第9話 サイバーパンクと異世界人コンタクト

 イクシーは長柄斧を構えたまま、動かない巨大昆虫を警戒する。

「死んだ?」

『生体活動の停止を確認しました』

「はぁーっ……」

 緊張に固まっていた全身から力が抜ける。ゲームではなく現実での初実戦に、イクシーの精神的プレッシャーは重いものだった。

「お疲れさまでした、イクシー様」

「シャロもサポートありがとう。おかげでなんとか勝てたよ。そうだ、追いかけられていた人は?」

 周囲を確認すると、離れた場所に二人の姿があった。

「ねえ! ガレ! 立ってよ!」

 少年ガレは、地面に倒れて苦しそうに呻いていた。その体を年下の少年が泣きながら必死で揺らしている。

「ぐ……ちくしょう……」

「ああ、どうしよう、どうしよう!」

 ガレは体を揺らすのをやめろと言いたかったが、それすらできないほどの状態だった。手足に全く力が入らない。体を揺らす力がさらに強くなる。

 巨大昆虫の化け物が何かに攻撃され、そちらへ向かったときはこれで逃げられると喜んで走り続けたが、すぐに酷使してきた体が限界を迎えた。ガレの体は巨大昆虫に出会う前から酷い状態だった。

「ガレ! ガレってば!」

「えっと、大丈夫ですか?」

「ヒィィッ!」

 イクシーが声をかけると、少年は大きな悲鳴をあげた。ゆっくりと後ろへ顔を向けると、そこに三メートルの巨人の姿を見て再び悲鳴をあげる。

「ぎゃあぁぁ!」

「え? 子供なの?」

 イクシーは二人が小学生ぐらいの少年だったことに驚く。着ている服は汚く穴もあいている。ぼさぼさの髪は何年も整えられていないように見えて、全身が土ぼこりで汚れていた。荷物らしきものはない。

「転んだのかな? ん?」

 倒れている少年を見たイクシーの目が驚きで大きくなる。右腕の肩から先が無く、そこに巻かれた包帯とは到底言えないボロ布に赤い血がにじんでいた。

「重症じゃないか! すぐに治療しないと!」

「わああああ!」

 レイドアーマーが両手を近づけると、少年は頭を抱えて丸くなる。恐怖で悲鳴が止まらない。

「あああああ……?」

 このまま大きな手で握り潰されると思っていた少年は、まだ殺されていないことに気づいて顔をゆっくりとあげた。

 全身に強い風が叩きつけられる。横を風景が流れ、下から振動を感じる。自分がかなりの速度で移動していることに気づく。少年は何度か馬車に乗ったことがあったが、レイドアーマーを乗せてもこのトラックは、馬車の何倍も速い。

「大丈夫。すぐに治すからね」

「ひぃ」

 聞こえた声に頭上を見ると、ヘルムをつけた一つ目の巨人の顔があり、少年はひきつった声を出す。実際はレイドアーマーの頭部で、一つだけの目はメインカメラだ。

「はじめまして。俺の名前はイクシー。で、後ろにいるのがシャロ」

 少年が恐る恐る後ろを振り向くと、驚きに声を無くした。そこには見たこともない美しい顔の少女がいた。ただし表情は冷たく、感情の見えない黄色い瞳がにらんでいる。服は見たことがないデザインの黄色と青色のラインが入った白いワンピースと、銀色に光るロングブーツ。これはイクシーのインベントリにあったアイテムだった。

「今、ラボトレーラーに帰ってる。着いたらその子を治療してあげるから安心してね」

 少年はまだ混乱していて、言葉の意味を理解できなかった。

「それで、君の名前を教えてほしいんだけど?」

 少年は呆然とした表情のまま固まっていた。

「もしかして、言葉がわからないのかな?」

『シャロとは問題なく会話が可能でした』

「そもそも俺は日本語で話してるのに、通じるのがおかしいしなー。フィアって通訳もできる?」

『言語データがあれば可能です』

「……えっと、その、言葉はわかります」

「おおっ」

 イクシーは胸部コックピットハッチを開く。レイドアーマーの開いた両手の上に乗る少年二人を、はじめて肉眼で見た。

「さっきも言ったけど、俺はイクシー。君の名前は?」

「オ、オーフです。あの……僕たちは、どこへ連れていかれるんですか?」

「ラボトレーラーって言ってもわからないよな。俺たちが住んでる場所だよ。そこに行けばそっちの子のケガを治療できるんだ」

「……どうして、助けてくれるんですか?」

「そりゃあそんな大ケガしてる子供がいたら助けるのが普通でしょ。あと、いろいろ聞きたいことがあるし」

「聞きたいこと?」

 吹き付ける風で暴れる髪の毛を手で押さえながら、イクシーは苦笑する。それがやけに子供っぽく見えた。

「……とりあえず、ここはどこか教えてくれない?」

 うなだれ弱々しい声でそう言った顔は、まるで迷子になった子供そのもののようだった。


 

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