第11話 魔王の心を超える者たち
――道から逸れた森の中
背の高い雑草が焚火の明かりを隠し、交差する木々の葉が煙を
私たちは焚火を囲み、貫太郎は少し離れた場所で足を折り、すでに目を閉じて休んでいた。
私は夜空へと霞み消えていく煙を見つめながら言葉を零す。
「人目につかぬようにと用心を重ねたが、村からの追手はないはずだ」
「どうしてそう言えるの?」
「村長にその気がないからだ」
「ほぇ? どうして――」
カリンは間の抜けた声を返して、もう一度同じ問いを繰り返そうとするが、それを制して宿題の答えを問う。
「それよりも、村を見ろと言う言葉に、何か気づきを得たのだろう?」
「え? あ、うん……」
「カリン、君は何を見た?」
「それは……私たちのことを訝しがる人がいた。敵ではないと」
これは当然のことだ。
村の困窮に手を差し伸べた存在が、龍を呼び寄せて村を襲うなど考えにくい。
さらに、その龍から村を守ったという事実がそれを裏付けさせる。
「では、何故、その者たちは声を出さなかったんだ?」
「それはすでに、私たちが悪者という雰囲気に流れちゃったから。いまさらそれを口にしても……」
「そうだな。糾弾されるだけだ。お前は魔族の肩を持つのかと」
群集心理というのは恐ろしい。間違っていると気づいても多くの声が上がる中では、それを口に出せない。
出してしまえば、罵詈雑言の嵐に心を蹂躙されるからだ。
とりあえず、このことは置いておき、更なる問いを掛ける。
「他には?」
「え、他って?」
「なんだ、村長のことを観察していなかったのか?」
「村長さん? 村長さんがどうかしたの?」
「ふふふ、若くあり、必要な教育も受けていないため、なかなかそこまで至らないか」
「ん、馬鹿にされてる?」
「そのつもりない。これは経験や教育。そして性格が影響を与えるものだからな。君のようなまっすぐな者は気づきにくい」
「ん、褒められてるの?」
「さて、どうだろうな? これらは今後の課題として、今は答えを渡そう……」
私は一拍を置いて、村長の心の内を声に出す。
「村長は気づいてたぞ。私たちが敵ではないと」
「え!? だったら――!!」
「落ち着け。もう少し考えろ。気づいたとしても、彼は私たちの味方など絶対にできない」
「どうして?」
「今、世界はどのような情勢だ?」
「情勢って、人間と魔族が戦争の真っ最ち――あっ!」
「ふふ、そういうことだ」
魔族と人間族が大戦争を始めたばかり。
そのような中で、魔族に救われたなどという話は不都合極まりない。
場合によっては軍に粛清されかねない。
それを理解していたから、私はあの時、私たちのことを敵ではないと見抜いていた人間の声を救い上げず、流れるままに放置した。
救い上げていれば、流れは変わり、私たちは村を救った存在となっていた。
しかしそうなれば、戦争中に敵に救われた村となり、村の立場は非常に窮屈で危ういものになったであろう。
「村長は魔族に救われたなどと言う風聞を恐れて、私たちを敵としてみなし、追い出すことにした。ただし、手土産付きでな」
「手土産?」
貫太郎の近くに積まれた物資――村の倉庫から頂いた物資を親指で差す。
「言ったろう、私は勝手にあれらを持ち出しているわけではないと」
「それじゃあ、おじさんと村長さんはわかり合って……」
「ああ、そういうことだ。村長が杖を振り上げた時、杖の先が道ではなく、僅かに逸れた倉庫を差していたからな。つまりあれは、倉庫にある物資を持って行け、と言うわけだ。魔物調査前に、倉庫に報酬を用意しておくとも言っていたしな」
「そっか、村長さんは村を守る義務がある。だから、わたしたちを追い出した。でも、わたしたちが村を守ったこともわかっている。だから、その感謝の印として――」
「それはどうだろうか?」
「え?」
私は村の方角へ顔を向けて、含み笑いを見せる。
「ククク、彼にあったのは感謝などではない。恐れだ」
「恐れ……?」
「私は龍を消し去るほどの力を持っているのだぞ。その気になれば村人など皆殺しにできる。それを理解しているからこそ、村長は私の慈悲に縋ったのだ。約束通り物資は渡すから、見逃して欲しいと」
「そんな……」
村長は感情の赴くままに動こうとした村人を制止した。
制止しなければ、自分たちが皆殺しになることを理解していたからだ。
だからこそ、彼らの暴走を止めて、物資を渡し、穏便に離れてくれることを願った。
カリンは足を抱え込むように座り、人の心に悲しみを向ける。
助けた相手から向けられる殺意。保身に走り、真実を覆い隠す行為。善意に見せかけた目算。
素直な心を持つカリンにとっては心に痛み走る所業。
だが――。
「カリン、顔を上げろ」
「だ、だけど……」
「君は、多くの人の心を見てきたのだろう?」
「そうだけど、こういうのは耐えられないよ」
「耐えられないのは、真の意味で心を見ていないからだ」
「どういうこと?」
私は手のひらを自身の心に置いて、次にその手を頭へ持って行き、人差し指でこめかみを差した。
「心は頭と繋がっている。往々にして、感情と思考は乖離することがある。それを理解することだ。ただ、心を見るのではなく、その者が何を考えているかを想像すること。そうすれば納得はできなくとも、理解はできる」
「理解できても……」
「そして、君自身も心と頭を繋げることだ。思考という意思で心に手綱を付けて制御する」
「手綱……?」
「感情に振り回されるだけでは心が持たないぞ。痛みを受け止めるだけではなく、心と頭を繋げて制御することだ」
「そんなこと……できるのかな?」
「できるようになるべきだ。影の民である君は、これから先も
「――――っ!」
「それに何より、君は居場所を探しているのだろう。居場所のない者たちのために、居場所を作りたいのだろう。そこには多くの心が集まる。君が夢を叶えたいのならば、自分自身の心を制御し、様々な心を理解する必要性がある」
カリンは強く足を抱え込んでいた腕から力を抜いて、こちらを見ずに顔を下へ向ける。
「私がやろうとしてることって、大変なことなんだね」
「そうだな。一人で歩むには困難な道だ。だから、私が君の旅路の手助けをしよう」
「え!?」
彼女は
そんな驚き顔に笑みを返し、私は彼女にヒントを与えようとしたのだが……。
「一つ、アドバイスを上げよう。今回の出来事を例に取る。問題だったのは、最初の一声だ。恐れに我を忘れた一人の男の声によって場は支配された。だが、訝しむ者もいた。私たちが敵ではないのと感じている者も居た。そう言った者たちの声を先んじて――」
「わかった! 私はそんな人たちが恐れることなく、声を出せる世界を作ればいいんだね、おじさん!!」
「え? いや……」
「そっか、そうだよ。心が恐れに支配されてしまうなら、恐れを拭いされるようにすればいいんだ。誰も自由に発言ができる世界。そうすれば、多くの人たちが声を上げることができて、しっかり頭で考えて、心を制御できる!! ありがとうおじさん! なんだか、前に歩けた気がする!!」
カリンは両拳をぐっと握り締めて、得心を得たりと何度も脇を絞めて拳に力を込めている。
私はと言うと、伝えたかったこととは全然違う答えを得た彼女に対して言葉を失っていた。
(先んじて、都合の良い声を汲み上げれば、場を支配できて、相手の心を制御できるという話だったのだが……ふふ、まぁ彼女のような考え方もありか。それどころか、私は過ちを犯そうとしていた)
私は彼女の考え方や生き方に興味を持った。
そうだというのに、私の意志を彼女に押し付けようとしていた。
「まったく、私という者は……」
「どうしたの、おじさん?」
「なんでもない。ただ、自分の愚かさを呪っただけだ」
「ほぇ?」
「だが、それでも一応、釘を刺しておこう。君の考え方は未熟で甘すぎる部分――ん?」
何者かの気配を感じて、背の高い草むらの向こう側を見通す。
私の動きに呼応して、カリンもまた草むらの先にある気配に気づいた。
「誰かいる? 誰だろう? 息遣いが荒い?」
彼女は立ち上がり、草むらへ向かっていく。
「おい、無造作に」
「大丈夫だよ。殺気は感じない。追手じゃないよ」
カリンは草むらを分けて覗き込んだ。
するとそこには……。
「あっ、あの人って、村の女の人? どうしたんだろ? ねぇ、どうしたの?」
「お、おい、話しかけるのはよせ」
しかし、時すでに遅し。
こちらに気づいた女性が近づいてくる。
女性はカリンと私と眠っている貫太郎をちらりちらりと見て、深く頭を下げた。
「あの、村を助けていただいてありがとうございます!」
「え?」
「な!?」
「さっきはみんなが感情的なってしまい、怖くて声に出せませんでした。ごめんなさい。皆さんは命の恩人なのに……」
「えっと、そのためにわたしたちを追いかけてきたの?」
「はい。怪我人の治療が一段落して、男たちも疲れて深く眠ってしまったので。その隙を突いて。でも、よかった~。追いつくことができて。あのまま行かせてしまったら申し訳なくて」
「あの、わたしたちが怖くないの?」
「それは……怖くないと言えば嘘になります。でも、皆さんが悪い人ではないと理解していますから」
この女性は、恐怖で支配される心を冷静な頭で
女性は懐から小さな布袋を取り出す。
「これ、少ないですけど旅の資金に」
「そ、そんなの貰えないよ!」
「ですがっ」
「貰っておけ、カリン」
「おじさん?」
「彼女は村の者に見咎められる危険を冒してまで、夜道を歩き、私たちに礼を述べに来たのだ。受け取らねば、彼女の感謝を穢すことになる。だから、受け取っておけ」
「あ……うん、そうだね。わかったよ、おじさん! それでは感謝の気持ちを戴きます。ありがとう」
「いえ、礼を述べるのは私たちの方ですから」
「それでもありがとう。あの、お名前は?」
「私はユリヤ」
私は栗毛の女性と会話を重ねるカリンを見つめ、さらに深く自身の愚かさを感じていた。
(まさか、このような者がいるとは……まったく、百年前に勇者ティンダルたちから学んだはずなのにな。そうだというのに、私の考え方は古く、固いままなのだな)
全てを理知的に収め、先を見据えて動く。
正しい行動だと思っていたが、いや、今も思っているが、これは心をないがしろにすることが多々ある行為。
だが、カリンやこの女性のような者もいる。
頭に宿る利益や打算ではなく、純粋な心で冷静さを保ち、心を制御できる者たちが……。
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