第2話 サイバーパンクを確認しよう
『イクシー、落ち着きましたか』
「ああ……」
生石一哉もといイクシーは、しゃがみこみ頭を抱え込んでいた状態から、ゆっくりと立ち上がる。
オリーブ色の巨大なトレーラーを見上げると、これが現実なのだと思い知る。ゲームとは違う本物の質感。
自分の腕を触ると、見た目は人間の肌なのに硬い。イクシーは自分の肉体のほとんどを機械化したキャラクターなのだ。生身のままなのは脳と生殖器系のみ。
「……全身をサイバネ手術しなくてよかった」
イクシーは自分の股間を確認して胸を撫で下ろす。
「バイオテクノロジーのスキルは持ってないから、自分では元に戻せないからなあ。フィア、トレーラーの中に入れるか?」
『もちろん可能です』
ラボトレーラー側面が音を立てて開き、そのまま地面へのスロープとなる。ゲームと同じギミックだ。スロープを進み内部へ入ると、そこもゲームと同じ研究設備のスペースだった。ラボトレーラーという名前の通り、このトレーラーは移動する研究所になっている。
「研究設備も全部ゲームのままか。これも使用できるのか?」
『ラボトレーラーに異常はありませんよ、イクシー』
こういったAIの応答は、ゲームとは比べ物にならないほど流暢になっている気がした。そもそもプレイヤーの名前を音声で呼ぶことがなかったとイクシーは記憶している。
「あー、まずは何を確認すればいいんだ? 近くにシティがあるのか? アイテムは持ってるのか? 他には……」
『研究所のインベントリにあった資材とアイテムは全てそろっています』
「えっ、本当に? えっとじゃあ、リカバリーインジェクタを出してくれる?」
リカバリーインジェクタはゲームでの回復アイテムのひとつだ。注射器の形をしていて使い方も同じだが、シリンダーの中に入っているのは修復用ナノマシンという設定だった。
『ではプリンターで出力します』
「へ?」
壁際に設置してある3Dプリンターが起動し、アームの先が発光しながら素早く動きだす。
「どういうことだ? インベントリから直接取り出せばいいのに」
『インベントリに資材は全てありますが、それを直接取り出すことは不可能です。インベントリ内の資材とアイテムはプリンターで出力しなければいけません』
「いやいや。わざわざ出力しなくてもインベントリにはあるんだろ?」
『不可解なエラーなのですがインベントリ内部には存在しているのですが、そのインベントリというのがどこにあるのか、私には確認できません』
イクシーはとりあえずメニュー画面を開き確認する。メニュー画面は空中に投影されたホログラムで、それを指で操作する。
「……たしかにある」
表示された大量の資材とアイテムは見慣れたゲームのままだった。そこでこの量のアイテムが存在すれば、ラボトレーラーの中に到底入りきらない量だということに気づく。ゲームでは落ちているアイテムを拾うだけでいくらでも持ち歩くことができたし、研究所の倉庫には無限に資材とアイテムを保管できた。
「ゲームで持っていたアイテムは全て存在しているけど、それはインベントリ内のデータであって、使用するにはプリンターで出力するしかないってことなのか……?」
イクシーの感想は「めんどくさいな」だった。こういう異世界転移ものでは収納魔法やインベントリの出し入れは、自由なのが当たり前のはずだった。
「待てよ。そうなると、これから手に入れたアイテムはインベントリに入れれないってことなのか?」
『いえ。これも不可解なエラーなのですが、このラボトレーラーの周囲五メートル以内にあればインベントリに収納可能なようです』
「そうなのか。じゃあ俺の近くにあるアイテムも……」
『残念ですが、イクシーにその機能は存在しません』
「つまり、インベントリ収納能力はラボトレーラー固有ってこと?」
『そうなります。というより私、フィアの機能です』
「フィアのってどういう意味だよ」
『……以前の私AIフィアは、イクシーに内臓された記憶領域に存在していましたが、今はこのラボトレーラー内の記憶領域に存在しています。ラボトレーラーの操縦や内部設備の運用も、私の意思で可能になっています。そういった新しい機能のなかにインベントリ収納機能も存在しています』
「つまり、俺には収納能力がないってきとだな」
『そうなります』
イクシーは大きく肩を落とし、ため息をつく。
「できないものはしょうがないか」
『リカバリーインジェクタが完成しました』
イクシーがプリンターの中を見ると、サイバーパンクなデザインの注射器がたしかに存在していた。
「これ、本当に使用できるのか?」
『現在のイクシーに損傷部分はありません。使用する必要はありません』
「何かあったときのためにとっておくか。フィア、あと五つほどリカバリーインジェクタを作ってくれ」
『わかりました』
プリンターが再び動き出す。このプリンターは高性能タイプなので、小型のものであれば一度に複数個の出力が可能だった。
「あとは、そうだ、食料と水!」
『イクシーは脳と生殖器系以外をサイバネ化しているので、基本的に食料も水も摂取せず半永久的に活動可能です』
慌ててインベントリを確認していたイクシーは動きを止めた。
「飢え死にする心配はないってことか」
イクシーは自分の手を見る。意識すれば指先が開き、黒く光る金属の骨が現れる。
「……本物のサイボーグになったうえに、異世界転移かぁ。これからどうなっちゃうんだろうなぁ……」
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