第5話 優しさの常態化

――パイユ村

 


 くたびれた木造の住宅がちらほらとある、貧しく小さな村。

 申し訳なさ程度の柵で囲まれた村の入口そばには、長い白髪はくはつを持つ年老いた男性。その周りに複数の男たちが立っている。

 中心に立つ老翁ろうおうが村のおさだろう。


 私と貫太郎は足を止めて、カリンが村長に近づく。

「村長さん、ごめんなさい。野生の馬を見つけるのはやっぱり無理だった。でも、牛を連れて旅をしてる人を見つけたの。その人に牛を貸してもらえるという話を通してきたよ」

「おお~、これはありがたい。感謝しますぞ、カリン殿」

殿どのはよしてくださいよ、村長さん」



 年齢的に言えば孫・ひ孫に当たるカリンに対して、村長は深々と頭を下げ、周りの男たちも同じく頭を下げる。

 この様子から、馬を失った村はかなり困窮しているようだ。

 村長は頭を上げると、私の下へ近づき、またもや深々と頭を下げた。


「パイユ村のおさを務めております、セタンと申します。このたびは村のためにお力を貸していただき深謝申し上げます」

「アルラだ。乳牛の貫太郎の力を貸す代わりに物資の補給を願いたい」

「もちろんです。ですが、見ての通り、貧しき村。それでも、できるかぎりのことはさせていただきます」

「感謝する。では、早速貫太郎を畑へ。彼女は乳牛だが、闘牛や農耕牛に負けぬ力を持っているから期待してくれ」

「共に旅をされる牛となれば、乳牛であってもその力は本物でしょう。勝手ながら、その期待に思いを乗せさせていただきます」



 基本となる挨拶と交渉を終えて、私と貫太郎は貧しきパイユ村へと入った。

 外から見ても貧しさ漂う村であったが、中は一層陰気さが増して、青空が憎々しく思えるほど、村も人々の心も影に閉ざされている。

 カリンは当座をしのぐ程度の補給ならと言っていたが、この様子ではそれさえも厳しそうだ。


 

――その後、五日ほど村へ滞在する。


 貫太郎は畑を耕す以外に、荷運びなどに精を出す。

 カリンの方は積極的に村のために働き、頼まれてもいないことにまで手を貸していた。

 村人たちは老若男女問わず、そんなカリンをとても慕っている様子。


 私たちと同様に、彼女もまた数日前に訪れたばかりのはず。そうだというのに、こうまで慕われるとは……他者を惹きつける何かがカリンにはあるようだ。

 かく言う私も、彼女の頼まれ事に巻き込まれているわけだが。



 しかし私は、あまり手助けなどをせずに、貫太郎を貸し出すだけに留めている。

 その日の宿代や食事代程度の頼まれ事は行うが、積極的に村へ協力することはなかった。



 朽ちかけのベンチに座り、私の重さにギシギシと悲鳴を上げる音を背景音楽として耳に流し、村を眺める。

「村も小さく、人も少ない。おかげで畑も大した大きさではないため、貫太郎一人でも十分だな。まぁ、貫太郎がそんじゃそこらの乳牛ではないおかげでもあるが。これならば、明日明後日には村を離れられ――ん?」



 目の前を重そうな薪を背負ったカリンが通り過ぎようとしている。

「カリン」

「あ、おじさん。どうしたの?」

「いや、君は随分と村に尽くすな。そこまでする必要はないだろう」

「別に尽くしてるつもりはないよ。困ってる人がいたら助けたいだけだし」


「その見返りは、さほどではないぞ」

「別に見返りを求めているわけじゃないし」

「そうであっても、あまり力を貸すのはやめておいた方がいい」

「ほえ、なんで?」



 私は腰を上げてベンチを苦痛から解放し、ゆっくりと村を見回す。

「親切心とは時に毒になる。最初は感謝をされるが、親切が常態化すると、いつしかそれが当たり前となる。だが、その当たり前が崩されたとき、彼らは君を非難するだろう」

「そ、そんなことないよ!」


「残念ながら起こり得るのだ。頼り、感謝する。また頼り、感謝する。すると、自分たちの頼りを受け入れる存在と、彼らは君のことを軽んじ始める。そこに善意悪意はない。彼らは君という存在が優しく、自分たちの願いを断ることなく、聞き届けてくれる存在だと思い込み始めるんだ」


「頼ってくれるなら、私はいくらでも応えてあげるよ」

「それが君の手に余るものだったら?」

「それは……断るしかないけど……」

「その時、彼らは牙を剥く。どうして、断るんだ? 私たちを見捨てるのか? この裏切り者と」

「そんなわけ――」


「人助けの旅をしている君だからこそ、思い当たる節があるのでは?」

「――――っ!?」



 私の最後の言葉に、カリンは声を失った。

 おそらく大なり小なり、そういった事柄に直面したことがあるのだろう。


 誰かに頼られること。誰かを頼ることは悪いことではない。


 しかし、常に頼られると、それを受け入れることが当然となり、頼る側も受け取ることが当然という勘違いを始める。

 彼なら、彼女なら、私たちを助けてくれると。

 しかし、その期待に反すると、頼っていた側は裏切られた思いを抱く。

 ここまでずっと彼らのために尽くしてきたというのに……。


 

 声を固めた彼女へ、さらに言葉を重ねる。

「民とは勝手なものでな。恩恵を享受しているときは持ち上げるが、僅かでも亡失すると非難するもの。民にとって100の恩恵よりも、1の亡失の方がより心に残るということだな」



――陛下、そこまでわかってるなら、どうして王の責務を果たさなかったのですか?――



 突如、心に響いた立花の声に私は呻き声を上げる。


「あああああ、おのれ~」

「ど、どうしたの、おじさん? 急に?」

「いや、なに、大したことではない。おそらく私の中に残るちっぽけな良心が下らぬ幻聴を生んだだけだ。捨てねば、良心を……」

「いやいやいや、それ捨てちゃダメなやつだから。大事にしようよ、良心」


「と、ともかく、話を戻そう。民は指導者の想いを汲み取ることのできない存在だということを覚えておくといい」

「民って……なんで、そんな領主様みたいな言い回しを?」


「ふむ、蛇足だったか。ま、協力はほどほどにしておけ。でなければ、いずれ彼らは無理難題を吹っ掛けてくるぞ。この忠告は、村までの案内と橋渡しをしてくれた礼だ」

「……ありがとう。でも、やっぱり頼られることは悪くないと思うし、できるかぎりのことはしたいの。その結果、非難されてもね」



 カリンは寂しげな笑顔を浮かべた。

 私はその笑顔に少女の覚悟を感じ取る。

「そうか、すでに幾度も経験しており、それでもなお変わらぬ答えというわけか。無用な忠告だったな」

「ううん、アドバイスは嬉しいよ。おじさんって良い人だね」

「それはどうだろうか? 旅をするなら、もっと人を見る目を養った方がいいぞ」

「あ~、褒めてあげたのに皮肉を言って。もしかして照れ屋さん?」


「私が照れ屋に見えるなら、再び、目を養えと言う言葉を送ろう」

「皮肉屋っぽいのは間違いないね」

「ふふ、それは認める。いずれにしても、ほどほどにしておけ」

「性分だからできないよ。それにいつもいつも無理難題のお願いを――」



「申し訳ない、カリン殿にアルラ殿」



 不意に老人の声が届く。

 声の主は村長セタン。

 彼はこちらへ申し訳なさげな表情を見せて、それを声にも乗せる


「実はいま、村には厄介なことが起きておりまして。それをどうするかと村の者と協議した結果、義に厚き冒険者であるお二人ならば、力を貸して戴けるのではないかと……」


 

 この言葉に、私は口端を上げてカリンへ瞳を向ける。

「どうやら、無理難題がやってきたようだぞ」

「無理難題かまだわかんないじゃん。でも、ごめんなさい。おじさんも巻き込んじゃったみたい」

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