第6話 影の民
――村長からの頼み事
森の洞窟からは時折、雷のような唸り声が響き、村人たちはそれに恐れおののいている。
その恐ろしさに村人たちは確認に行けず、また戦争が始まってしまったため、役人に届け出を出しても返事がまともに返ってこないそうだ。
で、そんな困った村人たちを助けてくれそうな心優しいカリンに頼ったわけだ。
私は巻き込まれた形になる。
正直、そこまで面倒を見てやる必要はないが、報酬に色を付けるというので、頼みを飲むことにした。
報酬は私たちが帰り次第渡すそうで、村の出入り口近くにある倉庫にまとめておくと村長セタンは話す。
また、この報酬とは別に、私個人としてカリンに確認したいことがあった。
それは人の目、人の耳がある村の中では控えたいもの。
そのためには、村から十分に距離を取った場所で話をしたい。
私のとって魔物退治はおまけで、こちらが本命となる。
まぁ、魔物如きならば何がいようと大した問題ではないからな――と思っていたのだが……。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、魔物がいるという洞窟はまだか?」
道中は、木々の根と岩たちが仲良くワルツを踊る獣道で大変険しく、百年間だらけて暮らしていた私の身体ではまるで持たない。
こんなことならば、貫太郎を村の手伝いに残さず一緒に連れてくればよかった。
先行するカリンが腰の両脇に手を置いて呆れた様子を見せている。
「おじさん……体力ゼロじゃん。どうやって今まで旅してたの?」
「はぁ、はぁ、貫太郎の背を借りていたからな。はぁ、はぁ、はぁ、きゅうけい、きゅうけいを、もとむ」
「うん、わかったよ。おじさんを巻き込んだのは私だから無理はさせられないしね」
そう言って、彼女は倒木に腰を掛けて、私は背の低い大岩に尻を置いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ここまで体力が衰えていようとは……」
「ずっと貫太郎ちゃんの背に乗って旅してたの? 貫太郎ちゃん大変そう。はい、お水」
「すまん」
受け取った金属製の水筒に口をつけて、ゴクゴクと水を一気に喉奥へ流し込み、カリンへ返す。
「ふぅ~、生き返った」
「巻き込んでなんだけど、連れてきたのは失敗だったかも」
「やかましい。とはいえ、そう言われても仕方ないか」
「そう言えばおじさんって、なんで旅してるの? そんなに体力ないなら大変そうだけど」
「諸事情あってな、居場所を失った」
「居場所……そう、おじさんもなんだ……」
「うん?」
「なんでもない」
「そうか? そうだ、君の方こそ、なぜ人助けの旅を?」
「なぜって言われても……」
「君が善人であり、だからそれを行っているという理由でも構わないが、それだと腑に落ちない」
「……どうして、そう思うの?」
「君は、影の民だろう」
そう、言葉を渡すと、彼女は金属製の水筒を地面に落とした。
水筒の口からは僅かに残っていた水が零れ落ち、乾いた地面に浸み込んでいく。
影の民――全種族から忌避される滅びの一族の末裔。この滅びの一族はかつて世界を壊滅に追いやり、滅ぼしかけた。
姿は様々で、カリンのように人に近い者もいれば、醜い化け物のような姿をしている者もいる。
数多の種族が滅びの一族の末裔である影の民を忌み嫌い、恐れ、時に殺す。
影の民は誰からも受け入れられることのない、世界の敵――。
特に、人間族は創造神カーディを崇拝する教会の影響が大きく、また教会の力と権威に畏怖しているため、その教えは絶対。
その教会が、影の民をカーディの敵として魔族以上に忌み嫌っているため、教会の影響下にある種族たちにとって、影の民は絶対悪であり、恐怖の対象となっている。
もし、影の民の存在を知れば誰もが密告し、知った教会はいかなる状況でいかなる場所であっても必ず専門の討伐組織を送ってくる。
カリンは落ちた水筒を拾おうとして手を伸ばすが、震える手がそれを許さない。
彼女はか細く言葉を漏らす。
「どうして……」
「最初は名前の響きだった。カリン……東方大陸出身者に多い名でもあるし、こちらの大陸でも通用する名前。だが、影の民にもそういった響きの名を持つ者がいる」
私は小刻みに震えるカリンに瞳を振り、彼女が身に着けているペンダントを見つめる。
「名前だけならば、そうまで違和感を覚えなかっただろう。だが、そのペンダントはいただけない。魔石から漏れ出る魔力は旅の守りを偽装しているが、その実は、何らかの力を隠蔽するもの。それは、影の民特有の力を隠すものだろう」
この言葉にカリンは水筒を拾い上げようとした手を戻し、ペンダントを包み隠す。
「お、おじさん……わ、わたしを、どうする気……?」
「ペンダントを渡せ」
「え?」
「ほら、早く」
「う、うん……」
カリンはペンダントを外して、こちらへ投げ渡した。
だが、震える手では思うように投げることはできず、それは私まで届かず足元に落ちた。
そいつを拾い上げて、右手で握り締める。
「見事な造りだが、劣化し過ぎている。そのせいで、祝福の力の流れに隙間が生まれ、魔導に精通している者ならば影の民の力を感じ取れてしまう。だが、これならば……」
私は右手に魔力を集め、祝福の力の流れを正し、影の民の力を隠蔽できるようにした。
そして、ペンダントをカリンへ投げ渡す。
「祝福の力の流れを正した。よほど高位の魔法使いでなければ、君が影の民であると見抜ける者はいないだろう」
「なんで?」
「専門ではなく、魔法も苦手だが、魔力制御だけには自信があってね。この程度ならば――」
「そうじゃなくてっ、どうして、わたしを……影の民であるわたしを助けようと? 責めないの? わたしは影の民なのに!?」
「私はそういったことに興味がない。それに、私の部下にも影の民がいたからな」
「え!?」
「名は明かせないが、そいつはいつもフードを被っていてな、四六時中、小言を言われていたよ」
「影の民なのに、おじさんの……?」
「そういった事情もあり、影の民に対して嫌悪感はない」
「でも……わたしは……」
影の民である。ただそれだけで、彼らは言葉で殴られ、石を投げられ、心を蹂躙され、命を奪われる。
絶対的に差別される存在。
たとえ、私が悪意や敵意を見せることなくとも、彼女は私の態度を簡単に受け入れることができない。
これは、一朝一夕に変わることのできないこと。
だから、これについて問答をすることなく、村では問うことのできなかった疑問を彼女へぶつけることにした。
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