第10話 善意を塗りつぶす恐怖と憎悪

「時間稼ぎご苦労だった。貫太郎、カリン」

 私は龍を前にしても気負うことなく、貫太郎とカリンの前に立ち、魔力が生み出す結界で村全体を包み込む。



 結界は炎を退けて、灼熱の赤光しゃっこうに染め上がっていた村に青空を取り戻した。


 その様子をほうけた様子でカリンが見つめている。

「おや、カリン? 大丈夫か?」

「え、あ、ええええ!? おじさん!? なんで? いつのまに? っていうか、何、結界? 嘘、村を全部覆って!? どうやってここに!?」

「質問はまとめて欲しいものだが……ここに来たのは転移の術を使ったからだ」

「転移……?」


「だが、空間系魔法はややこしくてな。準備に時間が掛かる上に短距離しかできず、何度もできるものではない。そのため遅くなった」

「あ、あ、うん」

「あとは御覧の通り、龍の炎は結界で守った。それよりも傷の具合はどうだ? 一応、癒しの術を掛けておいたが、何か不具合はないか? 二人とも?」

「へ?」


 カリンは視線を自分の体へ移す。刀のつかから片手を離して開け閉めを繰り返し、貫太郎も何度か足踏みをして傷の具合を計っているようだ。


「えっと、大丈夫みたい」

「も~、ぶも」

「ふふ、そうか。それは良かった。貫太郎、すまなかったな。こんなにも君を傷つけて」

「ぶも」

「フフフ、優しいな君は」


 彼女へ微笑みかけて、私は空へ浮かぶ、愚鈍な三つの存在を黄金の瞳に捉える。

 背後からはカリンの声――。



「空間転移に巨大な結界……。たしか、転移術って、何人もの一流の魔法使いがいて、なんとかおこなえる魔法だよね。おまけに村全体を覆って、龍の炎から守る結界に私たちの傷まで癒して。それなのに、全然平気な感じ……おじさん、何者なの!?」

「フフ、おしゃべりの前に彼らへ返礼せねばな」


 私は黄金の瞳で龍たちを射抜いた。

 彼らは再び、あぎとに炎を宿し始める。



「フン、龍と言っても所詮は魔物。力量の差を見抜けぬか。さて、親龍はともかく、生まれたばかりの龍を相手にするのは少々思うところがあるが……森の獣を狩るだけならば捨て置けるが、集落を襲う習性を持つ龍は放置できぬな。子への慈悲だ。苦痛なく終わらせてやろう」



 私は龍を見上げる。

 黄金の瞳と深紅の瞳が交差すると、彼らは赤く輝く灼熱を村へ落とした。

 瞳が交差した瞬間、三匹は怯えを見せたが……もう、終わったことだ。


 私は身の内より魔力を産み出して、同じく炎の魔法を産み出す。

 色は彼らの赤とは違い、蒼。

 赤炎せきえんは金属をも溶かす熱帯びるが、私の蒼炎そうえんは魂をも焦がし尽くす。


 蒼は赤を飲み込み、空を支配する覇者の姿さえも飲み込んだ。

 彼らは呻き声を上げるいとまもなく、全身を炭化させて、炎によって生まれた風により崩れ、灰となって大気に散り消えていった……。



 空にあった巨大な影は消え去り、残るは雲一つない青空のみ。

 全てを終えた私は、頭と瞳に違和感を覚える。

「ふむ、維持が曖昧になったか。この程度で術が解けるようでは、やはり魔力も衰えているようだな」


 村の者たちは瞳を空から降ろし、その瞳を私へ集めた。

 彼らの瞳は恐れに染まり、私の頭を見つめる。目の色を見つめる。

 背後に立つカリンが声を震わせて、私の姿を空色の瞳に映し込み、問う。


「おじさん……その姿…………魔族、なの?」


 彼女の瞳に映った姿は魔族。

 雄々おおしい山羊のような角を持ち、黒の目に黄金の瞳を浮かべる魔族の姿。

 私は顎に手を置いて、大きくため息を漏らす。


「はぁ~、転移に結界。そして、龍をほふる炎を産み出した程度で魔力制御がおろそかになるとはな。そうなると……」


 黒目に浮かぶ黄金を村へ振るう。

 彼らは魔族の姿を目にして、体全身を震わせながら、何かを口にしようとして音なき声を漏らし続けている。

 彼らを見て、私は思うが……。



(風向きを変えるにはまだ間に合うが……放っておいた方がいいか。彼らのためにも。フフ、存外私も甘いな)

  

 そう心で唱え終えると同時に、村の誰かが声を上げた。

「ま、ま、ま、魔族だ! こいつ、魔族だぞぉぉぉぉぉぉ!」


 この声に触発されて、震えに身を包んでいた者たちも一斉に声音こわねを纏い始めた。

「何故魔族か?」

「何が起こっているんだ?」

「龍が現われたと思ったら、魔族?」



 そして、流れを決定づける声が上がる。


「こいつらだ! こいつらが龍を呼び寄せたんだ!!」


 男の声だっただろうか?

 ともかく、この声で村人たちは怯えた瞳に敵意を宿し、口々に呪いを上げ始めた。


「村を襲ってきたんだ」

「俺たちを騙そうとしていたんだ」

「俺たちを皆殺しにするために」


 この、愚かで浅慮な声たちへ、カリンは声をぶつけ返す。

「待ってよ、みんな! それだとおかしいよ! 襲う気なら、どうして貫太郎ちゃんを貸してあげたの!? 殺すつもりなら、どうして龍からみんなを守ってあげたの!? ねぇ、おかしいでしょ!!」


「黙れ! お前も魔族なんだろう! 俺たちを騙しやがって!」

「村をめちゃくちゃにしやがって!」

「返せよ! 俺の家族を! 友達を!!」

「このくそ魔族め、死ね!」



「「「そうだ、死ね、死ね、死ね、死ね」」」


 

 感情に飲み込まれた村人たちの声。 

 これにカリンは大声を上げて訴えかけるようとしたのだが……小さき者の声が彼女の声を止めた。


「違う! 違う! 違う! みんな、お願いだから話を聞いて! 冷静になって!!」


「うるさい、お母さんを返せ!!」


 母の遺体に縋りついてた幼子が石を手に取り、カリンへ投げてきた。

 その石はカリンまで届かず、転がり、彼女の足元で止まったが、石を投げられたという事実が彼女の心に痛みを生む。

 その痛みを誤魔化そうと、再びカリンは村人たちへ声を張り上げようとしたが――それを私が降ろさせた。



「違う! 私たちは――」

「やめておけ、カリン。私たちが何を言おうと、もう言葉は届かない」

「おじさん……だけど、だけど、だけど……おじさんは、みんなのために……」

「君もわかっていることだろう。何度も経験してきたはずだから」

「それは……」


「なるべく早く立ち去った方がいい。だが、その前にカリン。村の様子をしっかり見ておけ。村人の全てをな」

「へ?」

「早くしろ。彼らを観察するんだ」

「え? え? あ、うん……」


 非難と罵倒が飛び交う中で、カリンは村人たちの様子を見通す。

 そして、小さな声を上げた。

「……あっ」

「気づいたようだな。よし、では、暴走した愚か者が現れる前に立ち去るとしよう」

「暴走って……?」

「集団というのは恐ろしいものでな、一人だと臆病である存在が、集団になると妙に勇気を持てるもの。そうなると、龍よりも恐ろしい存在である私に襲い掛かってくるものよ」

「あ、そういうこと。わかった、そうだね。早く離れよう」



 私は彼女から瞳を離して、最後に村人たちへ瞳を振る。

 罵詈雑言を浴びせ続ける村人たち。その勢いに押されて、今にも襲い掛かってきそうだ。

 その中で、村長であるセタンと目が合った。


 彼はその途端、最もがなり立てている男の声を塞ぐ。

「みんなの仇! 殺して――」

「いい加減にしなさい!」

「そ、村長?」

「お前たち、私の言葉もなく勝手なことばかり言いおって!」



 男をいさめた村長はこちらへ顔を向ける。

 彼は瞳に怒りを宿して、杖を振り上げると、先端を村の外へ向けた。


 その杖の先は、村の外へと続く道からわずかに逸れて震える。

「出ていけ! この魔族め! 二度とこの村に近づくではない!」


 私は震える杖の先を見つめ、無言で踵を返し、貫太郎の背を叩き、村の外を目指す。

 そのあとに、悲し気な表情を浮かべたカリンが続く。



――三人が立ち去った村


 若い男たちが村長に声を掛けている。

「放っておいていいのか、村長?」

「構わん、まずは怪我人の手当てと燃えている家の消火が先じゃ」

「軍に報告は?」

「……それも後にしておけ。人手が足りん。まずは怪我人と始末が先じゃ」




――村の出入り口近くの倉庫


 私は倉庫を漁り、いくつかの荷を貫太郎の背に載せて、縄を結う。

 それをカリンが眉をひそめて見ている。


「ねぇ、勝手に持って行っていいの?」

「勝手ではない。貫太郎を貸した礼と魔物を退治した礼を貰っているだけだ」

「だけど……」

「よし、終わった。では、行くぞ」

「う、うん……」



――村から離れた森の中


 日が傾き、青の空が、赤に浸食されていく。

 私は辿って来た道を振り返る。


「さすがに追ってこないか。しかし、念のために道から外れた森の中で休めそうな場所を探して、そこで今日は休むとしよう」


 そうカリンに声を掛けるが、彼女は悲し気な表情を見せたまま。

 ここまでずっと、彼女はこの表情。

 カリンへ問い掛ける。


「慣れないか?」

「ううん、まぁ、慣れてるけど。だけど、今回はちょっとね」

「今回はちょっと? なにがだ?」

「だって、おじさんにまで嫌な思いさせちゃったもん。おじさんはみんなを助けてくれたのに……」

「なるほど、自分が傷つくことは耐えられても、他人が傷つくことには耐えられないというわけか。難儀な性格だ」


「難儀かなぁ? 難儀なのかなぁ?」


「ふふ、悩むことは良いことだ。悩みが無くなった時、人生はつまらないものとなるからな」

「おじさん、おじいちゃんっぽい」

「誰がおじいちゃんだ。それよりも君は大丈夫なのか? 私が魔族だと知って?」

「えっと、そうだね。魔族の人とあまり話したことないから、正直なところあまり良い印象はなかったけど、やっぱり実際会ってみないと駄目だなと思った」

「フフフ、ずいぶんと暢気な感想だが。つまりは?」


「魔族も人間もそれ以外の種族も同じ。良い人と悪い人がいるってことかな。そして、おじさんは良い人!」

「やはり、人を見る目がないな、君は」

「む~、また皮肉で返す~。悪いところだよ、それ」

「皮肉ではなく、本気でそう思っているんだが……ともかく、休む準備をしよう」

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