第17話 サイバーパンクと過酷すぎる世界

「な、なあ、本当に痛くないんだよな……?」

「うん。麻酔で眠っている間に終わるよ」

「でもよ、途中で起きたら」

「シャロも俺が手術したって言っただろ。心配しなくて大丈夫だって」

 イクシーが手術台の上にいる不安そうなガレをなだめている。

 治療ポッドが設置してあった部屋の隣が手術室だった。無機質な手術台のまわりに大量の機器が並んでいる。頭上から巨大な無影灯が光を照射していた。

「そうだけ……ど……」

 ガレのまぶたが徐々に閉じ、手術台に起こしていた上体を倒した。死角から近づいたマニュピレータが針を刺し、鎮静剤を投与したのだ。

「よし、やるぞ」

 ガレの右腕に細いチューブの先端の針を刺す。ここから注入されるナノマシンが出血を抑えてくれる。

 イクシーの両腕が花のように開く。腕の内部から出ている複数のマニュピレータを確認のために数度動かす。

「サイバネ手術を開始する」


 手術室から出てきたイクシーに駆け寄ったのは、ずっと外でホログラムに表示された手術の様子を見守っていたオーフだ。

「ガレはどうなりました?」

「手術は成功。すぐに目を覚ますよ」

「よかった」

 オーフは目に涙を浮かべて口をほころばせる。

「お疲れさまです。白衣をこちらへ」

「ん、ああ。お願いシャロ」

 イクシーは着ていた白衣を脱いでシャロへわたす。この白衣はこの異世界に来たときから着ていたものだ。そんな汚れた服のまま手術をして不衛生だと思ってしまうが、手術室に入る前にクリーンルームに入って完璧に除菌されている。

 イクシーが視線を感じると、オーフが彼の体を凝視していた。

「やっぱりこの体は驚いた? 俺は体のほとんどをサイバネ手術しているんだ」

 白衣の下には服を着ていなかった。さすがにズボンは履いているので、見えるのは上半身だけだ。

 艶消しのガンメタルの体は肌の質感は皆無で、照明の光を反射する無機質な表面は首の途中まで続いている。顔は人と同じ肌のように見えるが、細胞がひとつとして存在しない人工皮膚だ。その一ミリもない人工皮膚の下には同じガンメタルの輝きが隠れている。脇腹と背中の数ヶ所にあるグリーンのスリットは、排熱用のものだ。

「本当に体を魔法具にしてるんですね……」

「そういうわけでガレは大丈夫だよ。しっかし大変だったね。あの魔物にやられたんでしょ?」

「……いえ、違います。ガレの腕は村を支配してるやつに切られたんです」

「ええっ! そういえば君たち売られたって言ってたっけ。ちょっと詳しく教えてくれる?」

「僕とガレは違う場所からそれぞれ連れてこられて、村に集められたんです。そこは僕たちのような子供たちばかりでした」

「子供たちだけ? 大人はいないの」

「たぶん十人以上はいると思います。大人はみんな僕たちの村を支配しているやつらの仲間で、逆らうと殴られたり、殺されたりします……ガレはあの性格だから逆らって、腕を切り落とされたんです」

 オーフは暗い顔でうつむく。イクシーはあまりにも自身の常識とかけはなれた出来事に、言葉もない。

「えーっと、それでどうして君たちは、たしか呪鎖の荒野だっけ? この場所に来たのかな」

「……僕たち年齢が上の子たちは、獣や魔物を狩ってくるのが仕事なんです。でも最近はあまり狩れなくて、怒った大人たちが魔物をとってこないとみんなを殺すって言って……ガレは怒って、それで腕を……」

「なんだそれ、ひどすぎる……」

「僕とガレと何人かで魔物を探したけど、ぜんぜん見つからなくて。だからガレは呪鎖の荒野に行けば見つかるだろうって言ったけど、他の子は危なすぎるからって反対でした。一人で行くって歩きだしたから、僕は心配で一緒に行きました」

「なるほど、それで魔物に襲われてたと。あれ? そういえば人質がいるんだよね。時間は大丈夫なの」

 イクシーとオーフたちが出会ってすでに一日以上経過している。

「魔物を探すときは何日もかかるのが普通ですから」

「ふーん。でも子供たちだけで何日もか。危険すぎるだろ」

 子供だけで魔物を相手にするのは無謀すぎる行為だ。

「はい。いつも何人か死んじゃいます」

「やばすぎる……」

 イクシーはオーフの痩せこけた顔を見て、すぐに目を外す。元の世界でも過酷な状況にいる子供たちがいることを知ってはいるが、実際に見るのは初めてだ。あまりに不憫でどう声をかけていいのかわからない。再びちらりと目を向けると、粗末な破れの目立つ服に目が止まる。

「そうだ、服を着替えよう! 穴があいてるしっ!」

「えっ」

「そういえば昨日、お風呂入ってないよね? お風呂にいこう!」

「えっえっ」

 イクシーはオーフの体を両手で押していく。

 だが風呂に入ることはできなかった。ラボトレーラーには風呂がないことを知らなかったのだ。普段ゲームではラボトレーラーは移動に使用したり、たまに移動中に足りなくなったアイテムをプリンターで出力するだけだった。実は手術室を使用したのも初めてだった。

 ただベッドルームの横に、一人でしか使えない狭いシャワールームがあった。幸いにもボディソープとシャンプーが置いてある。イクシーはオーフに使い方を教えた。

「あの、ありがとうございました。こんな服まで……」

 シャワールームから出てきたオーフは、サイズが大きすぎるシャツとズボンを着ていた。子供用サイズの服がインベントリになかったからだ。ズボンは何度も裾を折り返し、ベルトで無理やりウエストを締めている。

「いいよいいよ。いくらでもあるから」

 実際にインベントリには大量の衣類の在庫があった。オーフの服を探していたとき、なんでこんなに大量にあるんだろうと呆れるほどの量だった。衣料品店が開けるだろう。

 フィアの声がラボトレーラーのスピーカーから聞こえた。

『ガレが目覚めました』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る