第20話 彼女と彼女
母の言葉に驚いて、私は彼女を見てしまう。
「どうして、私の旧姓を知っているのですか?」
「しほりさん……って桜って名字なの?」
「はい。桜しほりです。でも、どうして?」
「この子を覚えていない?」
いつもとは違って、お母様は興奮した様子でしほりさんに近づくと写真を見せる。
「私の世界を変えてくれた子です。でも、どうして……?」
「その子は、私の妹」
「妹……。夕貴さんの?」
「そうよ。名前は、
彼女は、驚いた顔をしながら写真を見つめている。
お母様は、彼女を見て涙を浮かべていた。
「桜ちゃんは、一度だけあの子が連れてきた友達だった。桜ちゃんだって、娘さんの顔を見てすぐにわかったわ」
「確かに……娘は、幼少期の私によく似ていると言われるんです」
「ありがとう、美貴と友達になってくれて……」
「いえ。助けてもらったのは、私の方です。本当にありがとうございました」
妹を失ってから、初めてだった。
こんな柔らかく暖かい笑顔を浮かべるのは……。
「抱かせてもらってもいいかしら?」
「大丈夫ですよ」
「名前は?」
「絵茉です」
「絵茉ちゃん、おいで」
「マーマ、マーマ」
彼女の娘は、覚えたばかりの言葉を話しているようだった。
でも、お母様はママと呼ばれたのが嬉しいようでにこやかに笑いながら彼女の娘を抱き締めている。
「母さんがこんなに穏やかなのは久しぶりだな。夕貴」
「そうだね」
「ありがとうな、夕貴。友達を連れてきてくれて」
「ううん」
お父様は、泣きながらお母様を見つめている。
桜は、名字だったんだ。
彼女は、私の世界も変えてくれた人。
お父様とお母様は、しばらく彼女が家にいる事をすごく喜んでくれた。
「部屋は、たくさん空いてるから使って」
私は、二階の部屋に彼女を案内する。
「小学校を留年したってさっきお母さんが言ってたじゃない?」
「あーー、あれは忘れてくれていいの」
「あれって、私の世界を変えてくれた人は二人いたって事だよね。美貴さんと夕貴さん……」
「さあーー。昔の事だからどうだったかな?絵茉ちゃんは、ベッドに寝かせてあげる?」
「あっ……うん。ありがとう」
家政婦が用意してくれたベビーベッドを指差す。
懐かしい。
私と妹が使っていたやつだ。
「昔の話だけじゃない。夕貴さんは、私の世界を変えてくれた。今回も……」
「そんな事ないわよ」
彼女は、ベビーベッドに娘を寝かしてから私の前に立った。
「どうしたの?」
「さっき陽人が言った事」
「あーー、気にしてないから大丈夫よ」
「気にして欲しい」
「えっ……」
「あっ、何て言うか。女同士なんだけど、それでも……何か」
彼女は、耳まで真っ赤に染めながら話している。
「すぐにじゃなくてもいいのなら、考えたい」
「すぐじゃなくていい。私は、夕貴さんとこのままさよならは嫌だから……」
「考えさせて」
「はい」
考えなくても答えは決まっている私は、彼女の傍にいたい。
彼女を守ってあげたい。
だから、さようなら、コウキ。
今まで、ありがとう。
・
・
・
・
・
『これからもよろしくね』
私は彼女と握手を交わした。
うまく言葉には出来ないけれど……。彼女の隣に居れるならそれだけで充分だから……。
さようなら……陽人。
今までありがとう。
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