第3話 豚走ではなく遁走
立花が戻って来てくれたのか思いきや、玉座の
まだ、二十歳にも満たないと思われ、幼さ残す顔立ちではあるが非常に整っており、青き瞳の奥には、覚悟と決意と戦士としての誇りを宿している。
彼は短めの青色の髪を振るい、剣先を私へ向けた。
「そこの……農夫? 何故、玉座に農夫が? まぁいい。そこの魔族、魔王はどこだ? 正直に答えるのならば、しばしの間生かしてやろう」
「フフ、魔王はどこだだと? 貴様の目は節穴か? 私こそが魔王! 魔王アルラ=アル=スハイルだ!」
「あはは、くだらない冗談を。魔王がお前のような脂肪の塊のはずないだろう」
「し、脂肪の塊……」
「ふん、魔王アルラと言えば、
「歯の次は瞳が光っているのか? そんなギラギラ光っている目玉だと、自分が眩しくてかなわんぞ」
「いいから、答えろ下郎! 魔王はどこだ!? まさか、民や兵に混じり情けなくも逃げ出したのではないだろうな」
「ほ~、この、小僧めが! 調子に乗りおって。私が魔王だと言っておるだろう。納得できぬのならば、この力を名刺代わりに受け取るが良い!
酸素を圧縮し、そこへ強力な熱を投げ入れ、一気に爆発させる
その爆発から生まれる熱と衝撃波は周囲の空間さえ歪めてしまうもの。
この爆発により、玉座の
私は手で煙を払いながら声を生む。
「ケホンケホン、少々やりすぎたか。これでは勇者ナリシスとやらは骨すら――」
「な~に今の? 古臭い魔法」
「たぶん、百年位前の魔法だよね。お姉ちゃん」
煙の向こう側から聞こえてくる二人の少女の声。
「煙、じゃま。えい!」
少女の掛け声とともに風が巻き起こり、煙が霧散する。
晴れ渡った玉座の
黒の長い髪と赤い瞳を持つ少女と、銀の長い髪と青い瞳を持つ少女。
二人とも十八歳前後で同じ顔。彼女たちは双子の姉妹と思われる。
やんちゃな子どもような言動とは裏腹に、肌の色素は薄く細身で儚さを漂わせる。
彼女たちは双方とも、腰から下のラインが細いマーメイドのようなデザインをした、蒼の差し色が入る銀のドレスに身を包んでいた。
二人は槍を手にして、見下したような笑い声を立てる。
「クスクス、太っちょさん。今の魔法って、冗談だよね?」
「そうそう、あんな
「か、かびくさいだと? ならば、これはどうだ!
光の力を増幅して一点に放つ、結界でも防ぎにくい魔法。
当たれば、鉄であろうが魔法耐性に優れた金属オリハルコンであろうが、いとも容易く貫いてしまう魔法。
人が食らえば、風穴が
「なにそれ?」
「術式が単純すぎ」
二人は左手を前に出して魔力を集める。すると、コヒレアは彼女たちへ届く前に霧散して消えてしまった。
「な、なんだと? 術式を解析されて、消されてしまった……」
「それはそうだよ。あんな算数みたいな術式だし」
「あっさり解析できるっての」
「算数……」
「なんでそんな旧魔法を使っているか知らないけど、まぁいいや」
「ふふ、お返しに最新の魔法を見せてあげるよ」
「「
二人は同時に光を収束し、それを光線として放った。
「クッ!
結界では防ぎにくい光の力。だが、反射魔法ならば――
「は、反射できない!? それどころか食い込んでくる! なんだこの魔法は!?」
「ま~た、古い魔法使ってる。何なのこの人?」
「さぁ?」
こちらの必死さとは対照的に、二人の少女は悠長に談笑を行う。
「こ、こんな子どもに舐められるとは、うおぉぉぉ!
反射魔法を三十枚に重ね掛けをして、さらに傾け、別方向へと光の魔法を逸らす。
それはうまくいき、少女たちが放った魔法は天井へ向かい、激突。
巨大な轟音と共に天井は消し飛び、破片すらも蒸発してしまった。
「な、なんという魔法だ。見たこともない魔法に解析速度。まさか、この百年でここまで魔導の研究が進んでいようとは……」
私は三人を黄金の瞳に映す。
勇者ナリシス――剣を手にした彼からは並々ならぬ闘気が立ち上り、勇者の称号に恥じぬ気配を見せる。
双子の魔法使い――私の魔法を正面から受けても笑みを消さず、巨大な魔法を放っても浮つくことなく落ち着き払っている。
怠惰にかまけていた今の私では――勝てない。
三人はゆらりとこちらへ頭を振った。
「ライネ、ロゼ。彼を殺すな。城には彼以外いないんだ。生け捕りにして魔王の居場所を吐かせたい」
「う~ん、でも、殺しておいた方がいいと思うよ。魔法は古いけど、魔力は底知れないから」
「そうそう、お姉ちゃんの言うとおり。瞬時にして
「そうか……君たちがそう判断したなら仕方がない」
勇者ナリシスがゆっくりとこちらへ向かってくるが、私の魔法は一切通じず、この太った肉体では彼と戦う体力も期待できない。
(クッ、情けないが命には代えられん)
私は敵に背中など見せたことがなかった。
しかし、魔王とも認識されず、一介の魔族として
とにかく、今は逃げるんだ!
私は一気に駆け出して、玉座の背後にある巨大なステンドガラスの窓をぶち破り、階下の中庭へ飛び降りる。
それを三人が追いかけてくる。
「待て、魔族!」
「あの人、飛び降りちゃったけど死んじゃうんじゃない?」
「いや、見て、お姉ちゃん!」
「うぉぉぉぉぉ!」
私は風の魔法を纏いふわりと地面へ降り立つ。
上からは勇者たちの声。
「随分と器用な奴だな。空飛ぶ豚かな?」
「すごい、魔法の充填速度と具現速度が並みじゃないよ、あの豚」
「使う魔法は旧魔法なのに、制御と魔力量は超一流。何なの、あの豚は?」
三人の声を背に受けながら、私は悪態をつきつつ全力で中庭を駆け抜ける。
(はぁはぁ、おのれ~、豚豚豚と好き放題言いおって。はぁはぁ、しかし気が逸れている間に、逸れている間に、はぁはぁはぁはぁ、足が上がらない、息が上がる)
「ねぇ、ナリシス。あの魔族、全然進んでないんだけど?」
「あ、ああ、ずいぶんと疲れているようだね」
「うっそ、大して走っていなのに……」
三人は何故か呆れた様子を見せて追いかけて来ない。今のうちに逃げ出さないといけないのだが――
(く、苦しい、ぐるぐると目が回る。酸素が欲しい。水が欲しい。甘いものが食べたい)
「も、もう駄目だ……走れない」
私はこのまま勇者に捕まり、生きて
――そう思った時だった!?
「モ~~~~~~!!」
「な、なんだ!?」
凄まじい土煙を上げて何かがこちらに近づいてくる。
私は土煙に映る影を見て、黄金に輝く瞳を涙で溺れさせた。
「あ、あれは――――
我が愛牛貫太郎が中庭を疾走しこちらへ向かってきていた。
そして、私の前で止まり、自身の背を見て、首をくいっと上げる。
「も~」
「ま、まさか、背に乗れと?」
「もも!」
「クッ! 貫太郎、ありがとう!」
貫太郎の背に何とかよじ登り、彼の背中を叩く。
「よし貫太郎、脱出だ!」
「ぶもももももも!!」
勇者と魔法使いに追い詰められ、窮地の
彼女の手によって、私は
――玉座の
壊れたステンドガラスのそばから、牛にまたがり逃げ去る魔王の姿を見つめ続ける勇者ナリシスと双子の魔法使いライネ・ロゼ。
「結局、何だったんだ。あの農夫の魔族は?」
「あの、追いかけなくていいの?」
「そうそう、魔族は皆殺しの予定なんでしょ?」
「そうなんだけど、気勢が削がれてしまったな。あれは放っておいて、もう一度城内に魔族が残っていないか探索しよう」
「情報を持ってなさそうだったら見つけ次第殺すでいい?」
「女子供も関係なくね」
「ああ、構わない。魔族を絶滅させるのが私たちの使命。フフ、あの太った魔族も、ほんの少しだけ寿命が伸びたに過ぎない……」
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