第3話 サイバーパンクで周囲を調べよう
「はー、やっぱり何もないか……」
イクシーはずっと見ていたドローンカメラの映像を映していたホログラムを消すと、目を閉じて椅子の背もたれに体重を預けた。全身をサイバネ化しているため肉体の疲労はないが、精神的な疲労は感じていた。口を開かなければ、ラボトレーラーのなかはプリンターが動く音しか聞こえない。
この異世界に転移してすでに数日経過していたが、イクシーはラボトレーラーを移動させていない。まず周囲の確認をするためだった。
ラボトレーラーは周囲より一段高い小山の上にあった。そこはきちんと平らに整地されていて石壁の建物の残骸があるので、以前は人が住んでいた場所なのだろう。
小山からまわりを見渡せば、かなり遠くに頂点が雲に届きそうな山脈が左右に伸びていた。イクシーがいるのはその山脈で周囲を囲われた広大な平野のなかだった。
この平野は草木ひとつ見当たらない荒野である。砂漠ではなく土の地面が彼方まで広がっている。遠くに大きな川が流れているが、その周囲にも植物の姿はなかった。
「けっこう調べたけど、本当に何もないな。いや、街のあとらしきものはあったけど……」
イクシーの現在地である小山の周囲数キロメートルの地面は、巨大地震が起きたのか、または巨人が地面を掘り返したかのように無茶苦茶になっている。その中に建物の残骸が見え隠れしていた。
「うーん……あの場所を調べるのもありだけど、どうしようかなあ」
イクシーは異世界転移したことを認めると、まず周囲の確認のために偵察ドローンを飛ばすことにした。しかしラボトレーラーが装備していたのは武器を搭載した防衛ドローンのみだった。これは遠距離まで移動することができない。ゲームで長距離偵察ドローンを使用していたのは中盤までで、終盤はほとんど研究所にこもっていたから必要がなかったのだ。
なのでまずプリンターでドローンを製作する。複数のプリンターを使用した。ドローンを作るのには大きすぎる中型プリンターすら使用した。
一機のドローンが偵察できる範囲は限界があるので、十以上のドローンで周囲をしらみつぶしにしている。それでも荒野全てを調べるには広すぎた。数日間かけても半分も終わっていない。
「ハー……」
イクシーはホログラムでラボトレーラーの周囲の光景を映した。
「これは確実に異常だよな」
ホログラムには遥か遠くにある山頂が雲に隠れた山脈があった。ただし山脈は全て植物の緑に覆われていた。山脈の上部は雪が積もっているのに、そのすぐ下は青々とした緑色。左右に伸びる山脈全てが白色と緑色に塗りわけられている光景は異常だ。
「南側には草も木もないのに、こっちにだけあるっていうのおかしいよ。それに雪が積もってるのに全く枯れずに緑色だし」
映像がズームすると、山脈の雪が積もっているのは、大きく育った緑の葉を広げる木々の上だというのが見える。これも異常なことだ。雲に触れる位置まで木々に覆われた山は、地球上に存在しない。
「まーでも、ここは地球じゃないしなー。寒い場所でも育つ木があるかもだし」
イクシーはしばらく座ったままラボトレーラーの無機質な天井を見上げていたが、立ち上がる。
「よし。ずっと変わらないドローンの映像見るのも疲れたし、外に出てリフレッシュするか」
外に出ると頭上に警備ドローンが浮かび、ラボトレーラーの周囲にいくつかの円筒型警備ロボットが立っていた。警備ロボットはドラム缶みたいな体に二つの銃が装備されていて、四つのタイヤで移動する。
「フィア、いつごろできそう?」
『完成まであと二時間ほどです』
ラボトレーラーの上部にあるクレーンのような物が動いていた。実際にクレーンように物を運ぶこともできるのだが、これは大型3Dプリンターでもあった。
大型プリンターが出力しているのは、四人乗りのトラックだった。トラックとはいってもタイヤは普通よりも大きく車高が高い、オフロード用のものだった。ラボトレーラーよりも小さく、小回りがきく乗り物が必要になるかもしれないので作っていた。
「ここから移動できるにはいつになるんだろうか……」
イクシーはバナナアジのゼリー飲料を飲む。これもプリンターで出力した。体のほとんどを機械化しているため飲食物が必要なくなったが、三食少しでも食べないと落ち着かないのだ。幸いにも味覚は人間と同じようで、ちゃんと美味しいと思える。ただし排泄する必要はない。
『イクシー。高性能偵察ドローンが何かを見つけたようです』
偵察ドローンの出力速度を上げるために性能が低いものを優先した。ドローンの数がそろうと少数だけ高性能偵察ドローンを出力する。これは地面の中などもスキャンできるが、行動範囲とスキャン範囲は狭い。
「何を見つけたって?」
『私のデータに存在しない遺伝子改良生命体のようです。見た目は人間の少女です』
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