第二章 居場所のない少女

第4話 親しみやすい少女

――現在・森の中



 私の意識は過去から帰り、歩き疲れたので愛牛貫太郎かんたろうの背に乗って森の小道を歩いていく。

「はぁ、城から逃げ出して街中まちなかを君に乗って駆けて行ったが、それを人間どもが『おい、見ろよ! 豚が牛に乗ってるぞ!』と、指を差されて馬鹿にされる始末。そのおかげで助かったが……散々だった」

「も~」

「ふふ、ありがとう、慰めてくれて。しかし、先ほども言ったがなく彷徨さまようわけにもいかない。まほろば峡谷を目指すにも物資の補給が必要だ。まずは村を探したいところだが、この森は人間族の領域に近い。私の姿では問題か」



 魔族の象徴たる角。瞳の色は千差万別だが、その瞳を覆う色は黒。人間族は白。これでは魔族と丸わかりで物資の補給どころではない。


「略奪してもよいが、貫太郎に万が一があってはな。仕方あるまい、人に化けるか」

 私は貫太郎の背から降りて、淡い青色の光を放つ魔力で全身を覆い、変身の魔法を唱えた。

 変身といっても大幅に姿を変えるわけではなく、頭から山羊の雄角ような角を消して、黒目を白目へ変えるだけだ。


「これで良し。では、村を探そう」

「ねぇ、おじさん?」

「問題は、その村がどこにあるのかだが」

「もしもし、おじさん?」

なく彷徨さまよわない準備のために、なく彷徨さまようことになるのか?」

「もしも~し……ねぇってば、おじさん! 聞こえてるんでしょ?」

「はぁ~……まさかと思うが、背後から聞こえるおじさん呼びは私のことを言っているんじゃないだろうな?」


 怪訝な表情を見せて、後ろを振り向く。

 するとそこには、刀を腰にたずさえた冒険者らしい十六歳前後の少女が立っていた。



 少女は肩まで届く程度の黒髪と、子猫のような可愛らしい丸みを帯びた空色の瞳を見せる。

 纏う雰囲気は向日葵のような明るさだが、同時に戦士としての隙の無さも併せ持つ。

 白地の戦士服の上には赤色の軽装鎧。武器は東方大陸の刀のようだが、鎧は私たちが住むグレーラ大陸のもの。


 隙の無い戦士でありながらも無垢な表情を見せるこの少女には、どこか惹かれるモノが宿っていた。

 これは、愛嬌というやつだろうか?

 

 私は不思議な魅力を宿す少女へ問い掛ける。

「いつからそこに?」

「え? いつからって、何か青い光と魔力の変動を感じたからなんだろうって思って今来たところ。で、ふとましいおじさんを見つけたの?」

「そうか、見られたわけではないのか?」

「ん?」


「何でもない。それよりもおじさん呼びはやめろ。あと、ふとましいは余計だろ」

「そうだね、ふとましいはごめんなさい。でも、おじさんはおじさんだよね? もしかして、若かったりする?」

「いや……ま、若くはないな」

「じゃあ、問題ないね」



 たしかに三百三十三年ほど生きて、魔族としても中年に差し掛かっている。とはいえ、おじさん呼びは結構ショックだ。中年であることをまざまざと認識させられるようで。



「フッ、そう感じるのも年老いた証拠か」

「年老いた? あ、おじさんじゃなくて、おじいちゃん?」

「誰がおじいちゃんだ! それで、君は何者で、何用だ?」

「あ、ごめん。名前がまだだったね。私はカリン。人助けをしながら旅をしてるの。あなたは?」


「人助けの旅か。若いのに殊勝だな。私はアルラだ。愛牛である貫太郎と共に旅をしている」

「アルラ? 人にしては珍しい名前だよね。魔族っぽい感じ」

「むっ」

「あ、ごめん。悪く言うつもりはなくて」

「いや、構わない。親が変わり種ね。変わった名前を付けようとしてこうなった。だから良く言われる。しかしだ、君の方こそ…………なるほど」




 私の方もまた彼女の名前の響きが少し気になり、深くカリンを観察した。

 彼女が首から掛けている、魔力を宿した石――青色の魔石のペンダント。

 そこから感じられるのは小さな魔力。その魔力の意味。そして、彼女の気配……。


「え、なに? おじさん、どうしたの?」

「いや、ペンダントが気になってな。旅のお守りか何かか?」

「へ~、よくわかったねぇ。そう、災い除けの力を宿したペンダント。と言っても、ほとんど効果がない代物だけどね」

「そのようだな。それで、名は聞いたが、用の方は?」

「あ、そうだった。あの、おじさん。その子の力を貸して欲しいんだけど、駄目かな?」

「貫太郎の?」



 私は一度貫太郎へ瞳を振って、カリンへ戻す。

何故なにゆえに?」

「実は、この森の近くに村があるんだけど、その村の人たちが困ってて、えっと、貫太郎ちゃんでいいのかな? その子の助けが欲しいの」

「内容は?」


「ほら、人間と魔族の間で大規模戦争が発生したじゃない。そのせいで村から馬が徴発ちょうはつされて、畑の準備が遅れてるんだって」

「なるほど、畑を耕す働き手を失ってしまったわけか。それで貫太郎に助力を。しかし、彼女は労働用の牛ではなく、美味しいミルクを提供してくれる乳牛なんだがな」


「それは見ればわかるけど、それでも人間よりかは――って彼女!? 女の子なの、その子!?」


「失礼な! それこそ見ればわかるだろう! これほどまでに美しい牛! このような美牛を君は見たことあるのか!!」

「た、たしかに綺麗な子だけどさ……どうして、女の子なのに貫太郎なの?」

「そのことを説明してもいいが、すると長くなるのでやめておこう。それよりも力仕事だったな。どうする、貫太郎?」



 この問いかけに、貫太郎は二度三度首を左右に捻ってから言葉を発した。

「ブモ、ブモブモモ」

「なるほど。たしかに、物資補給のために村の連中に恩を売っておくのも悪くない。君の方は大丈夫か?」

「も~」

「ふふ、そうだな。君は並みの牛ではない。闘牛ですら道を譲る一騎当千の乳牛だからな。君に大きな負担がかからないというのならば、君の力を頼るとしよう」


 私は目を細めて貫太郎を見つめ、名残惜し気に瞳を離してカリンへ移す。

「というわけで、力を貸そう。代わりに物資の補給を願いたい」

「あまり豊かな村じゃないけど、それでも当座をしのぐ程度なら大丈夫だと思う……あの、おじさん。気になったんだけど、貫太郎ちゃんの言葉ってわかるの?」

「いや、わからん。雰囲気だ」

「……そうなんだ」



――村への道中


 村へ向かうまでの間に、魔族と人間族の戦争についてカリンに尋ねた。

 魔都が陥落して五日。その間に何が起こったのかを……。

 風聞程度であるが、彼女から情報を得る。


 魔都が陥落後、すぐに追撃を仕掛けた勇者ナリシス率いる人間族の軍。

 しかし、魔王の側近であった立花と魔王軍四将が一人・エルトナが率いる伏兵によって追撃軍を撃破。

 人間族の軍は魔都へ戻り、態勢を整えている最中。

 

 一方、魔族の軍は北方都市テールレスで防備を固めた。これにより、現在は膠着状態。



 簡素な話を聞いて、私は顎に手を置いた。

「ふむ、立花とエルトナが……」

「その二人って凄いみたいだね。あんなに勢いのあったナリシス軍を止めちゃうなんて」

「……ああ、そうだな」

「それに引き換え、魔王の情けないこと。国民をほっぽり出して逃げたって噂だよ」

「ぶふぅぅぅ~!!」


 とんでもない誤情報に思わず息を吹き出してしまった。

 それにカリンが驚いている。

「ど、どうしたのおじさん?」

「いや、別に逃げ――」

 反論しようとしたが、人間の振りをしている私がそれをするのはおかしい。

 それに事実を伝えても、情けなさが増すばかりで意味がない。

 まさか、王が民に見限られて、逆にほっぽり出されたとは言えない……。



 仕方なく、咳をして誤魔化すことにする。

「ゴホンゴホン、ああ~、喉に何か絡んでるなぁ」

「大丈夫。飴いる?」

「いや、必要ない」

「そう? あ、そう言えば、おじさんの名前って魔王と同じだよね」

「――っ!? それは!」



 私はカリンへ鋭い眼光を見せた。

 それに対して彼女はたじろいだ様子を見せる。


 彼女は私の正体に気づいたのだろうか? 偽名を名乗らず本名を名乗ってしまったのは失敗だった。

 そう思ったのだが……。


「あの、ごめんね。名前だけとはいえ、国民を見捨てるような最低な人と同じなんて言われたら嫌だよね」

「へ? あ、その~、なんだ」

「おじさんは村を助けるために、大切な貫太郎ちゃんを貸してくれる優しい人だもん。卑怯で臆病な王様とは全然違う。酷いことを言ってごめんなさい」

「い、いや、気にしないでくれ。私も睨んで悪かった。大人げなかったな。だからもう、この話を終わりにしよう」


 そう、終わりにしよう。

 終わりにしてくれないと、それこそ酷いことを言われ続けてしまう……。

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