第33話 サイバーパンクと重傷の少年
「無事だったんですね!」
バイセンの顔を見て涙を浮かべるほど喜ぶ少年。しかしバイセンの方は見覚えがなく、訝しげに目を細める。
「誰だ」
「お、俺はスッチさんの部下をやってました!」
「何ぃ?」
スッチはこの街にいたロックリザードの一員の名前だった。
「それは本当なんだな」
頷く少年を見て、そこに嘘は無いとバイセンは判断した。
「なら聞くが、どうしてその男を蹴っているんだ?」
「コイツが俺の腕をこんなにしたからですよっ」
少年の両腕は雑に布で巻かれていて、どす黒い染みが浮かんでいた。
「このクソ野郎は、笑いながら俺の腕を斬ったあと、わざと殺さなかったんです! ゴミには殺す価値も無いとかほざきやがって、自分が死んでりゃあザマーねーよ!」
少年は再び男の腹を蹴りあげたが、反応はない。
『対象の生命反応が停止しました』
「ええっ。じゃあ他には」
『存在しません』
「どうして全員殺しちゃったのさ。もうひとりぐらい残しておけばよかったのに」
『敵対者の殺害を禁止されていません』
「……次からは二人か三人は死なないようにして」
『わかりました。防衛プロトコルの条項を変更』
バイセンは動かず垂れ下がったままの少年の両腕を見て、片側の頬を歪めた。
「悪趣味な野郎だな。他に残ってる仲間はいるか?」
「わかりません……俺たち急にブレスホークのやつらに襲われて、みんながどうなったのかは……すいません」
バイセンは大きく息を吸うと、気持ちを落ち着けるために長く息を吐いた。
「よし、お前はついてこい。イクシー、戻るぞ」
一行は街の外に停車させたラボトレーラーへ向かう。バイセンは剣を手に周囲を警戒していたが、敵からの襲撃はなかった。
「何ですかこれ……」
少年はラボトレーラーを見上げて、思わず足を止めてしまった。車輪はあるが馬車の何倍も大きい。家と比べたほうがいい巨大さだ。自動で開いたドアに驚き、肩が跳ねる。
「大丈夫だ。いいから入れ」
少年は見たこともないキッチンルームの内装に、何度も顔を左右に向けている。
イクシーはまず少年の治療をするべきだと言ったが、バイセンが話が先だと反対した。なぜキッチンルームかというと、ここしか複数人が座れる場所がなかった。ラボトレーラーは巨大だが、治療ポッドや手術室、レイドアーマーの格納庫が大部分だ。複数の椅子が設置してあるのはキッチンルームだけだ。
「君は座って。腕の布を外すよ」
イクシーは腕の深い傷を見て顔を歪める。水で濡らしたタオルでこびりついた血を拭く。
「とりあえずこれを使うね。薬だから」
取り出したのは以前プリンターで出力していた、リカバリーインジェクタだった。腕に押し付けると無痛針が飛び出し、ナノマシンを注入する。反対の腕にも同じく注入する。
「え?」
効果は劇的だった。あっという間に傷が塞がり、さらには動かなかった指が少しだけ反応を返した。さらには腕が、ぎこちない動きだが確かに動く。
「すげえ……」
少年は感動した様子で両腕を凝視している。バイセンもリカバリーインジェクタの回復力に目を見開いた。
「こんなの高級ポーションなみの効果じゃねえか」
「ポーションって?」
「魔法薬だよ。製造方法は教会しか知らない。高級なやつなら傷を一瞬で治せるって話だ」
「へー。これは違うけどね」
「お前がいた世界の薬ってわけか」
正しくは薬ではなくナノマシンだが、説明するのも面倒なので頷いておく。イクシーがリカバリーインジェクタをテーブルに置くまで、バイセンの視線は離れなかった。
「あ、ありがとな。これでアイツらに復讐できるぜ! バイセンさん、すぐにブレスホークのやつら皆殺しにしてやりましょう!」
少年は動くようになった手で拳を握り強く訴えるが、バイセンはその視線を避けて決まり悪そうに口を開く。
「あー、なんだ。そのブレスホークだが、もう潰れた」
「え」
「俺もあいつらに襲われたんだよ。それでまあ、舐められたままじゃいけねえから本拠地をやったんだ」
「さすがバイセンさんだ、すげえ!」
実際にブレスホークの本拠地を攻撃したのはイクシーなのだが、それを知らない少年は尊敬する瞳で見ていた。別に自慢するつもりも無いので、イクシーは黙っている。
「そいういやお前の名前を聞いてなかったな」
「俺の名前は、ドッタっていいます!」
「そうか。まあそういう訳で、ブレスホークへの落とし前はつけたんだが……さて、荷物はここで渡して運ばせるはずだったんだが」
どうやらこの街のロックリザードの構成員たちは、ドッタだけしか残っていないようだ。ひとりで大量の銀貨を運ばせる訳にはいかない。だからといってバイセンが行くのも問題がある。
「まずはボスに何があったか説明するべきだな。最悪、あっちでも戦闘になっている可能性もある。よし、イクシー。行くぞ」
「行くってどこへ」
「ロックリザードの本部がある、まだらウロコの街だ」
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