サイバネ・ワンダー・テイク 異世界をサイバネ手術でサバイブする
山本アヒコ
第1話 サイバーパンクから異世界へ
「あれ? おかしいな……」
十九歳の男子大学生である生石一哉は、ワンルームマンションの一室でゲーミングチェアに座ってVRゲームにログインしたはずだった。
「風が吹いてる」
風を体で感じるのが異常だった。現代では全感覚没入型のVRゲームなどまだ存在していない。ヘッドギアで青空の下にいる景色を見ていたとしても、感じるのはエアコンで管理された室内の気温のはずだった。しかし今は、体を撫でる風が少し肌寒い。
ヘッドギアを装着してゲームを起動するまではいつも通りだった。なのに今の生石はゲーミングチェアに座っておらず、風が吹く屋外に立っていた。
「どこだここ? こんなフィールド見たことがない……」
ゆっくりと左右を見回すと、崩壊した建物ばかりがあった。切り出された四角い石を積み上げて作られた壁の残骸ばかりで、まともな形を残している建物はない。石壁が残っているものでも、生石の胸の高さが最大だった。
「まるで古代遺跡みたいだな。でも絶対にゲーム内にこんな場所なかたぞ。そもそもサイバーパンク世界だったし」
『ごきげんよう、イクシー』
「うわあっ!」
急に聞こえた声に振り返ると、そこには巨大なトレーラーがあった。タイヤの大きさは二メートル、全長はトレーラーと呼ぶより電車と言った方がいいほど長い。全体がオリーブ色に塗られたそれは生石がよく知っているものだった。
「俺のラボトレーラー?」
オリーブ色の巨大なトレーラーは生石がゲーム内で使用しているものだった。
『そうですイクシー。あなたのラボトレーラーです』
「その声は、フィアなのか?」
『はい』
落ち着いた女性の声は、ゲームでミッションの説明やアドバイスをくれるAI【フィア】の声だった。これはそれぞれのプレイヤーによって設定を変更できるので、男性の声や子供に老人の声にすることもできる。
「フィア、ここはどこなんだ!」
『現在地は不明です。イクシーとラボトレーラーは研究所にいたはずでしたが、なぜか屋外にいます』
「そうだ! 研究所!」
生石がプレイしようとしていたのはサイバーパンク世界のVRMMOゲームだった。その中で【マッド研究所】というクランに所属していた。クランはその名前の通り巨大な研究所をクランハウスにしていて、そこには共同で使用できる巨大な研究機材などがある。生石はゲームにログイン・ログアウトする場所は研究所にしていた。
しかし、その研究所の薄暗く冷たい灰色の金属で覆われた壁はどこにも見えない。あるのは崩壊した古代遺跡と、そこに似合わない巨大トレーラーと自分の体。
「そうだ、マップを開けば……マップ表示!」
体内にインプラントされた機械によって視界に表示されたのは『NO DATE』の文字のみ。
「そんな……」
『周辺からデータ収集可能な機器の存在が確認できません』
AIフィアは性能をかなり上げているので、高度なデータジャミング攻撃などをされない限り現在地などのデータは収集できるはずだった。
「……これは、まさか、本当に……?」
現実逃避を続けていたが、最初に風を感じた時からうっすらと脳裏に浮かんでいた言葉を直視しなければと思い始める。
「すー、はぁー」
右手を見ながら深呼吸。ゲームをプレイするときはボタンを指で押し込む。しかし今はそれを、頭で思うだけで可能な気がする。
指にいくつもの線が浮かんだ瞬間、指が花のように開いた。皮膚や肉が裂ければ血が出るはずだが一滴も流れず、痛みも無い。
「…………」
生石は開いた指の中身を呆然と見る。白い骨のかわりに黒く光る金属がそこにはあった。皮膚の内側にも脂肪や筋肉が無く、あるのは何かの金属の鈍い光があった。
「ス、ステータス!」
視界に人物の全身像が表示された。ゲームでいつも見ていた自身のステータス画面だ。しかし、そこに表示されていたのはいつもの自分ではなかった。
生石は自分のキャラクターの外見を屈強な黒人男性の姿にしていた。だが現在表示されていたのは、細身で黒髪のアジア系男性。いつも鏡で見る、生石一哉の顔だった。
「嘘だろ」
生石一哉は自分が使用していたゲームキャラクター【イクシー】となり、見知らぬ異世界へ存在していた。
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