第7話 サイバーパンクと魔法使い
「いやー、しかしすごいなシャロの魔法は」
イクシーは目の前の光景に何度めかの驚きを声にしていた。
周辺の滅茶苦茶に隆起している地面の一部がいくつもの正立方体にカットされ、さらには宙に浮いて移動していた。これはシャロが使う魔法により、ひとりで起こしているものだった。
『データに存在しないESP能力です』
「魔法だからなー」
イクシーはレイドアーマーに乗らず、ラボトレーラーのそばで立っている。手伝おうとしたのだが、シャロに止められたのだ。
「イクシー様がやる必要はありません。私がやります」
中学生か高校生ぐらいに見えるシャロに地面の掘削は無理だと思えた。なにしろレイドアーマーの力でも簡単には削れないほど硬いのだ。
そう説明すると、シャロはいとも簡単に隆起した地面をバラバラに切断してみせた。ただ立っているだけで、呪文なども口にすることなく、一瞬青い光の線が見えた場所が切断される。切断されたものは宙に浮かんで、そのままラボトレーラーに向かって運ばれてきた。
イクシーがレイドアーマーで作業するより何倍も効率的だった。それでも人手は多いほうがいいと言ったが、じっと無感情な黄色い瞳で見つめられ続けた結果、諦めるしかなかった。
「フィア。シャロの様子はどう?」
『脈拍、心拍数、各種臓器および機械義肢、全て問題ありません』
「よかった」
イクシーは胸を撫で下ろす。シャロはイクシーが【初めてゲームではなく現実で行ったサイバネ手術】の相手なのだ。ゲームでは正しい手順で、正しい部品を組み合わせればよかっただけだが、現実となってしまった今ではどんな不具合が出てもおかしくない。
「バイ菌が入ったりしてない?」
『感染症の疑いは見られません』
「痛がったりしてない?」
『脳波に痛みを感じている様子は見られません』
すでに同じ確認は何度もしている。それでも不安だった。
「……心配だ。ゲームにはない細胞なんだもんな」
シャロの体細胞を検査したところ、データ不明でどんなものなのかわからなかった。そこでインベントリに収納してみたところ【高親和魔力因子細胞】というゲームには存在しない名前が表示された。
「でも治療ポッドで普通に回復したし、よくわからね~」
ラボトレーラーに設置されている治療ポッドは、だいたい中レベルの代物だ。高レベルのバイオテクノロジー技術を使用している場合、この治療ポッドでは治療不可能だった。それでも詳細不明の体細胞を持つシャロを治療できている。
「まあしばらく様子を見るしかないかー」
『イクシー。偵察ドローンがなにかを発見したいうです』
「映像を出して!」
イクシーの前にホログラムが浮かび上がる。自分の視界だけに表示することもできるのだが、目や頭を動かしても常に同じ場所に見えることがどうしても違和感があり、ホログラムの実物を出すようにしていた。
表示された映像には、巨大な昆虫らしきものに追いかけられる二人の人間の姿があった。ドローンの位置が遠く、顔の詳細はわからない。
「ちょっ、これって、はじめての異世界人? やばい、助けないと!」
イクシーは急いでラボトレーラーのレイドアーマーへ走る。階段を駆けあがり胸部コックピットが完全に開くのを待たずに飛び込む。
「装備はえーっと、これでいいや! フィア! ナビはできる?」
『はい』
レイドアーマーはラボトレーラーを飛び出すと、近くに駐車していたトラックへ向かう。大型プリンターで以前に出力していたものだ。
「後ろを開けて」
トラックの後部コンテナが自動で開き、その上にレイドアーマーが片膝をつくかたちで乗る。
「フィア、出発して」
「私も行きます」
「シャロ!」
いつの間にかそばにいたシャロは、トラックのドアを開けて乗った。
「あー、もう、しょうがないか! 行って!」
フィアがトラックを全速力で発進させる。周囲の隆起した地面はある程度整地されていて、トラックが走れる道路も作ってあった。もしも何かあった場合、道路がなければラボトレーラーを移動させることができないからだった。
「間に合ってくれよー」
土煙をたてて暗緑色のトラックが異世界の大地を疾駆する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます