第18話 対決【しほり視点】

帰宅した私は、母に連絡する。


「お母さん、このまま絵茉を預かって欲しいの。迎えに行くのは、明日の夜遅くになると思う」

「こんな小さい絵茉を預けるなんて、しほり最近変よ?陽人さんと何かあるの?」


陽人が不倫してるの何て母に言えば、実家にすぐ帰ってきなさいと言われるのはわかりきった事。


「ちょっと……。陽人が、風邪気味だから。絵茉がうつったら、ほら前も入院したでしょ?駄目なら迎えに行くわ」

「あら、それは駄目よ。絵茉は、風邪を拗らせやすいんだから……。明日の夜には大丈夫なの?三日ぐらいなら、しほりが風邪をひいた時見てたから大丈夫よ」

「本当に!じゃあ、明後日の夕方に迎えに行くから」

「絵茉、ママにバイバイわ」

「バーバーイ」

「じゃあ、お母さんよろしくね」

「はいはい」


絵茉が一歳半の時に、私が熱でダウンした。

陽人が見れないと言うもんだから、母に絵茉を頼んだ。

絵茉は、風邪をひくと拗らせやすいタイプだった。

陽人の風邪がうつって肺炎になりかけた事もある。

それを知っている母は、風邪だと聞いたから見てくれたのだ。

これで、絵茉を心配しなくて済む。

陽人と私が揉める姿を小さな絵茉には見せたくない。


「ただいまーー」

「お帰り……ご飯は?」

「今日は、食べてきたからいいわ!あれ?絵茉は?」

「あっ……。コホッ、コホッ……風邪気味だからお母さんに頼んだの」

「えっ?大丈夫?熱はある?寝てなきゃ駄目じゃん」


陽人が近づいて来て私のおでこに触れる。

いきなりやめて気持ち悪い。

避けそうになる自分の体を必死に押さえて立っていた。


「うん。少し休むね」

「そうしな」

「明日なんだけど、風邪治ってたら行きたいお店があるの。お母さんに絵茉預かってもらってるから行かない?」

「風邪治ってたらな!おやすみ」

「おやすみ」


私は、絵茉の部屋に入る。

さっき陽人に触れられて嫌悪感が湧いた。

もう、一緒にいる事は出来ない。

あと1日……。

あと1日だけ我慢すれば……。

全てが終わる。


次の日、朝起きると陽人はもういなかった。


【夜ご飯食べに行こう。善って店なんだけど】

【体調は、大丈夫?】

【もう大丈夫だから】

【わかった。仕事終わったら連絡する】


メッセージのやり取りが終わり、私は母にかける。


「もしもし、絵茉は大丈夫?」

「大丈夫よ!絵茉、ママだよ」

「マーマ、マーマ」

「よかった……」

「しほりは、体調大丈夫なの?」

「うん。明日には迎えに行くから」

「わかった。待ってるから」

「あっ、お母さん。絵茉の離乳食」

「それがね、お父さんが昨日買ってきたのよ。ほら、しほりが外で買うなら瓶に入ったやつがいいって言ってたでしょ?それをたくさん買ってきたの」

「お父さんが?珍しいね」

「でしょ?だから、心配しないで大丈夫よ」

「ありがとう……お母さん」


泊まりに行った時に母と話した言葉を父は聞いてないフリをしながら聞いていたんだ。

私は、彼女に連絡する。


【覚悟は出来た。夜には行くね】

【私も出来てる】


彼女は、この世界で、一番の私の味方。

何をしていたわけじゃないのに、あっと言う間に夜になる。


「ただいまーー、しほり何か雰囲気違うな」

「善は、素敵なお店だから。陽人は着替える?」

「そうだな。会社帰りってのは嫌だから……。着替えてくるよ。ネクタイはしなくていいよな?」

「うん、大丈夫」


嬉しそうに陽人は、着替えに行く。

でも、この笑顔も苛々する。

さようなら、今日で陽人とはお別れなの。


「行こうか?」

「うん」


久しぶりに並んで歩く。

絵茉のいない二人だけの時間。



「二人目だけどさ……。やっぱりまだ少し考えさせてくれない?悪いんだけど」

「うん。別にいいよ」


余裕を持って返事を返せるのは、別れが近づいている証拠。



「素敵な店だなーー」

「うん。ある人に教えてもらったの」

「その人、センスあるな」

「でしょう?素敵な人よ。いつか会ったら陽人も気に入る」

「へぇーー。会ってみたいな」


大丈夫。

すぐに会えるから……。


「いらっしゃいませ」

「予約している山波です」

「山波様ですね。こちらにどうぞ」


案内されて連れて行かれる。

多分、もう彼女はついているはずだ。


「こちらです」

「ありがとうございます」

「凄いなーー、個室なんだ」


ドアを開けた瞬間。

にこやかな陽人の笑顔が曇った。


「しほり……二人じゃないのか?」


小さく絞り出した声に笑いそうになるのを堪える。

私は、陽人にほとんど話さず。

彼女が全てを説明してくれる。



「映画の続きを再生して下さい。私も見たいです」

「……るぞ」

「えっ?」

「帰るぞ。しほり」


陽人は、震えながら私の手を掴んでくる。


「やめてよ。せっかく映画を見るんだから」

「これは、映画何かじゃない」

「何で?どうして陽人がそんな事知ってるのよ」

「そ、それは……」

「話せないなら続きをみようよ」

「やめてくれ。俺は、しほりも絵茉も失いたくない」


陽人が叫んだ言葉にやっぱりこの人は最低だと思ってしまった。

夕貴さんの旦那さんは、驚いた顔をしてポロポロと泣き始める。


「コウキ、大丈夫?」


夕貴さんは、鞄からハンカチを取り出して渡す。


「陽人……もう遅いよ」

「えっ?」

「私を癒してくれるのも幸せにしてくれるのも、この先陽人には出来ないから」

「どういう意味だよ!この女にそそのかされたんだろ?だから、こんな場所まで連れてきて。しほりにこんな映像まで見せようとして!あんた最低だな!俺達の家庭を壊す為なら何だってすんのかよ」


陽人は、怒りに任せて叫ぶ。


「違う!夕貴さんは、何もしてない。そそのかしたのは、私」


鞄からスマホを取り出して、あの日見た映像をおさめた動画を再生する。



「夕貴さんに教えたのは私。私の為に自らも血を流す選択をしてくれたの……。陽人とは違う。それに私達は、家族としてはもうとっくに壊れてたでしょ?だって陽人は、私にお父さんとはしないって言ったじゃない!私は、もう陽人にとって女じゃないんでしょ?二人目を望んでも出来ないんでしょ?私は、陽人のお義母さんじゃないのよ」

「あーー、何だよ。二人目、二人目って猿かよ!わかった、わかった。全部、バレたなら本当の事言うよ!俺は、コウキと不倫してた。男だけど気持ちよかったし、しほりなんかより1000倍は上手だったよ!だって、しほりはさーー。俺が口でしてって言ってもさ」


パンッ……。

陽人に罵られ俯く私の耳に乾いた音が聞こえた。

ゆっくり顔をあげると夕貴さんが立っていた。


「いってーーな。何すんだよ」

「これ以上、しほりさんを侮辱するのは許さない」

「はぁ?だいたい、しほりが悪いんだろ?二人目、二人目ってワガママ言って、だったらうまくなればいいのに勉強もしないでさ。もっと……」

「だから、言ってるでしょ!これ以上……」


夕貴さんは、陽人を黙らせようとする。


「やめて、夕貴」

「コウキ……どうして」

「陽人が酷い事を言ってるのはわかる。でも、殴らないでくれる?」

「どうして、どうしてこんな人を庇うのよ」

「こんな人じゃない。俺が愛してる人だ」


その言葉に夕貴さんの手が震えるのがわかる。


「陽人、帰ろう」

「俺は、お前を愛してなんかいない。俺が愛してるのはしほりと絵茉なんだ」


パンッ……。


「しほりさん……」

「最低ね、陽人。自分の事を守ってくれてる人がいるのに、そんな言い方して」

「何だよ!俺だけ悪者か?最初に俺をそそのかしてきたのはこいつなんだぞ」

「嘘……嘘よね?コウキ」

「その通りだよ!嘘じゃない。俺が陽人をそそのかした。だって、最初から俺は夕貴を愛してなかったから」


パンッ……。


「しほり、何してんだよ」

「あんた頭おかしいんじゃないの?そんな事、普通に言うなんてどうかしてるわよ!夕貴さんがどれほどあんたを好きかわかって言ってんの?」

「しほりさん……」

「無理矢理、結婚に持っていったのは夕貴だろ?俺は、一度も夕貴を好きだなんて言ってない」

「ふざけないで!それ以上言うならもっとひっぱたくわよ」


陽人が私の手を掴む。


「しほり……。夕貴さんが好きなんだな」

「えっ……」

「わかるよ。俺は、しほりを見てきたから……。じゃあ、帰るわ」

「待って、陽人。俺も行く」


陽人は項垂れて出て行く。

夕貴さんの旦那さんは、陽人を追いかけて行き、二人になってしまった。



『ごめんなさい』


私達は、同時に謝った。


「どうして、しほりさんが謝るの?」

「夕貴さんだって」

「そうね。思っていたのとは違ったけど決着はついたものね」

「手痛かったよね?氷もらいますか?」


私は、夕貴さんの手を握りしめる。


「しほりさんも私の為にありがとう。痛かったでしょ?」

「ううん。こんなの夕貴さんの痛みに比べれば全然大丈夫」

「私もしほりさんの痛みに比べれば全然大丈夫だから」


二人で顔を見合わせて笑い合う。

これで終わったんだ。

何もかも……。





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