第4話 サイバーパンクで掘削工事
「おい、フィア。地面の下に女の子がいるって言ったのか?」
『正確には、少女の見た目をした遺伝子改良生命体です』
「生きているんだよな」
『わずかですが生命反応があります。両手足が欠損しています』
無感情なフィアの言葉の内容にイクシーは慌てる。
「おい! それってマズイだろっ! はやく助けないと」
『現在地面を掘削するための設備及び建築機械はありません』
周囲の偵察と最低限の防衛を最優先にしたため、プリンターで作ったドローンと防衛ロボットしかない。これらには地面を掘る機能は備わっていない。
「じゃあ、大型プリンターでショベルカーを作って……」
『移動用トラックを出力中です。中断するとこのプリンターではやり直しは不可能ですが、それでもいいですか? 完成まではあと一時間以上かかります』
ラボトレーラーにある大型プリンターはひとつしかない。
『また今からショベルカーを出力するとしても、完成には二時間以上かかります』
「わかった! 大型プリンターはトラックが完成したらショベルカーを作って。それと中型プリンターで地面を掘る機能があるロボットを作るんだ」
『数はどうしますか』
「空いているプリンター全部使って、そうだ、ひとつは先にスコップを作っておいて」
『どんなスコップでしょうか?』
「レイドアーマー用のでっかいやつだよ」
イクシーはラボトレーラーへ向かって走る。
「格納庫を開いて!」
ラボトレーラーの側面が音をたてて大きく開く。そこに鎮座していたのは、体高三メートルの人型搭乗兵器【レイドアーマー】だ。全身青みがかった艶のない灰色に塗られている。
イクシーが搭乗用の階段を上がると、胸部のコックピットハッチが自動で開く。操縦シートにイクシーは飛び込む。
ハッチが閉まると一瞬暗くなったが、すぐに外の風景がイクシーを囲む半球型モニターに表示されると同時にフィアの声。
『レイドアーマー起動完了。システム通常モード』
イクシーはコックピット内部のあちこちに目を向ける。
「乗ったはいいけど、動かせるのかな? ゲームと違うだろうし」
『コントロールレバーを握ってください。ただしそのレバーを動かす必要はありません。イクシーの脳とリンクして思考するだけで動かせます』
「そうなの?」
イクシーはシートの両側にあるレバーをそれぞれ握る。すると自分がレイドアーマーを動かせるということが、なぜか理解できてしまった。一度つばを飲み込み、レイドアーマーを動かす。一歩踏み出した右足がラボトレーラーを少し揺らした。
「すごい、本当に動いた……」
『脳波リンクとレイドアーマーの同期に問題はありません。イクシー、スコップが完成しています』
格納庫の中には中型プリンターが二台設置してある。これはレイドアーマーの武器や部品を出力するためだ。そのひとつから巨大なスコップを手にする。
「フィア、女の子が埋まっている場所まで案内してくれ」
『ルートを表示します』
青い光の線が地面に表示され、それをたどり進む。
「くそっ、めちゃくちゃ進み辛いぞ」
小山の周囲の地面は、レイドアーマーより高く隆起したり、逆に低くなっていたりする場所もあり、真っ直ぐ進むのは無理だった。平らな場所はひとつもなく、いつバランスを崩して倒れてもおかしくない。
『この状態ではショベルカーは進むことは不可能です。掘削用ロボットのほうが有用でしょう』
「いや、ショベルカーでまず道を作ればいい」
なんとか少女が埋まっている場所までたどり着く。
「埋まっている深さは?」
『四十三メートルです』
「深いな。でもやるしかない!」
レイドアーマーは勢いよくスコップを地面へ突き刺そうとして、跳ね返された。
「へ?」
もう一度スコップを振るうと、再び硬質な音をたてて跳ね返された。
「なんでだよ! このスコップはチタン合金だぞ!」
資材は豊富にあるのでスコップには良い素材を使用していた。
『サーチの結果、周辺の地面はすべて一種の強化セラミックというべき物のようです。硬さはレイドアーマーの装甲に匹敵します』
「どうなってるんだ異世界は!」
何度もスコップの先端を突き刺すと、地面が割れた。
『衝撃には多少弱いようです』
「スコップじゃダメだ。たしか工事用機械のなかに、巨大なパイルバンカーがあったはず。あれをレイドアーマー用にしよう」
『プリンターで出力します。それと工事用ロボットの装備を岩盤掘削バンカーにするのを提案します』
「そうしておいて。あとショベルカーじゃなくて、パイルバンカーをつけたやつに」
『わかりました』
ラボトレーラーへ戻るとレイドアーマー用のパイルバンカーは完成していた。それを装備して戻る。パイルバンカーは地面を掘削することは可能だったが、砕いた土を掘り出す作業もイクシーがしなければならないので、進みは遅かった。途中で工事用ロボットが到着したが、作業効率はあまり上がらなかった。
何時間も作業して太陽が沈んだ頃に、パイルバンカーを装備した大型建築機械によって通路が完成した。それを使って多数の建築機械や工作ロボットが送られ、土砂搬出用のベルトコンベアが設置されると作業スピードがあがった。
「よし! 見つけた!」
サイバネ化された無限の体力で深夜まで掘削を続けた結果、ついに少女を発見した。少女の四肢は無いが出血は見られなかった。
「すぐ治療ポッドに入れるぞ!」
すでに待機していた医療ロボット数台が少女を医療機器を搭載した車に運び入れると、すぐにラボトレーラーへ向けて動き出した。
「助かるかな」
『遺伝子改良生命体の耐久力次第でしょう』
「本当に遺伝子改良生命体なのかな。そうは見えなかったけど」
ゲーム内における遺伝子改良生命体は、いわゆる【敵】だった。企業や敵対組織にマッドサイエンティストが作り出した、凶悪な生体兵器。醜い触手の塊や、肥大した筋肉と巨大な爪と牙を持ち胸に複数の赤い目がある化物などは存在したが、あのような人間の姿をしたものは見たことがなかった。
『精密検査をすれば詳細なデータが得られるでしょう』
「……異世界人とのファーストコンタクトがこんなに大変になるなんて思わなかったよ……普通はモンスターに襲われてるところを助けたりとか、そういうのがテンプレのはずなのに……」
『イクシー。掘り出した土をインベントリに収納してみたところ、わずかですが有用な資材が入手できました。周辺の地面を引き続き掘削するべきだと提案します』
「好きにしてくれ……」
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