱う事はできる。
右腕に深くくい込んだ牙の痕が痛々しい。
止血はしておいたが、流れ過ぎている。
急いでギルドに戻らないとな。
ゴブリン達に守られて俺は一層まで到着する事ができた。
視聴者に終わる事を伝えてから、ダンジョンの外に出る。
「ぐっ」
種族が人間に戻っても傷などはある程度継続される。厄介な仕様だ。
だから傷と痛みが今の俺にもあり、右腕から血がじわりと流れる。
服に染み込んでベタつく。
建物の中が汚れては迷惑だし、急いで移動をする。
ギルドの奥に用意されている療養施設に足を運ぶ。
「お? わけぇもんが来たな」
俺に最初に気づいてくれた女性の先生に案内されて、椅子に座って言われるがままに腕を見せる。
止血したと思った腕だが、血は徐々に流れており、怪我の確認をするのと同時に流れが増した。
血が流れ過ぎたせいか、右腕の感覚が徐々に失われつつある。
「まずは止血するかぁ。回復魔法が1番手っ取り早いけど、どうする?」
「金が無いので遠慮します」
「そうかぁ」
血を止めて綺麗にしてから、包帯を巻かれる。
ただの包帯ではなく、再生能力を向上させる効果があったり、痛みを和らげて後遺症を薄くする効果もある。
探索者ならば無料で得られて使える特別な包帯だ。
「明日の昼には完全に治ってると思うが、完治じゃない。明日はダンジョンに行くな。わけぇうちから無茶ばっかしてっと、すぐに壊れるからなぁ」
「はい。ありがとうございました」
お礼を述べてから退室する。
先生の意見をしっかり聞いて、明日は自主トレだけに控えておく事にする。
鍛錬を休む訳にはいかない。
受付に向かって、手に入れたアイテムを売却する。
「俺は憧れの存在に近づいているのだろうか?」
正面、ビルの上の付けられたテレビに探索者インタビューが流れていた。
俺の目標としている人ではないが、有名な探索者の一人だ。
探索者としての、配信者としての、憧れの人達に俺は近づけているのだろうか。
再び、その疑問を心の中で問い返した。
家に帰ると、妹とアリスが格闘ゲームで楽しんでいた。
アリスが負けている。
「やめ、やめろおおお!」
残機を全て失ってアリスが負けた。
「もう一戦!」
「そんな⋯⋯もう三十回連続だよ?」
「どんだけ負けてたんだよ」
その呟きでようやく俺の存在を認識してくれたのか、二人が振り返った。
晩御飯の時間がもう近いので、二人はゲームを切り上げる。
「⋯⋯ん? ちょっとキリヤ」
「なんだね」
アリスが俺の右手を掴んで、上げる。
真っ赤に染まった包帯が顕になる。目ざとい。
「⋯⋯何があったの?」
「ちょっとヘマしただけだよ。深い傷じゃないから明日には治る」
「そうじゃないでしょ。傷の大きさなんて関係ない。怪我している事が問題なの」
「探索者なんだから、怪我はしかたないだろ」
俺が目を逸らしながらそう言うと、アリスの顔が険しくなる。
確かに、この発言は俺が間違ってるな。
「しかたないですませられる事じゃないんだよ。分かってるよね?」
「ああ。そうだな。次は⋯⋯次からは怪我なんてしないさ」
「ほんと、気をつけてね」
怪我をすると言う事は攻撃を受けたと言う事。
確かに、探索者にとってそんなのは日常茶飯事だろう。
しかし、時にそれは命を一気に刈り取る可能性だってあるのだ。
怪我するのはあたりまえとは思ってはならない。
「でも意外かな。キリヤが序盤で攻撃を受けるなんて」
「それは俺の実力を信用しているって事かな?」
「そうだよ?」
「だったら、その認識は違うな」
「そうだね。実際こんな大怪我したんだから」
そう言って強く握って来る。
「いってぇええ!」
アリスの握力は俺の年代の男子の平均握力を普通に上回るくらいには強いのだ。
そんな力で握られたら、怪我してなくても痛い。
「⋯⋯だからゴリラガールとか言われるんだぞ」
「⋯⋯もう片方も血に染めよっか?」
「全面的に俺が悪いでございます」
そんな茶番を終えて、ご飯を食べ終えた。
夜のルーティンを終えて、俺はサキュバスの姿になる。
服は脱いでおかないと、翼のせいでやばい事になるので、脱いでいる。
おかげで下着姿だよクソが。これが初期衣装とか絶対に嘘。
「やっぱり、種族の方が再生能力が高いな」
腕の回復が早くなる。肉眼で変化が見れるくらいには早くなっている。
少しの間、不本意ながらサキュバスの状態でいることにした。
少しでも早く怪我は治しておきたい。
俺は人間に戻ってから睡眠に入った。
◆
真っ白な空間。
何も無いただ白い世界。
だけど、なんとなく道があると分かったのでその道を進む。
どこに向かっているのか、全く分からない。
今の自分がどんな風になっているのかも、全くと言って分からない。
目の前に広がるのは雪よりも白い、真っ白な空間。だけど二つの道があるのをなんとなく感じる。
目ではなく肌で道が二つあると感じるのだ。
不思議な感覚に支配されていると、どこからともなく機械音が聞こえてくる。
ノイズを纏った声。
『選択しろ』
洗濯⋯⋯だと?
「確かに血ですごく汚してしまったな。でも、しっかり洗ったぞ? 洗濯だって、日替わりできちんと家族で回しているし」
『選択しろ』
あ、もしかして選ぶ方の選択か。
『運命は分岐する。選べ、得られる答えは無数に存在する』
俺は後ろをなんとなく振り返ると、そこに道は感じられなかった。
目の前の二つの道、どちらかを選ぶ必要がある。
その選んだ先に待ち受けるモノは無数に存在するのだろう。
だが、だがな?
「選べと言っても、どっちも同じ道に感じられるのだが⋯⋯」
それは選択と言えるのだろうか?
それともあれか?
左と右、どちらかを選べってか?
運命とかほざいているのに、なんともスケールの小さい事か。
◆
「うにゃ?」
いつもと同じ時間に俺は目覚めたので、いつものように準備を始める。
サキュバスで回復をしたので、怪我もかなり治って来ている。
ただ、今日は珍しく両親が早起きしていた。朝早くから仕事に行くらしい。
「目玉焼きにかける物だけど、醤油とソース、どっちが良い?」
うっすらとだが、見ていた夢を思い出す。
俺に選択を迫って来るおかしな夢。
あまり覚えてないけど、現実的な不思議な夢。
運命の選択、なるほど確かにそうだな。
目玉焼きに醤油かソースか、人それぞれ意見は違うだろうし答えも違うだろう。
その二つの選択肢は確かに、俺の運命を決める。目玉焼きに何をかけるか決まるのだからな。
だが、俺は、俺はな!
「ケチャップはないの?」
「ないのー」
「ガッデム!」
俺はケチャップ派だ!
しかたないので塩コショウを振りかけて食べる事にした。
朝のルーティンを終えて、アリスを叩き起して、学校へと足早に向かう。
「どう怪我は?」
「どうよ? 俺の見事なまでの再生力は?」
「はいはい。すごいすごい」
とても適当な返事を受けて、電車に乗り込む。
アリスはなんやかんやで俺の事を心配してくれていたのだろう。
昨日の表情、皆の顔を思い出す。
父親は居なかったので、母と妹の顔だ。
二人は青ざめていた。アリスは怒っていたな。
嬉しかったのは、それで探索者を辞めろと言われなかった事だ。
家族も俺の夢を応援してくれているんだ。
だから、こんなところでめげたりしない。
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます!
★、♡、とても励みになっています。ありがとうございます。
シリアスっぽい夢のオチが目玉焼き⋯⋯皆様は目玉焼きに何をかけますか?
作者は醤油派です。
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