第12話 信用とは重い責任を背負うこと

 正面のウルフに三体のゴブリンが囲んで突き刺そうとする、だが他のウルフがそのゴブリンに食らいつく。


 一瞬で崩壊した前線を見て俺は、ただ立ち尽くして見る事しかできなかった。


 なんで、動けないんだよ。


 助けに行っても、木の剣じゃなんの役にも立たない。殲滅力が低い。


 「止めろ」


 目の前で一体の仲間がその命を落とした。助けないと。


 動かないと。俺が何とかしないと。


 この場で一番強いのは俺だし、俺がゴブリン達の指導者だし。


 戦わないと。なんとしても、勝たないと!


 なのになんで、足が動かないんだ。金縛りにでもあってるのか!


 俺を守ろうとしたゴブリンが一体、泣きそうな目でこちらを見た。


 目と目が合った瞬間、そのゴブリンから震えが止まった。


 なんだその目は⋯⋯まさか。


 止めろ!


 そのゴブリンが剣を掲げて叫んだ。仲間を鼓舞するように。


 「止めてくれ! 頼むから!」


 俺の言葉は届かない。だってコイツらは、俺を本気で護ろうとしているから。その必要は無いのに。


 いや、遅かったんだ。ゴブリンの足じゃウルフに追いつかれる。


 見つかった時点でこうなる運命は免れなかった。


 本当にそうか?


 俺がもっと、指導者として優秀であれば、すぐに前線に動いていたら、今も尚食われている仲間を失う事はなかったんじゃないか。


 後悔が後悔を呼び寄せる。


 「嫌だ」


 最初に仲間になったゴブリン、普段から尻ばっかり見ているゴブリン。


 一人一人個性があった。そいつらが今、死んでいる。


 目の前で命の灯火を消している。


 俺のせいで。


 「⋯⋯ん?」


 はぐれ者のゴブリンが俺の尻尾を引っ張ってくる。


 まるで逃げろと言っているようだ。


 逃げられるか。今なら少しは助かるかもしれない。


 戦わないと。


 「あぁ?」


 ゴブリンが俺の木の剣を叩く。そうだ。


 確かにこの中で俺が一番強い。身体能力的に技術的に⋯⋯だが武器は?


 ボロくても、ゴブリン達の方が殺傷能力は高い。


 一体のゴブリンが叫んだ。


 『俺達の命を捧げる、逃げてくれ』そう言っているように感じた。


 ゴブリンは俺を逃がすために、命を使ったんだ。


 その想いを願いを汲み取らない、それが一番最低だ。


 「スライム。しっかり頭に乗っとけ」


 俺ははぐれ者のゴブリンを抱えて、空を飛んで逃げ出す。


 壁キックと滑空を利用したらウルフよりも速い。


 後ろ髪を引かれる思いを噛み締め、散り行く仲間達を背に、俺はただ逃げる事しかできなかった。


 一層にやって来た。壁にもたれ掛かる。


 “かける言葉が見当たらない”

 “意思疎通していた分辛いわな”

 “でもしょげたままだとねぇ”

 “ゴブリン達のためにも立ち上がって欲しい”


 皆、死んじゃった。


 「クソ。クソがっ!」


 はぐれ者がただ傍で見張ってくれている。何も言ってくれない。


 いや、言わないでいてくれているのかもしれない。


 少し冷静に考えよう。どうしてああなったのか。


 失敗したら反省だ。反省に反省を重ねる、そこに成長の道筋はできる。


 ゴブリン達は自信に満ち溢れた顔をしていた⋯⋯最初は。


 俺の命令を聞いてなかった。


 魅了の効果が薄かった? 信用されてなかった?


 逆だ。しっかり能力は発動してたし、信用されていた。


 だからこそ、俺の言葉を心の奥底で受け止めてしまった。


 ウルフには群れで連携したら勝てるって、そう思わせてしまった。勘違いさせてしまった。


 あいつらは俺に喜んで欲しいと思ってたから、自分達の意思で戦った。


 最期は、俺を逃がすために全員が命を投げてウルフと戦った。


 だと言うのに、俺は⋯⋯。


 あの中に飛び込んでいたら、途中で木の剣は折れていただろう。今、武器を見たらだいぶ酷使している事が分かった。


 ゴブリンの武器を俺が使ったらすぐに壊れる。


 「最低だ」


 それでも抗う事はできただろう。


 俺はあいつらを『魅了』と言う手段で洗脳して扱い、モンスターを殺させた。


 敵のモンスターを殺しても俺はなんとも思わない。


 だけど、自分勝手に洗脳した仲間が死ぬのは⋯⋯すごく辛い。


 自分勝手な意見だ。それは紛れもない事実だ。


 「信用されているから言葉が重い。それに気づかなかった。他にもある」


 俺は自分の力を過信していた。ウルフならなんとかなると、そう思っていた。


 想定外を想定してなかった。


 もっと話し合っておけば、解決していたかもしれない。


 もっと良い武器があれば、もっとゴブリンの数を増やしていたら、もっとゴブリン一体一体が強ければ、俺がゴブリンに剣を教えていたら。


 たらればを頭の中で連想しては、後悔がそれを潰す。


 「過去には戻れない。定まった運命は変えられない。視聴者さん、今日は、終わります」


 “やね”

 “次は反省会から始めよか”

 “おつかれ。ゆっくり休み”

 “ほな”


 はぐれ者のゴブリンが寄って来る。


 「ごめん。ごめんよ。弱くて、ごめん。仲間を死なせて、ごめん」


 スライムが慰めるように、頭をさすってくれる。辛いのが何となく伝わって来る。


 コイツらも辛いんだ。


 「ん?」


 はぐれ者が肩を叩いてきたので、見る。少しぼやけるな。


 ボロい剣を抜いて、掲げた。


 そして素振りに入る。


 「ああ。そうだな」


 悲しんでいても、何も始まらない。


 簡単には立ち直れないかもしれないけど、ずっと凹んでたら、あいつらも悲しむだけだ。


 「強くなろう。俺だけじゃない。お前達も、そしてまた仲間になる者達も、全員で。アイツらが全力で守ってくれた俺達の命が今よりも価値ある事を見せてやる」


 俺はギルドに戻る。


 すぐに受付に行く気分にはなれず、ベンチに座る。


 仲間にするゴブリン。また戦力は増やさないといけない。


 そのゴブリン一体一体を強化する。技術が上がれば強くなるだろう。


 次に武器だ。金に余裕ができたらより良い武器を揃える。


 一つ一つ、また積み上げる。


 今回のミスは次回はしない。慢心はしない。傲慢にならない。


 「君、辛い目をしているね」


 「え?」


 光で上手く見てないが、女性の探索者だと思う。雰囲気的に先輩かな?


 「その。他人に話す事では無いと思うのですが、かなり辛い事がありまして」


 「そうか。探索者と活動していると、遅かれ早かれ、誰でも辛い壁にぶち当たるもんさ。それで辞める人もいる。君は?」


 「俺はまだ頑張りたいです。いや、頑張らないといけないんです。自分のためにも⋯⋯アイツらのためにも」


 「そうか。なら頑張れ。辛い事があれば一旦休んで、反省して、そして進めば良いさ。取り返しのつかない失敗は大いなる成果で拭え、それじゃあね」


 「話を聞いて⋯⋯あれ?」


 もう居ないのか。お礼は言いたかったな。


 俺は着替えて、受付を通して換金してから家に帰った。


 今日はアリスは居ないが起きてはいたな。翌日は学校だ。


 とても憂鬱な気分で、朝のルーティンでも元気になれなかった。


 「おっす」


 「⋯⋯今日は自分で起きたんだな。サンドイッチ食うか?」


 「もちろん。うんじゃま行こうか」


 俺は何も喋らず淡々と歩いた。そしたらいきなりアリスが俺の脛を蹴ってきやがった。


 痛いんだけど?


 「なんか嫌な事あった?」


 「⋯⋯まぁな」


 「ならば私に話したまえ」


 「なんで?」


 「辛い事は誰かに話して共有した方が気が晴れるってもんよ。それにそんな話をできる相手は私しか居ないでしょ?」


 失礼な⋯⋯多分居るぞ。


 昨日の事を細かく話すなら俺がサキュバスだって事を素直に話さないといけない。


 あるいは洗脳系の能力がある種族か⋯⋯だが嘘はそう長く続かない。


 話してしまった方が楽なのだろう。アリスにしては気遣いをしてくれる。


 「別に良いよ」


 「ちょっとぉ。この聖母さながらの優しさを持つ事で定評のある私に、悩み事を話さないの?」


 「お前に話しても解決しないからな」


 「なんだとぉ!」


 プンスカ怒るアリスに苦笑する。


 こいつがわざわざ珍しく早起きまでして、俺のお悩み相談?


 そんならしくない事を。


 「相談しなくても気は少し晴れたからな。あんがとさん」


 「そっか」


 俺達は学校までの道を再び歩き出した。


 「最近駅地下に新しいカフェができたらしいよ」


 「友達と行って来い。そしてさっきの言葉は撤回する」




◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます!

★、♡ありがとうございます。とても励みになっています。


鬱展開っぽくてごめんなさい。挫折を味わった主人公はより強くなります。

今後ともサキュ兄やその仲間達の応援をお願いします。┏○

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