第17話対決【夕貴視点】
結局、思うように眠れなかった。
朝を迎えて、リビングに降りる。
「おはよう、行ってきます」
「あっ、うん。行ってらしゃい」
「じゃあ、また夜」
「うん……じゃあ」
夫とこんな風に話す事は、今日で最後だと思うと少し寂しい気もする。
それでも、ちゃんとしなくちゃ!
夫に手を降りながら、泣いているのがわかる。
これで、最後。
「おはよう、夕貴」
「あっ、お父さん。おはよう」
「夕貴には、言っておこうと思うんだけど。母さんが検査に引っ掛かったみたいなんだ」
「えっ……」
「詳しい事は、わかったら報告する。それじゃあ」
「はい、行ってらっしゃい」
よりによってこんな日に言わなくてもいいじゃない。
「コウキさんがいると楽しいわ」
夫と食事を食べると喜んでいたお母様。
私は、お母様のあの笑顔をまた奪うのかも知れない。
それでも……。
私は……。
会社に行っても、仕事をしていてもずっと上の空だった。
「お疲れ様。善に連れてってくれる?」
「わかりました。お嬢様。今日は、お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。心配いらないわ」
本当は、全然大丈夫じゃないのに平気なフリをした。
「つきました」
「ありがとう。もう帰っていいわよ!コウキと帰るから」
「わかりました」
夫と帰る事はないのに嘘をついた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。旦那様がお待ちですよ」
「ありがとう」
私は、奥の個室に向かう。
まだ、彼女は来ていないようだった。
「お疲れ様、夕貴」
「早かったのね」
「まあね。今日は、満月だったよ!見た?」
「あ、あぁ。そうだったかしら。見ていないわ」
「鞄、こっちに置こうか?」
「いえ、大丈夫。持ってるから」
「そう?今日は、上映会やるの?」
「あ、まあね。素敵な映画を見つけたから」
一番奥の個室にはプロジェクターがある。
映画が好きなオーナーが、設置したものだ。
私と夫は、よくここで映画を見た。
Blu-rayやDVDは、自分で入れられるようになっている。
防音も施されているこの部屋は、あのディスクを再生するのに丁度いい舞台なのだ。
「夕貴、何注文する?」
「まだ、お客さんがきていないから全員揃ってからにしましょう」
「お客さん?」
夫が私を見て、首を傾げた瞬間だった。
ガチャリと扉が開く。
「な、何で……」
「えっ?」
夫と彼女の旦那さんは、驚いた顔をしている。
「飲み物と食べ物を注文しましょうか」
「夕貴……これは、何?」
「紹介を忘れてたわね。私の友人のしほりさんよ」
「初めまして。今日は、お招きいただきありがとうございます。夫も連れてきました」
「あら、素敵なご主人ね。ほら、立ってないで座って」
「はい」
しほりさんの演技は完璧。
二人は、顔を見合わせながら戸惑っているのがわかる。
嫁同士が知り合いじゃないから、不倫していたのに……。
友人だとわかったら、話は別なのだろう。
何も話をしないので、適当に私が注文をした。
飲み物のビールが4つやってきて、テーブルいっぱいに料理が並んだ。
「タマゴサンドなんてあるんですね?」
「そうね。何故かあったのよ。私も初めてで頼んじゃった」
実は、来る前に秘書に電話をさせてオーナーにタマゴサンドを作って欲しいと頼んだのだ。
バンビの味を出来るだけ再現して欲しいと……。
「せっかくだから、皆さんで食べましょう」
トングでパンを取り分ける。
『いただきます』と食べた瞬間に二人の顔色が変わった。
「美味しいです。バンビのに似ていて」
「確かに似てるわね!」
「ゴホッ……ゴホッ」
「コウキ大丈夫?ビール飲んだら?」
「だ、大丈夫」
「オホッ……ゴホッ」
「陽人どうしたの?勢いよく食べ過ぎだよ」
二人は、タマゴサンドをビールで流し込む。
「そろそろ。DVDでも再生しましょう。早くしなくちゃ、映画が最後まで見れないから」
「そ、そうだな、夕貴。早く再生してくれよ」
夫に言われて鞄からディスクを取り出した。
これを再生すれば全てが終わってしまう。
ディスクを入れる手が少し震える。
「あれ、ちょっと待ってね」
入れるのに手こずるのは、さよならが怖いからだろうか?
「私も手伝いますよ」
「しほりさん……大丈夫よ」
「これを押して……」
ディスクを持っている手を彼女が掴む。
震えてる……。
さよならが怖いのは、私だけじゃないんだ。
「ありがとう、これね」
「はい」
彼女は、私の手を軽く握りしめてくれた。
暖かくて優しい手に震えが止まる。
ディスクが読み込まれていく。
心臓がドキドキする。
「席に戻りましょう」
「はい」
私達が席に戻った瞬間、ディスクが再生される。
「こ、これは何だよ!夕貴」
スクリーンに映し出された情事に……。
夫の目が左右に揺れる。
「何って、映画よ!たっぷり、一時間はあるかしらね」
「はあ?何言ってんだよ。これのどこが映画なんだよ」
「どう見たって映画じゃない!男同士で愛を囁きあってるんだから。それとも、コウキはこの二人が誰だか知ってるの?」
「し、し、知るわけないだろ」
防犯カメラは、まだ二人に近づいていない。
二つのシルエットに声が聞こえているだけ……。
だから、いくらでも逃げられる。
だけど……。
私は、真実を言って欲しかった。
ダラダラと言い訳を嘘を並べるより、これは俺だと言ってくれた方が許せたのに……。
「知らないならいいじゃない。ゆっくり映画を楽しみましょう」
一時間もしないうちに防犯カメラは、二人の顔を大きく映す。
それまで、夫の嘘に付き合ってあげる。
だって、これが最後なんだから……。
しほりさんを見ると私の考えがわかったのか頷いてくれた。
「どうしたの?飲みすぎた?顔色が悪いよ、陽人」
「だ、大丈夫だよ」
しほりさんは、旦那さんにお水を差し出している。
どうやら、旦那さんもこの映像が何か気づいているのね。
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