第22話 side 陽人

「じゃあ、帰るわ」

「待って、一緒にいたい。今日だけでいいから、一緒にいたい」

「いや、意味わかんないんだけど」

「夕貴を失ったのに、陽人まで失うなんて……。精神がもたないよ」



コウキはすがるような目を俺に向けている。

確かに、コウキは今日奥さんを失った。

それは、俺も同じだ。



「じゃあ、何であんな酷い事言ったんだよ。言わなきゃ、いなくならなかったろ?」

「言わなくたっていなくなってたよ」

「どうして?」

「夕貴が、陽人の奥さんを見る目に熱を感じたから」

「コウキは、まだ奥さんを愛してたんだな」

「愛じゃない。情みたいなもんだと思う。さっき言ったみたいに俺の愛はあの日陽人に向いたから……」

「冗談やめろよ」



笑った俺の顔を見ないように俯く。

本当は、ずっと気づいていた。

コウキの俺を見る視線に熱がこもっていたのを……。

だけど、見ないようにしてきた。

だって……。



「ごめん。気持ち悪いよな」


コウキは、目を合わせないままに呟いた。

俺は、コウキを利用しながらも心のどこかでずっと【気持ち悪い】と思っていたんだ。

しほりにたいしてもそうだ。

俺の子供を産んでくれて【ありがとう】って思いながらも、抱いてくれとせがむしほりは気持ち悪かった。


「その気持ちわかるよ。俺だって、夕貴にそう思ってるから。でも、あれだな。人に気持ち悪いって思っていながら、自分に向けられると何かな……。じゃあ、やっぱり帰るわ」

「とりあえず……。家に来いよ」


コウキが泣いてるのがわかったから、そう言った。

多分、全人類の中で……いや、この四人の中で俺が一番最低な人間なんだろうってのはわかってる。

それでも、優しく出来ない。

それが、俺なんだと思う。



「ありがとう」

「で、これからどうすんの?」

「とりあえず、荷物はいったん纏めに行かなきゃとは思ってる。あっ、心配しないで。会社は、辞めるから」

「別に辞めなくてもいいんじゃないか。会わなきゃすむだろ?」

「もう二度と俺には会わないつもりなんだ……」


吐き捨てるように小さな言葉を拾わずに無視する。


「ご飯食いそこねたから、腹減らない?」

「確かに、そうだな」


しほりがいなくなった今。

俺にコウキを受け入れる理由はない。


「何かコンビニで買って帰るか?」

「そうだな」

「あのさ……コウキ」

「何?」


【同僚に戻らないか?】なんて言葉を言いたくなったけれど、やめた。

そんなのに戻れるわけない事、俺が一番わかってる。



「何か食べたい物ある?」

「別に、これと言ってはないよ」

「そっか。じゃあ、コンビニで決めようか」

「そうだな」



コウキの優しさに甘えていながら、コウキを捨てようとしてる。

俺は、いったい何がしたいんだろう?



「こんな事言うのはよくないのわかってるんだけど」

「何?」

「陽人って、誰かを本気で愛した事ある?」

「あるから、子供産まれてんだろ」

「そうだよな。ごめん、忘れて」



本当は、俺もそう思ってた。

俺って誰かを本気で愛した事あんのかな?

しほりの事、ちゃんと愛してたのかな?

考えれば考えるほど、わからない問題。



「陽人は、これからどうするの?」

「話し合いはするつもりないよ。99%俺が悪いだろうから。でも、卑怯だよな?金にものいわして、あんな証拠まで持ってきてさ。あっ、ごめん。コウキの奥さんなのに」

「ううん。俺も卑怯だと思ったよ。何もあの場で見せなくてもって」

「だよな!自分達ばっかり被害者のフリしてさ。こっちだって被害者だってのに……」

「そうだよな。こっちだって被害者だよな」



俺を肯定してくれるコウキは、嫌いじゃない。

コウキと話していたら、さらにイライラしてきた。

しほりは、自分ばっかり被害者ヅラしすぎなんだよ。

俺だって、しほりに二人目二人目って迫られてストレス溜まりまくりだったんだから。


「俺は、嫌だって言ってんのに二人目、二人目って本当に病気だよ」

「陽人は、二人目はいらなかった?」

「いらないとかじゃなくて、気持ち悪いんだ。今さら、しほりを抱くとか考えられないし。ほら、よく愛妻家の人がさ。子供産んでくれてからより愛しくなったとか言うけど。正直、あれの意味がわからないんだよな。子供を産んでくれたら、もう愛せないんだよ。何か、母親とするみたいで気持ち悪くて吐きそうなんだよ」

「それは、俺もわかるよ。結婚したら、夕貴とするの気持ち悪くなったから……。何か、動物的な本能が拒絶してる感覚かな?」

「それだよ、それ。勝手な事言ってるのはわかってるんだけどさ。本能が拒絶してるんだよ。もういらないってさ。なのに、何であんなに求めてくるんだろうな?向こうは、野生の本能なくしたのかな?」

「さあーー、どうかな?人によっては、女の人が拒絶する場合もあるからね」

「俺もそっちだったらよかったわ。拒絶してくれてたら、浮気なんかしなかったわけだし。ごめん」

「いや、いいよ。それは、わかってるから……」



何か俺……。

コウキに酷い事言ってる気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る